表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限ワールド  作者: 水原まき
第5章 それぞれの微雨
24/115

それぞれの微雨1

それぞれの微雨1





 メイドとしてスノーシェリカ城に勤めるようになって、5日が経過した。

 すでに使用人として働いていたツバキの紹介、という理由からすんなりメイドに採用されたユウキは住み込みで働かされていた。

 用意された部屋は城から離れた場所にぽつん、と建てられたメイド専用とされている三階建ての建物だったが、使用している者がすべて人間だったことから、『人間』に与えられた場所だと見ていいだろう。

 部屋にある家具はベッドと棚とテーブルとタンスの、いたって簡単なものだったけれど、寝るためだけの空間、と割り切れば、そんなに悪くはない作りだった。

 聞けば、数年前に改装されたばかりらしく、それ以前は壁も薄くかなりひどい有様だったらしい。



 本来の目的を察知されないために、慣れない城での慣れないメイドの仕事を献身的に続けているユウキだが、命じられる仕事は雑用ばかり。

 日が昇る前に起き、日付が変わる頃、ようやく就寝に着くことの出来るハードな日々。

 まさかメイドの仕事がここまで忙しいものだとは、思わなかった。

 無駄に広く、無駄に入り組んだ城の中を一日中駆け巡りこき使われて、ユウキの心は囮役としてではなく、もはや奉公人としての疲労で挫けそうになっていた。

 掃除は一日中していても終わらないし、洗濯は20人がかりでも数時間もかかってしまう。

 その日の食材を調達するだけでも、かなりの重労働を強いられる。

 だらりと生活していたユウキにとって、城での労働は過酷でしかない。

 そして、さらに追い討ちをかけるのが、魔族の存在だ。


 彼らは、暇さえあれば嫌がらせを繰り返す。

 掃除の妨害は基本中の基本。

 嫌味や皮肉はもはや挨拶と化し、支給される服や道具の破壊は当たり前。

 食事を邪魔されることもある。

 よほど、自分たちの領域に『人間』が入り込むことが気に入らないようだ。

 こう言った環境に縁のないユウキは、改めて思う。

 なるほど確かにツバキの言う通り、人間に対する風当たりはかなり強いのだ、と。

 そして今日もまた、早朝からの家事を終え、ろくに昼食も摂らないままに、午後からは部屋の掃除よ、と冷めた口調で言い付けられた。

 そしてメイド頭の案内により通されたのは、地下にある倉庫と思しき一室だった。



(……もう、帰りたい)

 目の前にある現実から逃げ出したくて、ユウキは心の中で涙する。

 南京錠がかけられた、厚いドアの向こう側。

 宝物庫とまではいかないが、ソコソコ立派な外見に、貴重な品でも管理しているのだろう、と想像していたユウキの期待を裏切って、出迎えたのは生ぬるい空気と埃の粒だった。

 突然、開いたドアの振動により舞い上がった細かな塵に思わず鼻を覆ったユウキは、あまりの状況に目を剥く。

 数ヶ月、いや下手をしたら数年もの間、外との繋がりを遮断されていたかもしれない倉庫は、淀んだ空気で満たされていた。

 ただでさえ、ここは地下だ。

 窓もなければ換気口もなく、濁った空気は停留を余儀なくされる。

 広さは二十畳ほどだが、使われなくなった古びた本棚や家具が押し込まれ、床には派手な柄の壺や絵画がゴロゴロ転がされ、表面には粉雪のような埃が積っている。

 いたるところにクモの巣が張り、天井からは魔力の込められた明りが、淡く周囲を照らしている。

 だがその僅かな光ですら背の高い家具によって阻まれ、足元まで届いていない。

 ここを『倉庫』と表現するにはいささか、無理がありそうだ。

 どう見てもゴミ捨て場だった。

(ま、マスク…………せめてマスクを~~~)

