表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限ワールド  作者: 水原まき
第4章 宵闇の攻防
23/115

宵闇の攻防6

宵闇の攻防6





(ゆきが、怪我……?)

 息を切らせ、心配した面持ちでもたらされたアーシェミリアの言葉に、しかし遠矢は、はて、と疑問を抱き首を傾げた。

 雪乃は、華奢に見えてかなり頑丈だ。

 倒れた木が原因で怪我を負うような、そんなヤワではないはずだが……?

 かと言って、アーシェミリアの慌てようから嘘を言っているとも思えない。

「遠矢、何をしてるんだ。早く行くぞっ」

 ぽん、と肩を叩かれ、急かされる。

 どうやらカイキは、素直にアーシェミリアの言葉を信じているようだ。

「ん、ああ……そうだな」

 考えていても、意味がない。

 何はともあれ、問題が発生しているには違いないのだ。

 遠矢は怪訝さを滲ませながらも、再び走り出した。

 カズキさん、というアーシェミリアの声が聞こえるが、むろん無視だ。

 後ろを付いてくるカイキの気配がじょじょに遠ざかって行くのを感じる。

 居場所の分からないカイキを置いていくのはどうかとも思うのだが、彼の足に合わせるつもりはない。

 転がっている枝や石、屋台の道具などをひょいひょいっと飛び越え、途中、出店の人に迷惑そうな視線を向けられているのを意識しながらも、祭りの中心から離れて行く。

 やがて地面は掃除のされたものから手付かずものへと変化して、周囲の景色も木々が深くなる。

 突き出た枝と葉を振り払い、神社の脇道とは言えぬ道を駆け抜ける。

 手に持ったビニール袋がバサバサと激しく揺れ、走る遠矢の調子を乱すけれど、手放すわけにもいかない。

 手放したら、怒られるからだ。

(よし、近いぞ)

