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無限ワールド  作者: 水原まき
第4章 宵闇の攻防
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宵闇の攻防4

宵闇の攻防4





「アーシェっ!」

ピリリ、と本能的に何かを感知した雪乃は、一気にその表情を真顔に戻すと声を上げ、それと同時に走り出し、え?という表情を浮かばせた彼女を捕らえる。

ほとんど体当たりに近い勢いでアーシェミリアの身体に触れ、その場から飛び退く。

「きゃあ!」

アーシェミリアの悲鳴が聞こえるが、無視して押し倒す。


ドォォン!



直後、背後で何かが倒れる音が響き、空気が振動した。

アーシェミリアを庇っていたせいでまともに受け身も取れず、滑るように地面へ倒れた雪乃は強かに身体を打ち付け、ついでに後頭部も木の幹にぶつける。

「いった~。頭ぶつけたぁ~。アーシェ、大丈夫?」

衝撃を受けた後頭部をさすりながら身を起こし、アーシェミリアに問う。

「は、はい……」

雪乃に守られたアーシェミリアが、真っ青な顔でのろのろと上半身を起こす。

雪乃が盾になったおかげで、外傷はないようだ。

ありがとうございます、とぎくしゃくとした様子で蚊の鳴くような声で礼を言うが、何が起こっているのか理解はしていないようだった。

雪乃は微かに舞う砂煙を手で払い、さっきまで自分たちがいた場所を見る。

人の胴体二個分はあろう巨木が二本、折り重なるように倒れていた。

地面に叩きつけられた衝撃で細い枝は折れ、葉が散らばっている。

もし避けていなければ、下敷きになっていただろう。


「それにしても危なかったですわ……。今のは何だったのです……?」

混乱する頭をそのままに、アーシェミリアは倒れてきた木を眺めながら、呟いた。

その答えを、雪乃はなんとなく理解してはいたけれど、説明している暇はない。

「アーシェ、悪いけど急いで遠矢くんたちを呼んで来てくれない?」

夕闇に沈みはじめた林の一角をふと見据え、雪乃が言った。

「どうか、なさったのです?」

唐突な言葉に、アーシェミリアは首を傾げる。

「えっと、実は倒れた時に足をくじいちゃったみたいなのよね……」

「そんなっ。大丈夫ですか!痛みます?」

苦笑する雪乃に、アーシェミリアは狼狽した様子を見せる。

自分のせいで怪我を負わせてしまった、と罪悪感のようなものを感じているのかもしれない。

「たいしたことはないけどちょっとだけ痛いから、遠矢くんに肩でも借りるよ」

だから呼んで来て、と再度、頼む。

「は、はい。わかりました!」

アーシェミリアは、飛び跳ねるように立ち上がる。

「すぐに連れて参りますので、お待ちください!」

一瞬だけ雪乃を気にするような素振りを見せながらも、アーシェミリアはそう言い残し、急いで神社の方へと走って行った。



「…………ふう」

一人、残された雪乃はひとつ息を吐き、乱れてしまった髪に手を差し入れて、梳く。

宙へ持ち上げられた黒髪が、さらさら、と流れる。

「さて、と。そろそろ隠れてないで、出て来たら?」

雪乃は林の中に向け、言った。

揺れる梢の中に、微かな殺気が潜んでいた。


「……ぐるる」

雪乃の誘いに応えるかのように、呻き声が地を這い、ザア、と木々の葉が激しく揺れた。

同時に、黒い影が飛び出した。

影は天高く飛び上がる。

光が足らず容姿は見えなかったが、人間ではあり得ない跳躍力と長い手足、巨大な図体の異様なシルエットが雪乃の瞳に映る。

ズドン、と地面を震わせ着地するそれを、雪乃はぽかんと眺めた。

二メートル以上はあろう身体。

黒く長い毛が全身を包み、唯一毛がなくぽっかりと白く浮かび上がっている顔は、人面。

カッ、と見開かれた両目、耳の辺りまで裂けた口からは牙と長い舌が零れ落ち、唾液が滴っている。

やや前かがみな体勢と、それを支える脚は大きく外側に曲がっている。

指の先には湾曲する爪が鋭く伸び、あれを食らえば肉を抉られ、一瞬であの世へ旅立つことになりそうだう。


「……あんなの、この世界にいたっけ?」

ゲームの中にでも登場しそうな化物に、雪乃は己の記憶をたぐり寄せ、眠っている知識を検索する。

しかしいくら探しても、この世界にこんな生物がいるという情報は引き出されない。



さて、どうしたものか。

容姿と殺意から、ヤバイ相手であることは間違いないが、どう対処するべきか……。



「ぐああああっ!」

雪乃が次なる行動への移行を決めかねていると、唐突に獣は雄叫びを上げ、地を蹴った。

