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無限ワールド  作者: 水原まき
第3章 王の憂鬱 王の優喜
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王の憂鬱 王の優喜3

王の憂鬱 王の優喜3





「恥ずかしいことですが、魔族の中には今も尚、人間に対する強い差別意識を持ち、虐げている者がいます。そして人々も、我々を畏怖の対象から外してはいません」

神妙な表情でカイキは言う。

魔族は人間を蔑み、人間は魔族を憎んでいる。

両者の軋轢の歴史は、100年200年の話しではない。

カイキの代になり、人間に対して寛容な彼の思想や行動によって以前より改善されたとは言え、いつ傾いてしまうかしれない、大きな揺らめきを持っている危うい天秤の上で何とか平穏を保っている状態でしかない。

両者の関係は、ちょっとした衝突で簡単に傾いてしまう危険性を孕んでいる。

大昔から根付いている両者の亀裂を緩和させ、新たな関係をゼロから築き上げることがどれだけ難易なことか。

覚悟はしていたが、現状は予想以上に厳しい。

「あったりまえじゃない。過去にあんたたちが人間に行ってきた仕打ちを思えば当然でしょう。今更仲良くしましょう、なんて両手を広げられても、信じられますかいな」

「うっ」

当然とばかりに言い放つ雪乃に、カイキは遇の音も出ない様子で小さく唸る。

分かってはいるけれど、はっきり言葉にされると、けっこう凹むものがある。

「あたしが思うに、あんたはちょっとヘラヘラし過ぎだと思うのよね。正直、かなり胡散臭い」

「え。私の笑顔って、胡散臭いですか?」

雪乃の言葉に、カイキは殴られたような衝撃を受ける。

自分で言うのも何だが、昔からこの笑顔は爽やかで清潔さがある、と評判で、とくに女性からは高い支持を受けてきた。

男性に対しては多少の威厳をかもし、女性に対しては優しさに徹する。

自分がフェミニストという枠に入ると自覚しているし、小さな頃から『愛想をよく』『女性には優しく』をモットーに生きてきた。

故に、雪乃から放たれた『胡散臭い』という感想に、ショックは大きい。

「そうそう、胡散臭いと言えばもうひとつ。あたしここに来る途中の廊下で、とっても面白い張り紙を見つけたんだけどさ~」

思い出したように、雪乃が言った。

「おもしろい、張り紙?」

カイキは『胡散臭い』から受けた傷を残しながらも、聞き返す。

「うん。使用人募集の紙。年齢制限こそあったけど、人種、身分問わないって書いてあった。あれ、本気?」

首を傾げる雪乃に、ああ、とカイキは頷く。

「ええ、もちろん本気ですよ?最近、大勢の使用人が辞めてしまって色々と人手不足だと泣き付かれまして。いい機会だと思い、人の募集もかけてみました」

何か問題でも、と言いたげな表情でカイキは答えた。

人のより良い地位や生活を望むカイキにとって、これほどいいアイデアはないだろう。

雪乃が見たという募集の広告は、城内に限らず、街にも配布されている。

その効果は抜群で、貼った翌日から面接の申し込みが続いているらしい。

滅多にないまもとな職種の雇用だ。

人々が群がるのも無理はない。

今回の件が良好な関係へと繋がる、いいキッカケになることを、願っている。

「あいつらが、人間の雇用を受け入れたの?」

雪乃が、不審そうな表情を浮かべる。



ここで言う『あいつら』というのは、言わずもがな『魔族至上主義』の思想を掲げる連中のことである。



「はい。私が不甲斐ないばかりに、まだまだ臣下の中にも人間に冷ややかな目を向ける者がおりますが、人々の熱心な働きぶりを見て、賛成している者も出てきています。問題はないでしょう」

にこり、とカイキは笑を浮かべた。

「そうかなぁ……」

しかし雪乃は、イマイチ納得出来ない様子で腕を組む。

「我ら魔族の意識を改革できずして、国を変えることなどできるはずがありません。彼らは人間のことを知らなさすぎなのです。ですから、もっと人間のことを理解してもらおうと、今回の雇用に至ったわけです」