 本殿を通り越し、その奥に広がる林へと突っ込んだ遠矢だ瞬間に、雪乃の気配をぐっと近くに感じた。



「うがぁぁぁぁぁ!」 



 そう遠くない距離から、男の雄叫びが轟いた。

「!」

 ざわり、と胸騒ぎがした。

 遠矢はさらに加速させ、声のした方へと急ぐ。

 やがて遠矢は開けた場所に辿り着く。


 そして、見た。

 雪乃に襲いかかる男。

 そしてその男の持つナイフが振り下ろされ、咄嗟に腕を出し庇う雪乃の姿を。

 ナイフが流れ、肌を切り裂き、舞う鮮血。


 夕闇の中で、それは恐ろしく鮮明で……。

 腕を切られた雪乃を目撃した途端、瞳孔が開き、頭に血がカッとのぼった。

 目の前が怒りで真っ赤に染まり、全身が沸騰する。

 どさり、と持っていたビニール袋が手から滑り落ち、地面に落ちた。

 それが、合図だった。

「何してんだ、てめぇ!」

 感情の赴くままに男の襟首を乱暴に掴み雪乃から引き離すと、持っていたナイフを手刀で叩き落とす。

「ぐっ!」

 突如、現れた遠矢の一撃に男は怯んだ。

 すかさず遠矢は右腕を振り上げ、顔面を殴り飛ばした。

 拳が顔にめり込んで、人を殴った鈍い衝撃が皮膚と骨に走る。

「がはっ!」

 殴られた男の口から白い歯が数本抜け落ちて、そのまま地面に倒れ込む。

 遠矢からの打撃を受けて、男はそのまま気絶する。


「お~。お見事!」

 ぴくりとも動かず地面の上でだらしなくのびた男に、ぱちぱちぱち、と手を叩く音と呑気な雪乃の声が生まれた。

 遠矢が、ハッと我に返る。

「おい、大丈夫かっ。何だ、あの男は」

 遠矢は、急いで雪乃の血が滴る腕を取る。

 傷自体はそう深くはなさそうだが、赤い線が白い肌を裂き、痛々しい。

「へーき。よくいる酔っぱらいに絡まれただけだから」

 雪乃は伝う血を手で拭い、その赤い指先をぺろりと舐める。

「いや、ナイフ所持してる奴なんてそういないから……」

 銃刀法違反で捕まるだろ。

 意外とケロリとしている雪乃にホッと安堵したところで、いつもの遠矢を取り戻し、ふと、銀糸の青年がいることにようやく気が付いた。

「……イッサー、お前」

 いたのか。

 空気の如く、ひっそりと佇む彼の姿に驚く遠矢だったが、すぐに真顔に戻る。

「お前、見てたのか?」

 遠矢は怪しむようにイッサーへ問うた。

 彼が雪乃に危害を加えようとする者を、みすみす見逃すなど考えられない。

 イッサーは雪乃の『害』と判断した者には、恐ろしいほど容赦がないのだ。

「あたしがそう命じたからよ。遠矢くんが近くに来ているのわかっていたからね」

 イッサーを庇うように、雪乃が答えた。

「わざと切られたってのか!」

「そうだよ~」

「!」

 間延びした声ですんなり認めた雪乃に、遠矢は目を剥く。

 ナイフを振り回し切りかかって来る男を、すんなり受け入れる……。

 それはまさか………………。


「お、お前って……切られたい願望でもあんの?」

「あるかボケ!」

 遠矢の言葉に、雪乃は即答で否定する。

「だよな。お前って、倒した人間を踏み付けて高笑いするような女だもんな……」

「あんたがあたしのことをどう思っているのか、よ~くわかったわ」

 うっすらと笑みすらをも浮かばせた雪乃に、遠矢は頬を引きつらせる。

 ヤバイ。

 もしかしたら、自分は地面と靴底のお友達にされるかもしれない……。

「い、いや……今のは言葉のアヤというか、口が滑ったというか……ついうっかりというか……」

「はいはい。今はあんたに構ってられないから、その話しは後でね……」

 あたふた、と弁解になっていない弁解を必死に口にしていく遠矢に、雪乃は呆れながら仰向けに倒れている男へと近付いて、しゃがみ込む。

「どうした?」

 何をするのか、背後から遠矢の不思議そうな声がする。

 けれどそれには応えず、雪乃はぺたぺたと男の身体をさぐる。

 顔からはじまり、上着、ポケットの中。

 そして靴を脱がして足の裏まで。

(ほ、本気で何やってんだ……?)


「お、見つけた。遠矢く~ん、いいもの見せてあげるから、おいでおいで」

 振り向きざまにそう言って、雪乃は手招きする。

 言われるがまま近付いていくと雪乃はすくっと立ち上がり、左手を差し出した。

 手には、見覚えのある結晶がひとつ。

「それは……まさか『カケラ』?」

 唖然と呟きながらそっと手を伸ばし『カケラ』に触れようとする遠矢を、しかし雪乃は腕を引きそれを阻止する。

「何だよ……」

「言われたでしょ。無闇に触ると危ないかも、って」

「ああ、そう言えば」

 遠矢は、アーシェミリアの言っていたことを思い出す。

 人格を乱し、凶暴化する可能性があるとか、ないとか。

 ナイフを振り回し襲ってきた男が、いい例だろう。

(というか、やっぱこいつは触っても問題ないんだな……)

 遠矢は、平然と『カケラ』を宙に投げてはキャッチを繰り返す雪乃を見る。

 アーシェミリアが危険だから聖水で何とかかんとか、と言っていたはずだが……。


「そー言えば。お前、足を怪我したって聞いたんだけど、大丈夫なのか?」

 遠矢は、雪乃の足を見る。

 男のことですっかり忘れていたが、そもそも自分がここに走って来たのは、雪乃が足に怪我を負ったと聞いたからだ。

 スっと立っている姿はいつもと同じで、怪我をしているようにも痛みを感じているようにも見えない。

「ああ、大丈夫。あれ、嘘だから」

心配する遠矢をよそに、けろり、と言った。

「やっぱ嘘か!」

 どうせそんなことだろうと、思ったよ!

