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無限ワールド  作者: 水原まき
第4章 宵闇の攻防
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宵闇の攻防3

宵闇の攻防3





本当に、何を言っても無駄なようだ。

少しでも今の遠矢を理解することができれば、今後の付き合いに変化が及ぶ可能性も皆無ではない、と期待していた雪乃だけに、この返答は失望を禁じえない。

お互いが相手を見つめ直すのには、まだまだ時間がかかりそうだけれども、彼らには果てしない時間が存在するのは確かで――――。

少しずついい方向へ動いていくことを、祈るしかないだろう。



「人は、変わるものよ。よくも悪くもね」

「知っています。でも、カズキさんは昔と同じです」

「遠矢くん」

「え?」

「『カズキ』は捨てた過去の名前。今のあいつには『遠矢』って新しい名前があるの」

雪乃は、教え込むように言う。

アーシェミリアは、一度として『遠矢』という名前を口にしようとはしない。

そこに意地やプライドといった感情が作用しているのかまでは推測できないが、当の本人が昔の名前で呼ばれることを嫌がっているのだから、自分の想いは何とか我慢してほしい。

「どうして、名前まで変えられてしまわれたのですか?」

アーシェミリアの瞳が曇り、ざぁぁ、と一陣の風が吹く。

葉を擦り合わせる音は、まるで彼女の心情を現しているかのようだ。

「それだけ、あいつは過去と決別したかったのよ。自分の存在意義すらも全部捨てて、いちからやり直すために、ね」

当惑しきったアーシェミリアに、雪乃は言った。

彼は名前を変えた瞬間に、生まれ変わったのだ。

新たな、生命として。

そして、新たな人生を歩んでいく覚悟も。

「いちからやり直すなんて、まさかそんなこと……」

アーシェミリアはスカートをきゅっと握り締め、呟く。

「……あの、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

ふと表情を引き締めて、雪乃を見た。

「ん?何?」

雪乃は首を傾げる。

「雪乃さんは、わたくしたちのことをどこまでご存知なのですか?」

固く、緊張した面持ちを崩さないアーシェミリアの質問に、

「え~どこまでって……。そうだなぁ……実は結構、知ってると思うんだけどなぁ~?」

雪乃はわざとらしくおどけた口調で言ってのけた。

「っ!」

たいしたことではなさそうに、さらりと暴露されるその真実に、アーシェミリアは絶句する。

「そ、それは……存在そのものも、という意味で受け取って、よろしいのでしょうか……?」

瞳を泳がせ、口元にそっと手を当て全身で狼狽を示しながら、アーシェミリアは恐る恐る質問を続ける。


「もちろん。遠矢くんを含め、貴女が人間じゃないこと。この世界や人間たちがあんたたちの種族に監視され成り立っていること。『天界』なる場所が存在していること。その他諸々、遠矢くんから色々聞いて、知ってるよ」

つらつらと述べる雪乃に、それを聞くアーシェミリアは、よほどの衝撃だったのだろう。

肩をすくめ平然としている雪乃とは対照的に、目を見開いたまま立ち尽くす。


彼女は、人ではない。

『女神』という存在を頂点に据え、自らを『天使』と名乗り、こことは別の空間にあるという『天界』から人間社会を見守り続けているという存在だ。

外見だけで言うのなら人間と大差はないが、能力は人間のそれとは異なる。

老いるスピードが極端に遅い肉体と、それにより手に入れた長い寿命。

ずば抜けて高い身体能力は戦闘に長け、たとえ怪我を負っても驚愕な速さで回復していく。

しかしいくら強い生命力を持つ彼らだが、不死身ではないらしい。

首を刎ねられれば死ぬし、大怪我を負えば致命傷にも繋がり死ぬこともある。

人間という枠から完全に外れているものの、『天使』たちは万能とは言い難く、あくまでひとつの生命体のようだ。

遠矢自身も数年前まで『天使』として『女神』に仕えていた身であった。

けれど彼は仲間のもとを去り、そして今、雪乃と共に在る。



「ほ、本当に彼が話したのですか…………?」

未だに信じられないのか、驚愕したままアーシェミリアが言う。

「うん。あっさり話してくれたよ」

何の迷いも戸惑いもなく、あっさりと。

当時の彼は『天使』たちに対する不満や絶望が絶頂で、ただただ愚痴をぶちまけたかっただけなのかもしれないが、雪乃を相手にベラベラと喋っていた。

「ですが……いくらカズキさんから聞いたとは言いましても、わたくしたちのような存在をすぐに信じられるものなのですか?」

アーシェミリアは、すんなり事情を受け入れた雪乃に対し懐疑的な目を向ける。

確かに。彼女の反応はすごくまっとうだ。

『女神』や『天使』。

さらには『天界』など。

そんな非科学的な存在なんて、現代の常識からするならばバカバカしい、と笑われる類の内容だ。

けれど雪乃には、戯言だとあしらう感情を持ち得ていない。

何故なら、カイキという魔族を知っているからである。

魔族がいるなら、天使や女神がぽこぽこいても、別におかしくはない。

それに雪乃は、そーいう不思議な存在には慣れているのだ。


「カズキじゃなくて遠矢くんね。あいつが言っていることだから、信じるよ。それに、あたしたち三年以上も一緒にいるんだよ?出会った時からまったく変わらない遠矢くんを見たら、人間じゃないことくらい気付くでしょ」 

