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無限ワールド  作者: 水原まき
第1章 はじまりの音
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はじまりの音2


はじまりの音2






「え~っと……。どーゆーこと?」

雪乃は軽い混乱を覚え、ぱちくり、と目を瞬かせる。

瞬きにも満たない一瞬で瞳に映す風景を変えさせられた雪乃は、突き付けられた展開に思考が付いていけず、目を白黒させて立ち尽くす。

窓のない薄暗い、倉庫。

ホコリを被った家具や鉄パイプ、よくわからない骨董品らしき物が転がっている寂しい倉庫が、目の前に広がっている。


(…………………………)

これはいわゆる、トリップというやつなのだろうか?

だとすると、なんということなのだろう。

まさか自分に、そんなことが起こってしまうなんて。

……………………………………。

………………いや。

自分という存在を考えれば、それもなくはない。

なくはないのだが…………。

やっぱりトリップという説には、かなり無理がある。

(さてさて。どうしたものか……)

腕を組み、考えはじめる。

と。

そんな雪乃の耳に、怒気を孕んだ声が流れ込んできた。


『こんなことして、いいと思ってるの!早くここから出して!』

背後から飛び込んで来たその叫び声に、雪乃は驚いて振り返る。

あまり離れていない場所に、ぺたりと座り込んでいる小さな女の子がいた。

何故、今まで他人の気配に気が付かなかったのか。

己の鈍感さに衝撃を覚える雪乃だが、叫んだ少女の置かれている状況に目を奪われた。

その少女は透明なドーム型の薄い壁にすっぽりと覆われ、立つことも許さない狭い空間に閉じ込められていた。

そしてドームから微かに感じる魔術の気配。

どうやら少女は、術のせいで自らの力では動けないようである。


魔術。

この世界で嘯く、巨大なエネルギー。

その力が作用して、少女の自由を拘束していた。


歳の頃は、五、六歳だろうか。

内側に巻かれたエメラルドグリーンの髪を、幅の広い赤いリボンを使いツインテールに結い上げている。

フリルとリボンがいたるところにあしらわれた、ゴシック系の紫色のワンピースに身を包み、腕の中で大事そうに抱きかかえているクマのぬいぐるみが、愛らしさと幼さをより一層引き立てている。

零れ落ちてしまいそうなほど大きな蒼穹の瞳は前方をきつく睨んでいるのだが、人形のように愛らしい少女が睨んでも、迫力には乏しい。

それどころか、唇を尖らせ膨れっ面の姿は、牙を剥く小動物のようで、むしろ可愛いほどだった。

少女は、傷一つない小さな手で壁をポカポカと叩いている。


(あれ……。もしかして、あたしに気が付いてない?)

一度としてこちらに目を向けようとしない少女に、雪乃は首を傾げる。

だがよく観察してみると、彼女の無反応さは無視をしていると言うよりも、雪乃の存在そのものを認識していないように見えた。

それを確かめようと、歩を進め怒りに震える少女の前に立つ。

「………………」

眼前にて佇むも、相変わらず自分を通りすぎる視線に、雪乃の推測は確信へと変わり、やっぱり、と嘆息する。

試しに、と少女を閉じ込めている壁にも触れてみるが、スカッと空気を掠めただけで、物質をとらえることはなかった。

指一本触れられない。

言わば自分は幽霊のような状況にある、ということだ。

何となく事態を理解しはじめた雪乃は、さてどうしよう、と思考を巡らせる。

状況は理解したが、次は解決策を考えなければならない。

すると、考えもまとまらないうちに、新たな登場人物が現れた。


『えぇい。うるさいぞ、ガキ。結界のおかげで衰弱死しないとはいえ、よく四日間もギャーギャー騒げるものだな!』

鬱陶しさを含んだ男の声が鼓膜を叩き、ドーム型の結界が少女の自由を縛り、生命を繋いでいるのだと雪乃に伝える。

『あっ。あんたっ!』

男の声に、少女はぴくりと反応し、円らな瞳を鋭く尖らせる。

雪乃も少女が睨む先へと視線を向けると、男が立っていた。

浅黒い肌の、切れ長の双眸を持つその男は、少女の方へ歩み寄り、雪乃の目の前で足を止めた。

彼もまた、雪乃の存在に気付いていない。


『いきなり捕まえて、何するのっ。早くここから出してよ!』

男の出現に、少女は怒りをばらまいて、クマのぬいぐるみを結界に叩き付ける。

『いきなり、だと?あれほど我らのテリトリーを荒らしておいて、よくもぬけぬけと言えたものだなっ。あの尻軽女といい、何故こうも忌々しい下劣な生物が易々と我らの聖域内を汚すか!これ以上、貴様らの好きにはさせんぞっ!』