「アーシェに、ちょっと席を外してほしかったからさ」

「『カケラ』のことでか?」

「そ。『カケラ』を取ってるところを見られたくなかったからね」

「『カケラ』を素手でベタベタ触ってるところなんて見られちゃマズイよな……」

 ただでさえ、自分といることで目を付けられているのだ。

 怪しい動きをして興味を持たれたら、やっかいだ。

 ……もう遅い気もするが。


「ところでさ~。遠矢くん、これからどうするの?」

「どうするって、何が?」

 ふいに問いかけられたその内容の意味がわからず、遠矢は聞き返す。

「このあたしが『カケラ』のせいで軽傷とは言え、怪我したのよ?」

「え?」

「遠矢くんは平気なの?」

「!」

 ふふふ、と挑戦的な笑みを刻ませる雪乃に、遠矢は息を呑みすべてを悟る。

 くらり、と眩暈を覚え、思わず目元を押さえる。

 まさかこんな手法を取ってくるとは――――。


「お前……。性格悪すぎだろ!」

 悔しそうに雪乃を睨む。

 数時間前、アーシェミリアを相手にしなかったことに対し、何の意思も示していなかったくせに、今になってこんな行動を取ってくるとは…………。

 わけが、わからない。

「何でわざわざこんな面倒臭いことをやるんだ。どうせ『カケラ』捜しだって、単なるお前の気まぐれだろ。それに振り回される俺の身にもなれよっ」

「たとえそれがあたしの気まぐれだろうとも、逃れられないのがあんたの宿命よ。諦めな」

「んぐぐぐっ!」

 きっぱり言った雪乃に、遠矢は奥歯を噛み締め唸る。

 面白くない。

 バカげた演出と、それにより決められていく未来が、ひじょ~に面白くない。

 けれど、自分にできる最大限の抵抗を試みたところで、雪乃相手では、何の効果も成さないのだ。


「雪。もう行く」

 ひっそりと佇み沈黙を守っていたイッサーが、ふいに声を発した。

 それが別れの言葉だと理解し、え? と雪乃が反応するよりも早く、イッサーはそのまま後ろへ流れるように跳躍する。

 雪乃が振り返る頃には彼の身体はふわり、と宙に舞、あっという間に闇の中へと同化して溶け消えた。

「……あ~あ。何も消えなくても……」

 どこか残念そうな雪乃の声。

 彼女としてみれば、このまま一緒に祭りを見て回りたかったのだろう。

「とりあえず、用も終わったんだろ。早く……」

 戻ろう、そう遠矢が続けようとした瞬間、


「雪っ」

「ご無事ですか!」

 息を切らし草むらからカイキとアーシェミリアが叫びながら飛び込んで来た。


 あ、忘れていた。

 こいつらも追って来ていたんだった。


「姫、足をくじいたって本当ですか?怪我の具合は……何です、その腕の傷は」

 心配そうな表情で早々に足の様子を問うてきたカイキだったが、それよりも雪乃の腕に残る傷に気が付いて、眉根をひそめた。

「あそこに倒れている男に、いきなり切られた。てか、姫じゃないから」

 言いながら雪乃が犯人を指し示すと、カイキは首を動かして気絶している男をじっと見つめる。

「コラ。そんな怖い顔で睨まないの」

 眉間に皺を刻み無言で睨みつけるカイキは何かをしようとする勢いすら感じさせ、雪乃は呆れながら肘でつつく。

「あ、すみません。つい……」

 カイキが、バツの悪そうに頬をかく。

「いきなり襲って来るだたんて……。彼は、一体何者なのです?」

 アーシェミリアが、見知らぬ男へと不安と恐怖の入り混じった視線を向ける。

 いきなりナイフを片手に襲いかかって来る男など、正気の沙汰とは思えない。

「さあ。単なる酔っ払いなんかじゃないの?」

 どうでもよさそうに、雪乃は言った。

「………酔っ払い、ねぇ」

 遠矢は、口の中で小さく呟いた。

 納得いかない。