 悲惨な倉庫の状態に、ユウキは口を塞ぎながら心の中で懇願する。


「何を突っ立っているの、早く入りなさい。この部屋を、今日中に片付けることっ。いいわね!」

 入口で唖然と室内を眺めていたユウキとツバキに、メイド頭は二人の背を押して強引に部屋へと押し込み、言った。

「道具は、ほらそこにある物を適当に使って、掃除なさい」

 メイド頭は腕を動かすのも面倒なのか、顎をしゃくって部屋の隅の方を指す。

 そちらへと視線を動かせば、ガラクタにまじって箒が五本ほど立てかけられていた。

 だが、その箒もこの部屋に眠る一部であって、掃除のためにわざわざ用意された物ではない。

 やはり埃にまみれ、先端はボロボロ。

 とても掃除道具としての役割を果たせるとは思えない。

「あ、あの。さすがにあれを使うのは無理なんじゃ……?」

 部屋を整理するにはあまりにもひどい道具の有様に、しずしずとユウキが口を開く。

 瞬間、メイド頭の目付きが変わる。

 眉を吊り上げ迫力の増した切れ長の双眸に睨まれて、ユウキはひぃっ、と小さな悲鳴を上げて後退る。

「いくら貴女たちでも、道具をどう使うか考えるくらいの頭は持っているでしょう?それとも、そこに付いている頭は見た目通り、空っぽなのかしら?」

 イライラした様子で、言い放つ。

「あうっ。す、すみません……」

 今にも消え入りそうな、か細い声でユウキは肩を落とした。

 発言すること自体、どうやら彼女は気に障るらしい。

 文句や意見など、ありえないようだ。

「手を抜いたりサボったりしたら、承知しませんからねっ!」

「は、はいっ。もちろんです」

「……わかりました」

 口答えなど許さない、とばかりのメイド頭に、ユウキの首は小刻みに縦へと動き、ツバキも大人しく頭を下げる。

「では、すぐに取りかかりなさい」

 二人を交互に見やったメイド頭は言いたいことだけ言うと、くるりと踵を返し、来た道を戻って行く。

 カツカツカツ、と音を響かせ歩くメイド頭のその背中は、こんな場所からは一刻も早く退散したい、と物語っているようだった。



「………………」

「………………」

 ぽつん、と残されたユウキとツバキは一歩も動かずに、しばし無言で立ち尽くす。

 ここまで悲惨な状況だと、どこをどうしていいのか、何から手を付けていいのか見当もつかない。

 頭が、混乱してしまう。

「はぁ。面倒くさいよぉ……」

 ユウキは、項垂れる。

 今日もまた、嫌がらせまがいな仕事を押し付けられている。

 毎日毎日、飽きることなく突き付けられる蔑みの目と誹謗中傷に、ユウキのやる気は地に落ちていた。

 頭では、ここで挫けたらそれこそ相手の思うツボ。

 そう思わせないためには、目の前の仕事を完璧にこなし相手の鼻を明かすことが自分たちにできる最大限の仕返しなのだ、と理解しているが、なかなか感情がそれに伴わない。

 やはり陰口や陰湿な嫌がらせは、腹が立つ。

 思いっきり、言い返したくもなる。

(このまま逃げ出したい……)

 吐露できない本音が、心の中で溢れていく。

「おい。いつまで立っている気だ。さっさと行くぞ」

 ぐるぐる考えているユウキの耳に、ツバキの声が届いた。

「あえ?い、行くって、どこに?」

 移動を促すその言葉に、ユウキが思わず聞き返すと、重いため息が返された。

「お前、何しにここに来たんだ。まさか、メイドとして勤勉に汗水流しに来た、などと馬鹿げたことを言うつもりじゃないだろうな?」

 放たれる冷やかな台詞に、ユウキはうっと、喉を詰まらせる。

 潜入捜査、もとい囮役としての仕事を忘れているわけではないが、はっきり言って、囮としての役割がわからない。

「あ、ツバキくん待ってよ~」

 返答に困っているユウキには目もくれず、ツバキはさっさと部屋を出る。

 置いていかれてはマズイ。

 頼まれた仕事を放棄してしまうのはためらわれたが、ツバキを無視するわけにはいかない。

 ユウキは慌てて石造りの階段を一気に駆け上がり、ツバキを追う。

 暗く、湿った階段を登り終え、地上へと繋がるドアを開けた。

 明りのまばらな薄暗い場所にすっかり慣れていた双眸は、廊下へと飛び出した直後、飛び込んできた視界の広さと明るさに一瞬、目を細める。

 ユウキは足を止め、手をかざして生まれた薄い影の中で光を取り込むが、ツバキは素早くは身を屈め、廊下を横断し、柱の陰に隠れる。

 誰かに見つかっては、マズイからだ。


 急いで、ユウキも続いた。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