「ねぇ。もしかして人を雇う案、誰かに言われた?」

「はい。よくわかりましたね。真面目に人間と向き合う気持ちを持つ魔族もいるんですよ」

カイキは、さらに笑を深く刻む。

人間との格差をなくすべく奮闘してきたカイキにとって、臣下からの提案は、曇天が晴れ渡ったかのように清々しく、そして嬉しかったのだ。

己の努力が少しだけ、芽吹いた、と。

「あんた、ちょっと臣下を信用しすぎ」

雪乃は、露骨に嫌な顔をつくる。

「臣下を信じるのは、当たり前じゃないですか……」

てっきり、雪乃も賛同してくれると思っていた。

けれど、浮かべた表情は正反対で……。

カイキは、困惑する。

「あんたは、あたしだけ信じてればいいの!」

「そんな無茶な……」

「だいたい、いきなり人間を雇用するなんて、怪しいでしょ!」

「怪しい、ですか。ですが誠意を示し、根気強く話し合えば解り合えるんです。先ほど、ユキが仰っていた『どういう国にしたいか?』の返答は、『魔族と人間が共存できる国を作っていきたい』です。今回の雇用がそのキッカケになってくれれば、と思っています。もちろん、難色を示している者もいますので、そううまくはいかないことも承知です。ですが、魔族とてそうバカではありません。時間をかけて人間のことを知ればきっと大丈……」

「それ、またまた本気で言ってんの?」

長々と続いたカイキの言葉にしびれを切らしたのか、聞き終えることもせず、雪乃は呆れた視線を投げかけた。

「こちらがどんなに真摯に話しかけ理解を求めても、伝わらない相手だっているのよ。あんたの言葉は甘すぎる。聞き手に受け止めるだけの器が備わってなければ、いくら時間と労力を費やしても、結局無駄に終わることもあるってことを知りなさい」

「そ、それは……」

「それは魔族も人間もしかり。口で聞こえのいいことを述べるなんて簡単だし、腹の中で蠢く憎しみを隠すことも簡単なのよ。カイキ、浮かれるのは結構だけど、大事なものを見落としちゃダメだよ?」

「…………………」

黒曜石に見据えられ、カイキは戸惑いに心を震わせる。

自分の発言が、彼女の機嫌を損なわせてしまったのは明白で、途端に自分の言葉を撤回したい気分に陥る。

「ユキは、私の判断は軽率すぎだ、と?」

緊張した面持ちで、言葉を紡ぐ。

「あんたの部下が有能なのは知ってるし、国とあんたのことを大事に思っていることも知ってる。だけど、所詮それは魔族側から見た意見でしかないってこと。人間にとって、あの募集は、果たして幸福に繋がることなの?」

「…………」

「焦りは禁物。焦りはさらなる焦りを呼び、いつしか亀裂に繋がるわ。人間とちがってあんたたちには腐るほどの時間があるんだから、焦らずゆっくりやりな。時期尚早ほどタチの悪いものはないからね」