少女の言葉に激怒して、語尾を荒げた男はガツン、と結界を激しく蹴り上げた。

『しりが?何言ってるのか、わかんないっ。ここから早く出してよっ。じゃないと、ホンキで暴れちゃうんだからね!』

少女が、負けじと牙を剥く。

憎々しげに吐き捨てる男の纏う空気は、いつしか殺気が交じり、言い返す少女もまた、苛立ちを隠せないでいる。

売り言葉に買い言葉。二人の間に、ビリビリと激しい火花が散る。

『本気だと?まるで今まで手を抜いていたような言い草だな。ならば本気でかかってこい。返り討ちにしてやる!』

そう叫ぶと、男は素早く結界を解除する。

四日ぶりに自由を取り戻した少女は、四日ぶりの動きとは思えぬ俊敏さで後ろへ跳躍し、男と距離を取る。

ワンピースの裾を揺らし構える少女は小さいながら隙がなく、眉を釣り上げている表情は、熱を帯びていた。


『もう、怒ったんだからねっ!』

なんて言い、愛らしさに溢れていた少女から激しい殺気が放たれたる。

瞬間、一陣の風となり、雪乃を襲った。

「うわっ!」

闘士を含んだ熱風を浴び、雪乃は目をつぶる。

その荒く乱れた風は、まるで雪乃をここから排除しようとしているかのような動きをみせ、抵抗する間もなく、浮遊感が迫上がってきた。

「くっ!」

飛ばされる。

雪乃がそう覚悟した瞬間。




**     **




「雪……」

高くもなく低くもない心地のいい声が、真上から注がれた。

背中に回された腕と、全身に広がる温もりに、雪乃は固く閉じていた瞳を開ける。

瞼が触れるほど近距離に、逞しい胸板と鼓動が聞こえ、抱き締められていることを知る。

相手の腕の中にすっぽりと収まっていた雪乃は、顔を持ち上げた。

そこには美しい青年が無表情に立ち、玲瓏とした金の双眸で雪乃を見つめていた。

まず目に付くのが、異質のように映える銀の髪だろう。

さらさらとしたクセのないキラキラとした銀糸の髪は、雪乃と同じく腰をすぎるほど伸び、シャープな輪郭を覆い隠すように頬を掠めている。

落ち着いた物腰は大人の雰囲気を醸し出し、女性的な上品さと男性的な精悍さ二つの要素が絡み合い、色気を匂わす。

流れる鼻筋の下には固く閉ざされた唇が並び、無表情に近い淡白さを持って佇む彼からは凛とした透明感が滲み、性別を超越した中性的な美しさは夜空に浮かぶ満月のようだ。


名をイッサー。


「気が付いたか」

柔らかな声音が、言葉を発した。

「イッちゃん……」

雪乃はイッサーの名を呼んで、彼の服を掴む。

長身である彼の傍に立つと、雪乃の頭は胸の辺りにまでしか届かず、首をぐいっと持ち上げて視線を合わせる。

「ゆき、大丈夫か?いきなり立ち上がったかと思うとそれっきりぴくりとも動かなくなるし……。何かあったのか?」

気遣わしげな声が横からかけられ、肩に手が乗せられた。

ちらり、とそちらを見れば、遠矢がいつもの生意気さを曇らせて、心配そうな表情でこちらを窺っている。

その様子がおかしくて、雪乃はぷっ、と吹き出した。

「おい、ずいぶんな態度だな。せっかく人が心配してやってるってのに。イッサーだって心配して出てきたんだぞ?」

能天気に笑う雪乃に、遠矢は口をへの字に歪め下がっていた眉を釣り上げた。

しかしその表情はどこか安心しているようにも見えた。

「別にたいしたことじゃないよ。ちょっと意識が朦朧として、飛んでただけだから」

「いや、それたいしたことあるだろ」

「ヘーキヘーキ」

遠矢の言葉を軽く流し、雪乃はイッサーに向け小さく笑いかける。

冷静さを取り戻した頭で周囲を見渡す。

熟睡している中年男が、小さく揺れる電車の振動を揺りかごに、座席の上に横になっている。

靴を投げ出して座席を占領している男は、雪乃たちの会話に刺激されることなく気持ちよさそうに寝息をたて、惰眠を貪っている。すべてが、もとに戻っていた。


少女も、男もいない。

何もない、平穏な世界。

静謐な空間。

まるで狐にでもつままれたような感覚に雪乃は襲われる。

記憶ははっきりとしているのにリアル感が薄く、映画でも観せられていたような気分だった。

「雪?」

微動だにせず沈黙する雪乃の名を、イッサーが呼ぶ。

「ん。……何ともないよ。心配しないで」

何かを感じ取ったような彼の声に、雪乃は曖昧な笑を浮かべた。

果たして、さきほど体験したことを話すべきだろうか。

一瞬だけ迷いが生まれた。

だが、考えた末、嘘をついた。

詳細が掴めない今、推測で語るべきではない。

「……。そうか」

「…………」

雪乃の返答に、イッサーも遠矢もそれが嘘だと瞬時に理解したようだった。

素直に聞き入れるイッサーとは異なり、遠矢は不満そうに顔をしかめるも、それが雪乃の下した判断なのだと解釈し、それ以上の追及はなかった。







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