太く長い脚が繰り出す一歩は、ほとんど跳ぶに近い。

巨体からは想像できないほどの俊敏さで一気に間合いを詰めてくるが、その姿を視界から逃がさず動きをとらえている雪乃は、冷静さを失わず、

「おっと危ない」

閃く爪を、踊るようにくるりと身を捻り、華麗にかわす。

「これあげる!」

後ろに飛び退き獣と距離をとった雪乃は、持っていた缶を投げ付ける。

ガツンッ。

「ぐっ!」

顔面、直撃。

「おっしゃ、大当たり~」

雪乃は嬉々として、パチン、と指を鳴らす。

「がああああっ!」

地面に落ちた缶を踏み潰し、獣が吠えた。


「あはは。怒っちゃった?」

どすどす、と太い足を地面に叩き付け巨体を動かしながら、獣がゆっくりと距離を詰めて来る。

怒りと殺意をたぎらせる獣とは逆に、雪乃はニヤニヤと笑みを崩さない。

雪乃はゆっくりと右腕を上げ、

「イッサー、やっておしまい!」

そう天高く命じた次の瞬間、獣の首が、飛んだ。

まな板の上で野菜でも切るように、スパーンと気持ちのいいほど両断されたそれは孤を描き、やがて地面に叩きつけられる。

頭を失い意識を失った胴体が、噴水のように切断面から血を噴き出し崩れ落ちていく。

ドン、と巨体が地面に激突し、その振動が足元に伝わる。

「ご苦労様」

すぅ、と隣に姿を表わすイッサーを、雪乃は笑顔で迎える。

首をもぎ取られ骸となった獣が放つ強烈な血の臭いが、夜の涼やかな空気を汚していく。

「無事か?」

イッサーの指先が、そっと雪乃の頬に触れる。

「うん。イッちゃんが守ってくれたから」

伝わるイッサーの温もりを、雪乃はくすぐったそうに受け入れる。

「これは一体、何だ?」

「う~ん…………何だろう。あたしもよくわからないんだよね…………」

イッサーの質問に、けれど答えを持ち合わせていない雪乃は、首を捻る。

こんな生命体は、この世界に存在しない。

突然変異や人工生命なども、この世界の状態や科学技術を思えば、不可能だ。

雪乃は正体を探るべく、肉塊となった獣の側へ近寄ると、躊躇いもなく踏み付けた。

生々しい肉の弾力が伝わってくる。

そして、微かに感じる熱い力の波動。

それはどこか懐かしく、郷愁にも似た感覚を呼び起こさせた。

「これは……」

ある、ひとつの可能性が脳裏によぎり、雪乃は集中力を高め、腕を伸ばす。

すると、死体の中からふわり、と小さな赤い光が抜け出し、雪乃の掌に乗る。

キラキラと輝く、もの。



『カケラ』だ。



(アーシェが気付かなかったのは、気配が微量すぎたからかな……?)

昼間の話しでは、彼女は『カケラ』の禍々しい気配を察知する、と言っていたはずだ。

けれど彼女が今回『カケラ』の気配に気付いた様子はなかった。

(いや、あたしのせいでかき消されたっていうこともありえるか……)

雪乃の気配が強すぎて、微量な『カケラ』の気配を見逃した可能性もある。


「雪、それは例の『カケラ』か」

一人で考え込んでいると、イッサーの声がかかる。

「みたいね。どうやらコレが原因でこんな生物が出来上がっちゃったみたいね」

「元の生命は……人、か……」

「うん。人ね」

雪乃は、大きく頷く。

『カケラ』の力がどう影響を及ぼしたらこのような化物に変化してしまうのかは知らないけれど、アーシェミリアの言っていた『危険』という言葉は、かなり笑えないかもしれない。

「何はともあれ、コレを処分するのが先、か……」

こんな物を、いつまでも転がしておくわけにもいかない。

彼か彼女か……元人間である以上、家族や友達もいただろう。

いきなり姿を消して、心配している人もいるだろう。

だが、獣化してしまった以上、誰かの目に晒される前に、処分しなければならない。

雪乃は獣から足をどけ、手を死骸へと差し伸ばす。

「炎よ」

雪乃が小さく囁くと、指先に導かれていくように死骸が青い炎に包まれた。

煙も、肉の焦げる独特の臭いもなく獣だけを包む炎は、一度、激しく燃え盛ったと思った瞬間、ロウソクの火を吹き消したかのように、フッと消え去った。

火種の失われた大地には炎の跡など残らずに、獣の死骸もろとも跡形もなく消滅していた。


「うっしゃ!隠ぺい完了!」

ガッポーズを作り、その手を高々と天に掲げる。

その姿は、完全に隙だらけだった。

だから。

草むらに潜む影には、絶好のチャンスだった。

「うがぁぁぁぁぁ!」

絶叫とともに視界の隅で、光が閃いた。
















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