 カイキもアーシェミリアも気づいていないようだが、遠矢には雪乃がすべてを話しているようには見えなかった。

 汚い演出といい、何か大事なことを隠しているような気がしてならない。

 しかし、これ以上追及したところで素直に口を割るとは思えない。

「祭が楽しくて、ちょっとハメを外し過ぎたんじゃないの?あ、そうそう、ついでにこんな物を拾ったんだけど……いる?アーシェ」

 雪乃は、固く閉じていた掌を解放させた。

「う、うそ……」

 開かれた右手に転がる『カケラ』を目に映し、アーシェミリアは信じられないと凝視する。

「なんか、あの男の人が落としたよ」

 唖然とするアーシェミリアをよそに、雪乃は何てことないように言った。

(よく言うよな……)

 あれだけベタベタと触ってさぐっていたくせに。

 遠矢が呆れた様子でそれを見ていると、

「ちょ、雪乃さん『カケラ』は害があるのですから、安易に触れてはいけませんっ!」

 衝撃から回復したアーシェミリアが、奪うように雪乃の手から『カケラ』を取り上げた。

 彼女にしては珍しい荒い動きに、三人は目を白黒させる。

「そ、そう?ごめんね……」

 あまりの剣幕に、雪乃は反射的に謝る。

「あ、いえ……。わたくしの方こそ、大声を出してしまってすみません…………」

 声を荒げたことに、急に恥ずかしさを感じたのか。

 アーシェミリアは肩を落とした。

「あの、でもどうして『カケラ』がここに?気配など、何もなかったのに…………」

「『カケラ』が小さいから、感じ取れなかったんじゃないの?」

「そ、そんなことあるのでしょうか…………?」

「そんなこと、あたしは知らないよ」

 『カケラ』を小瓶の中に落としながら不安そうな表情を浮かべるアーシェミリアに、答えを持っていない雪乃は冷めたように言った。


「雪。結局、足はどうなんです?大丈夫なんですか?」

 カイキが、再び聞いた。

「え、足?……ああっ、少し休んだら大丈夫みたい。もう一人で歩けるよ。心配してくれてありがとう」

 雪乃がにこり、と笑うとカイキはホッとした様子で微笑み返す。

「それより、アーシェにちょっと大事な話しがあるんだけど」

 すかさず、雪乃が話しを振った。

 ぴくり、と遠矢の肩が震え、神経に緊張が走る。 

「大事な話し、ですか?」

「そう。ねぇ、遠矢く~ん?」

「いや、でも…………」

 『カケラ』探しに参加することを伝えなければならない。

 だが………。

「何でしょう?」

 アーシェミリアの瞳に、遠矢が映る。

「えっと、だな……」

 真摯な瞳に見つめられ、遠矢は言い淀む。

 強制的に『カケラ』へと関わるとになったが、いざそれを伝えるとなると、言葉が喉元につっかえてなかなか出てこない。

「あの……カズキさん?」

「あ~何と言うか……。その、一度断っておきながら言うのも何だけど……。やっぱ『カケラ』探し、手伝ってやるよ」

 絞り出すように、遠矢は言った。

 視界の端でニヤリ、と満足げに笑った雪乃の顔が、憎らしい。

「ほ、本当ですか!ありがとうございますっ!」

 アーシェミリアの表情が、嬉しさで今にも泣き出してしまいそうなほどほころんで、深々と頭を下げた。

「さて。話しもまとまったことだし、買ってきてくれたヤツ、食べようか!」

 雪乃は、遠矢が落とした袋を拾い上げ、中身を確認する。

「食べるのはいいけど……この男、どうするわけ?」

 遠矢が、倒れている男を顎でさす。

「ほっとけほっとけ。冬じゃないんだから、死なないでしょ」

 雪乃は男に目もくれず、放置を宣言した。







これにて、第4章は終了です。読んでいただき、ありがとうございました。

次回はユウキのターン開始です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