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無限ワールド  作者: 水原まき
第2章 くすぶる陰謀
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くすぶる陰謀1

くすぶる陰謀1





ひらひら、ひらひら。

桜が、舞っている。

流れのない無風の空間で、とめどなく落ちていく桃色の花びら。

いくども軌跡を変えながら地面へと吸い寄せられて行くように、先に落ちた花びらのもとへと重なり合う。

梢が揺れるでもなく、自然に零れていく花びらは、まるでしんしんと降り積もる雪のようだ。

太く頑丈な幹は、幾重にもくねり天に伸びる無数の枝をどっしりと構え、力強さと儚さを感じさせる。

若木の初々しさはないけれど、樹齢、百年は超える大樹には他を圧倒する迫力と、恐ろしいほどの優美さが備わっている。

その桜の枝を椅子代わりに利用して、ぶらり、と両足を外に投げ出している少女がいた。


漆黒の髪を持つ少女。

腰まで伸びる艶やかな細い黒髪は、下に流れるにつれ柔らかく波を打ち、キラキラと絡み合っている。

長い睫毛の下りた深紅の瞳はすべてを見透かしているように煌々と輝き、桜のシャワーが映り込んでいる。

整った美しい顔立ちを持つ美少女は、しかしそこに感情を示すような表情はなく、きゅっと固く結ばれている唇も動く気配はない。

瞳と同色の肩を剥き出しにしたロングドレスを着こなし、纏う雰囲気は気品に溢れ、どこか一線を引いているような冷めたさを持った、大人びた印象を受ける。

まるで、人形のようで……。


触れてはならない。

そう無条件に思わせる、絶対的な威厳さが全身から滲み出し、二十歳にも満たない少女の中に、歳相応の幼さや愛らしさはない。

あるのは、この場を支配する強い存在感と支配力。

彼女は太い幹に背中を預け、ドレスの上に散らばる花びらを、白皙の指先で掴み取り、吐息で落とす。

暑くもなく寒くもなく、不快と感じる要素がひとつとして含まれない世界は、彼女の嗜好すべてが反映されて成り立っている。


純白。


少女の取り巻く環境はいっさいの障害物が存在していない世界。

どこを見渡しても入ってくる色は桜を除けば白ばかり。

見上げる上空に太陽や青い空、雲はなく、眼下に広がる地面に大地はない。

のぼりもなければくだりもない。

ただひたすらに広がるまっさらな地は、永遠に終わることのない果てなき世界を創り上げている。

白い光が絶対的に支配する空間は、闇の侵入を許さない。

照らし出す白はどこを見ても一定の光で保たれて、多色の加入を拒絶する。

綺麗なままの空間。

何ものにも捕らわれず縛られず、閉鎖的な空間は時間というものすら存在せず、音すら聞こえない。

「…………」

ふと、少女は睫毛を揺らし、無言のまま腕をスッと持ち上げて、眼前に掲げた。

するとそれを合図に、彼女の周りには数十もの球体が出現する。

次々と現れる球体は、重力を完全に無視し空中にふよふよと浮遊する。

あっと言う間に百を超えるまでに増えた球体は、シャボン玉のようにたゆたい、時に移動しながら少女と絶妙な距離を保つ。

卵ほどの大きさで、やや赤みがありながら向こう側が何とか見える程度、透き通っている球体は、その中心に風景と思われる映像をぼんやりと映し出していた。


数えるのも面倒なほど大量にある球体に、それぞれ異なったものが映っている。

雑多な街並み。

仕事に汗を流している人々。

遊びに興じる幼い子どもたち。

雨に濡れる街。

雪に沈む街。

光に満ちた街。

ただ、ひたすらに続く自然。


球体の中に映る人々は、同じような街並みや自然の中に包まれていながら、どこか異なった衣服に身を包み、己の仕事をまっとうしている。。

発展している街と、そうではない町。

