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無限ワールド  作者: 水原まき
第5章 それぞれの微雨
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それぞれの微雨7

それぞれの微雨7





 深淵でたゆたっていた意識が浮上して、睫毛が揺れる。

 無意識の動きで瞼がゆっくり持ち上がり、闇だけをとらえていた双眸に光が差し込み、曖昧だった自我がよみがえる。

 それでも起き抜けの気だるさは拭えず、はっきりしない頭で、ユウキはメガネを押さえながら息を吐く。

 何故か、身体がひどくだるい。

 まるで重りでも科せられているような気分だった。


「うぅ、ん……」

 ずっしりと乗りかかる倦怠感に苛まれながら、ユウキは小さく頭を振る。

「貴女、大丈夫?」

「ぅへ?」

 囁くような、気遣わしげな声が落とされた。

 ぼんやりと霞んでいた意識が鮮明さを取り戻すと同時に視界もひらけ、急速に色彩を取り戻す。

 目の前に、人の顔。

「!」 

 目を覚ました早々現れた人の顔に、ユウキは呼吸を一度止め、目を見開く。

 けれど、分厚いメガネのおかげか、こちらを心配そうな表情で覗き込む少女とレンズ越しに視線を絡ませるだけで終り、ユウキの驚いた表情を悟られることはなかった。

 歳は、同じくらいだろう。

 頬に散るそばかすが印象的な、ちょっとふっくらとした女の子。

「ああ、よかった。ずっと目を覚まさないから、どうなるかと思った」

 意識を取り戻し起き上がったユウキの様子を確認し、彼女は安心したように、屈託のない笑顔を浮かべた。

「貴女は……」

 誰、そう続けようとしたユウキは、その後ろで蠢くさらなる人影を視界の端にとらえ、言葉を中断させた。

 近くにいたのは、彼女一人だけではなかった。

 他に五人、20歳過ぎほどの男女が座り込んでいた。

 彼らは無表情のまま膝を抱え、身を寄せ合うようにうずくまっている。

 絶望にも似た暗雲を放ち、凝視するユウキの存在を気にした風もなく、ただひっそりと息を潜めている。

 その姿は、何かに怯え萎縮しているように見えた。

「私はソフィアよ。貴女は?」

 名を聞かれ、ユウキはハッとして視線をソフィアと名乗った少女へと戻す。

「あ、はい。どうもはじめまして。あたしはユウキです。えっと、ここはどこですか?あの、どーなってるか、まったくわからないんだけど……?」

 置かれた状況が呑み込めず、ぐるぐると混乱する頭で軽い自己紹介を終えながら、少なくとも自分よりも事態を把握しているであろう目の前の少女、ソフィアに問う。

 ツバキに見放され落胆したところまでは覚えているのだが、その後の展開が記憶にない。

 おそらく、術で眠らされ、ここまで運ばれて来たのだろう。

 ガラリと変化した取り巻く環境の詳細を求めるユウキに、ソフィアは音で答えることはせず力なく笑い、ユウキの背後を指差した。

「うん?」

 後?

 困惑しながらも促されるまま首を巡らせたユウキの目に映ったのは、視界いっぱいに広がる、鉄格子だった。


(ひえっ!)


 動物園などでよく見かける冷たい鉄格子が、ユウキの目の前で天井から床の下まで降ろされていた。


(何じゃこりぁぁぁっ!)