「…………」

カイキは、ただ黙って雪乃の言葉を聞く。

彼女の言う通り、お互いを知るいい機会だと、そう思っているのは、ともすればこちらだけなのかもしれない。

建国されてからというもの、国の体勢に人間が関わったことなど一度もない。

滅多に関わり合いのない存在の気持ちを汲み取ることは、難しい。

けれど、アクションを起こさなければ現状は変わらず、何かをしなけれなならない時期にきているのだ。

「本当に、難儀ですね……」

噛み締めるように零されたカイキの言葉は、枯れ葉のようにヒラヒラと力なく地面に落とされる。

「でもま、王様に難儀は付き物だし、それが国と国民のためだと言うのなら、大いに悩みなさい。あんたの言葉は未来を左右するだけの力を持っているのだからね!」

雪乃はれまでの真面目なトーンを吹っ飛ばし、にっこりと笑う。

「はい。そうですね」

カイキも、うっすらと笑顔を返す。

「よ~し!話しも一段落したところで、そろそろ行くか!」

雪乃はそう言うと再びテーブルへと戻り、残っていた紅茶を一気に飲み干した。

そして、カイキには目もくれずさくさくと部屋の中へと戻って行く。



「ふう……」

彼女の後ろ姿を見つめながら、カイキはそっと息を吐く。

一国を束ねる者の発言は、大きな覚悟と責任が伴うもので、軽はずみに扱う類ではないのだ。

王の言葉は国そのものであり、そこに息づく民の命がかかっている。

悩みすぎは行動の遅れに繋がるが、悩まないよりはいい。

感情まかせの行き当たりばったり発言が、一番恐ろしい。

そんなことは、言われるまでもなく分かっている。

「国と国民のため、か……」

カイキの小さな呟きは、力なく地面の上へと落ちていく。

彼女の言うとおり、王としての威厳や体裁、己の願望を気にしている場合ではないのかもしれない。

一番大事なのは、国としての理念とそれを突き通す実行力だ。

結果を生み出せば自信や信頼は、自ずと付いてくるものである。

「まいったな……」

知らず知らずのうちに強ばっていた身体から力が抜けていき、入れ替わるように羞恥心のようなものが迫り上がってくる。

付き合いもすっかり長くなったにも関わらず、緊張感はいつになっても拭い去れない。

崇拝や尊敬を抱いていながら、その一方で畏怖を蠢かせ、さらに恋慕まで加わる己の感情は、ごくたまにひどく疲れを伴う。

感情すべてがごっちゃになって混乱する己の姿ほど、格好悪いものはない。

『王』という立場上、感情を隠すことや建前を使うことくらい慣れているはずなのに、彼女の前では一切、働かない。

雪乃の放つ言葉や行動に振り回され、一喜一憂する、ただの男となってしまう。

「やれやれ。本当、始末におえないな」

己の揺らめく複雑な感情に、カイキは自嘲気味に笑い、立ち上がる。

ずいぶん格好の悪いところを見られたな、と思いながら自室へと戻る。



「うわっ!」

部屋へ入ったカイキは、視界を占領する巨大な黒い扉に驚いて、声を上げた。

部屋の中央に、でん、と佇む一枚の扉が出現していた。

もう少しでシャンデリアに届いてしまいそうな、高さが三メートル以上はある漆黒の扉。

両開きの扉には、這わされ絡み合う無数の鎖と、それを手にする美しい二人の女性の姿が左右の扉に一人ずつ彫られ、向き合っていた。

どっしりと立つ扉は、まるでこちらを試しているように見え、圧倒される。

名を『黒異の門』と称する扉。

「いつ出発して大丈夫なのよね?」

「はい。城の中にいたら、ゆっくり寛げませんから。姫のところで休憩します」

「うちに来たいって言うから迎えに来てみれば……。人の家を休憩場所みたいに使わないでくれる?それと姫じゃないから」

「はい。すみません」 

口では謝りながらも、顔で笑みを零すカイキを半目で睨みながら、雪乃は門の前まで近寄って、そっと扉を触れる。

「あ、言い忘れてたけど……。近々に引っ越す予定だから今うちに来ても、梱包とか手伝ってもらうわよ」

「えっ!」

すっかり寛ぐ予定をたてていたカイキは、ふふん、と笑顔で放たれた雪乃の告白に、ぎょっとする。

引っ越すなど、初耳である。

雪乃の人使いの荒らさは、嫌というほど理解している。


(どうしよう……行くの、やめようかな……)

重労働を強いられる己の姿が容易に思い起こされ、カイキは頬を引きつらせる。



ゴゴゴ……ンゴゴゴッ。


鎖が解かれ硬く閉ざされていた荘厳な扉が、鈍い音をたてて左右に開かれる。

閉ざされた空間が繋がり、その奥に広がる眩い光が、部屋に溢れる。

「迷ってるなら、来なくてもいいけど?」

そんなカイキの心情を察知してか、扉に手をかけた雪乃が、どうする、と最終選択を迫ってきた。

「い、行きますよ、もちろん」

カイキは、大きく頷く。

引越しの手伝いが嫌だから行くのをやめる、など言えるはずもないし、そんなつもりもない。

「ほんと~。よかった。実は帰る前に買い物もしなくちゃいけなかったから、カイキが来てくれると助かるよ♪」

にっこり、と雪乃が笑った。

「……あはは。そ、それはよかったです」

さらに増えた荷物持ちという仕事を意識しながら答えるカイキをよそに、雪乃は満足したように歩を進め光の中へと姿を消した。













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