科学で溢れた都会と素朴な田舎。

人の手によって管理されている自然と、無法地帯と化している自然。

地名が何処とも知れない場所を、球体を通し少女に見せている。

その中で、ひとつの球体がふわりと動き出し、少女の方へと移動する。

意思があるように、近寄る球体を掌の上で転がす。

そこには巨大な都市と、そこで生きる人々の姿が映し出されていた。

街の中を行き交う人の群れ。

どこを見ても人で溢れ、圧迫感を与えてしまうほど密集し殺伐としている光景は、あまりにも自分の空間とかけ離れ、少女の目には堅苦しいとしか映らない。


「戻ったか」

ふと生まれた他人の気配を察知して、少女は視線を下げた。

その先に、桜の根本に立つ男をとらえた。

全身を白のコートで覆い隠し、深々とフードを被っている男。

ファーの付いたフードの効果で深い影が差しているその奥に、白い仮面がちらついている。

右側に文字のようで文字ではない、奇妙な模様が縦に走り、それ以外は目立った飾り気のないごくシンプルな仮面。

仮面に素顔を隠しているが、どんな感情を抱いているのか推測するくらい少女には造作もない。

「ハヤテ」

名を呼ばれ、ハヤテは迷わず膝を折り跪く。

足元まで伸びるコートの裾が地面に重なるが、汚れる心配は無用である。

「お寛ぎのところ申し訳ありません。報告をしてもよろしいでしょうか?」

「構わん。話せ」

頭を下げたまま許しを請うハヤテに、少女はその容姿とは似つかわしくないほど固い口調で許可を与える。

彼は失礼します、と一言付け足し、立ち上がる。


「分離から丸一日が経過いたしますが、今のところ目立った影響は出ておらず、平穏を保っています。やはりあの方がいらっしゃる場所での分離は、腐敗のスピードを極端に低下させるようです」

ノートに書かれた文字を読んでいくかのようにスラスラと報告をするハヤテに、少女はそうか、とどうでもよさそうに返した。

おもむろに持っていた球体を手から離すと群れていた塊の中から、別の玉を抜き取る。

選ばれた球体の中を、少女は見る。

大きなマンションが、映っていた。

すぐに内部へと移動して、廊下を歩く買い物帰りの女性や、談笑を交えながらエレベーターを降りる少女たちの様子をとらえる。

探している物があった。

それはある女の犯した大罪により小さく砕かれ、世界中に散らばってしまった大切な、生命の結晶。

一瞬で行方不明となったそれらだが、彼女の力をもってすれば探し出すなど容易いなことだ。

ただ、望めばいい。

たったそれだけのことで、自然と居場所が伝わってくる。


球体は、流れるように映像を変えていく。

廊下を疾走しているかのように風景が進んでいく。

「ハヤテ」

淡白な声で呼び、はい、と応えるハヤテに、少女は持っていた球体を手放す。

す、っと滑り台でも滑るような、なめらかな動きで自分の元へと寄って来る球体を、ハヤテは掴む。

「それが、お前を導いてくれるだろう」

それだけ伝えれば、十分だった。

「御意。これより回収にかかります」

「アレに嗅ぎ付けられると面倒だ。早急に片を付けろ」

少女は目に力を込めた。

唯一、自分に刃を向けることの出来る相手の耳にでも入れば、スムーズに進まない。

「はい」

「期待しているぞ」

少女はゾッとするほど鋭い笑みを浮かばせて、腰かけていた枝から身体を宙に投げ出した。

ふわり、とゆるやかな落下速度で降下して地に足を付ける。

ハヤテの眼前に仁王立つと、入れ替わるように、ハヤテは再び膝を付く。

「くだらぬ理由で我の力を欲した愚か者たちの末路がどういうものか、身を持って知るがいい」

絶対者が放つ命令。

「御心のままに」

顔を伏せたまま返された言葉は、かすかな狂喜がはらんでいた。









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