 ユウキは、心の中で絶叫し、あんぐりと口を開ける。

 だが、鉄格子の衝撃もおさまらないうちに、さらなる衝撃がユウキを襲う。

 それは、鉄格子の向こう側。

 奥に広がる光景だった。

 そこには、30人は超える仮面の集団が佇んでいた。

 目元だけを隠す派手な仮面から、顔全体を覆う仮面や動物を型どった、多種多様の彩り豊かな仮面が並んでいた。

 まるで仮面の展示会だ。

 けれどそれをかけているのはマネキンではなく、紛れもなく魔族。

 仮面の奥に蠢く闇の中からは息遣いや興味の視線が放たれて、遠慮会釈もなくユウキたちに注がれている。

 老若男女。

 正装に着飾った魔族たちが、ずらり、と首を並べこちらを窺う姿は、薄ら寒いものがある。

 注がれる無数の視線に居心地の悪さを感じ、ユウキは身をよじる。

「何ですか?あの奇天烈な仮装パーティ中みたいな集団は……」

 後退していく己の感情を自覚しながら、ユウキは呟く。

 むろん、仮装パーティではないだろう。

 赤絨毯の敷かれた広い場所。

 シャンデリアから降り注がれるまばゆい光。

 円卓の上に並べられた豪華な料理や酒の数々。

 鉄格子さえなければ華やかなパーティ会場の風景だが、参加者の纏う雰囲気もどこか浮足立っているように感じる。

「あの人たちは、今回の客よ……」

 ソフィアが、俯き加減にぽつりと言った。

 けれど、『客』という意味がわからずきょとん、とするユウキに、ためらう素振りを見せた後、そっと唇を動かす。

「私たちという商品を買いに来た、ね」

 自嘲ぎみに落とされたセリフに、ユウキはぽかん、と再び口を開ける。

(商品?……今、商品って言った?)

 聞き間違いだろうか、とユウキは自問する。

「嘘じゃないわ。私たちは商品で、今からあの魔族たちに安い値段で買われるの」

 メガネで表情が隠れていたにも関わらず、雰囲気からユウキの困惑を察知したのか、ソフィアは寂しそうに言った。

 商品。

 買われる。

 その言葉に、ユウキはここがどういう場所なのか、悟る。

「人身売買ってことですか?」

 ユウキの問いかけに、彼女は力なのない笑みを浮かべ、肯定する。

 つまり鉄格子は、自分たちを閉じ込めるために設置された檻であると同時に、ショーケースでもあるということだ。

「そんな。だってあたし、お城で仕事をしていただけなのにっ。どうして商品なんかにされなきゃいけないんですかっ」

 ユウキは、憤慨する。

「私だってそうよ。王城でメイドとして働いていただけなのに、いきなり拉致されて目が覚めたら檻の中に閉じ込められて、商品扱いよ?」

 ソフィアは唇を噛み締める。

「城のメイド?」

「ええ。貴女と同じ。最初の頃は私もメイドの制服を着ていたけど、ボロボロになっちゃって。仕方ないから渡された、この汚い服を着ているの」

 胸元を掴み、肩を竦めるソフィアの服装を、ユウキは改めて見た。

 着込んでいたのはワンピースだったがところどころ薄汚れ、生地もくたくた。

 洗濯されている様子はない。


「これまでも、結構な数のメイドが連れて来られたりしているんですか?」

「ええ。私がここに閉じ込められてからたぶん十日くらい経つと思うけど、私より先にいた二人がそうだったわ。でも、三日前に連れていかれて、今は私と貴女だけ。他の人たちは、普通の人みたい」

 ソフィアの言葉にユウキは絶句しながら、冷静な頭ですべてを理解する。

 多発している行方不明事件。

 その真相が、これだというのか。

 まさか城の中の魔族が人身売買にまで手を染めていたとは。

 頻繁に人間のメイドを募集していたのは、簡単に商品を得るため。

 人間にとって城からの雇用は、喉から手を出してでも掴み取りたいはずだ。

 ユウキは、ちらりと壁に寄りかかる人々を見る。

 みな、絶望が漂っている。

「こんなひどいことが平然と行われていたなんて……」

 この街に足を踏み入れて長い年月が経過するというのに、まったく知らなかった。

 自分が平穏にすごしているその生活の裏で、不条理に誘拐され己の運命を嘆き悲しむ者、そして私腹を肥やす者たちがいるなど。


「私だってひどすぎると思うわ。だけどその一方で、やっぱりそうなんだ、って思っちゃうの。所詮、彼らにとって私たちはゴミのような存在でしかないんだって、ね……」

 目を伏せるソフィアの諦めとも取れる落ち着いた態度に、ユウキは違和感を覚える。

 この状況を甘受しているわけではないだろうが、どこか他人事のように扱っている節がある。

 もう、抗う気力すらないのだろうか。

「勝手に商品にされて、どうして『やっぱりそうなんだ』って納得しているんですかっ。冗談じゃありませんっ。どーして逃げようとしないんですか!」

「無理よ……できっこないわ」

 たたみかけるユウキとは逆に、ソフィアは小さく首を横に振った。
















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