「そういうものでしょうか?」

「そーいうものよ」

未だに首を傾げるアーシェミリアに、雪乃は頷く。

「あの、でもひとつだけ誤解されていることがあります」

「誤解?」

「はい。わたくしたちは貴女方の社会が秩序を乱さず、正しくあり続けられるように見守っているだけで、監視とは違いますわ」

「あんたたちが勝手に作った秩序を強制させて、少しでも枠からはみ出てしまったら間違いだと判断し、強引なまでに修正させる。そのために見ているんだったら、監視と同じじゃない?」

「同じではありませんっ」

アーシェミリアは首を横に振る。

「より良い未来を願ってのことです」

「より良いねぇ……。大きなお世話だと思うけどなぁ」

断言するアーシェミリアに、雪乃は苦虫を食いつぶすよな表情を浮かべ呟いた。

彼らはいつから自らを人間の『上』と位置付け、管理する任を課したのだろうか……。

人は、そんなことをしなくてもこの世界の一部として生きていけるというのに……。


(でもこれは、人間から見た意見だよなぁ……)

雪乃は、内心で唸る。

一方的に監視、管理されるということに対しとてつもなく面白くなさを感じるが、それは、ひとつ見方を変えれば人間が動物の命を管理しているのと同じと言ってもいい話しで、こうゆう構図というものは、命に優劣がある以上、必然的に生まれてきてしまうものでもある。



「雪乃さん。あの……このこと他の方にお話しになったことはありますか?」

窺うような目で、アーシェミリアが聞いてきた。

人間に『天界』の存在を知られてはならない。

『天使』たちがもっとも重要視するルールであり、長い歴史の中でそれらは順守されてきた。

それが今、破られたのだ。

一度外部に漏れてしまった秘密は、ほつれた糸がそれをきっかけに解かれるように、被害を大きくしてしまう。

アーシェミリアにとって、それはなんとしても阻止しなければならない事態だ。

(さ~て。これからどう出るか……)

知ってしまった相手を目の前に、彼女はどうやって、この状態を乗り切るのだろうか。


「言ってないよ。こんな話しをしたところで信じる『人間』がどこにいるのよ。笑い者にされるのがオチでしょ」

「ほ、本当ですか?」

「もちろん。人には話してないし、これからも言うつもりはないよ」

「………………」

「あたしは、遠矢くんが不利になるようなことは一切しないから」

「…………。信じて、よろしいのですか?」

「もちろん。約束する」

「…………。」

頷く雪乃に。

けれどそれでも疑心から抜け出せないでいるアーシェミリアは浮かない顔を隠さずに、俯く。

どう対処していいのか、分からない。そんな様子だ。

そんな彼女に雪乃はにっこり笑いかけ、

「それとも、口封じにあたしを消す?」

「!」

なんて物騒なことを言えば、アーシェミリアは弾かれたように顔を上げた。

「そんなこと、さすがにあんただってやりたくないでしょ?」

「当たり前です!」

「それに、あたしが死んだら遠矢くんが悲しんで、今度こそ本気で死んじゃうかもよ~?」

「……………」

冗談めかして嘯くと、アーシェミリアの唇が固く結ばれる。

「ここはいっそのこと、二人だけの秘密にするってのはどう?」

雪乃は唇にそっと人指し指を当て、薄く笑む。

「二人だけの秘密だなんて……そんなこと出来るはずありませんわ……」

雪乃の提案を、アーシェミリアは首を横に降る。

秘密とは、思いがけない形でバレるのが常である。

そしてその後にくるリスクを思うと、容易には頷けない。

未だに何か言いたげで不安そうな表情を浮かばせる、アーシェミリアに、

「大丈夫だって。アーシェが口を滑らせない限り、もれないもれない」

雪乃は能天気過ぎると思えるほど、軽く言う。

「ですが……もしこんなことなバレてしまったら……」

『秘密』を共有していることがバレてしまえば、アーシェミリアだってただでは済まないだろう。

その不安から、彼女の表情はすぐれない。

そんなアーシェミリアに、

「もしバレてアーシェが罰せられるようなことになったら、あたしがちゃんと守ってあげるよ」

「…………守る、だなんて……そんな簡単に言わないで下さい……」

口をすぼめ、アーシェミリアが答えた。

守るなど、無理に決まっている。

『天界』でのルールに『人間』が関与出来るわけがない。

「こう見えて、あたしって結構、頼りになるのよ」

「………………………………」

なんて言われても、アーシェミリアに頷く力はない。

だが、言いたいことを言い終えた雪乃に、彼女の不満をぬぐい去る努力も、これ以上の雑談を続ける気持ちもなかった。

「さ~て。そろろそろ遠矢くんたちも戻って来る頃だろうし、話しはもうこれで終わりっ。さっきの場所に戻ろう」

残っていたジュースをすべて飲み干して、立ち上がる。

「え、ですがまだお話しが……」

急に話しを切り上げた雪乃に、アーシェミリアは困惑の表情を浮かべる。

「いいからいいから。アーシェだって、そろそろお腹すいてきたでしょ?」

雪乃は服に付いた汚れを払いながら、頭で、遠矢に買いに行かせた食べ物のことを想像する。

早く遠矢たちと合流しなければ。

雪乃がそう意気込んだ直後、ピリリとした気配が生まれた。


「アーシェっ!」

雪乃は突如アーシェミリアの名前を叫び、それと同時に走り出した。









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