華麗なるタイムの冒険04
華麗なるタイムの冒険04
「少しくらい、いいと思うけど~」
何て言い終え、キリアはう~ん、と唸りながらグッと背筋を伸ばす。
その姿は、起き抜けの気だるさを振り払っているかのように見え、足を組み変え背もたれに背を預ける彼は、降り注ぐ太陽の日差しを受けて、ぽかぽか、と寛ぐ。
現在、仕事に行き詰っている状態下にある彼は、すっかり気分は休憩タイムに入っているようで、気が済むまで動かない、そんな様子を全身から放っている。
「生憎、こっちは労働中なんでね。ピクニックのお誘いは、また今度で」
「やっぱりつれない」
「勤勉なんでね」
エルリオンは苦笑して、再び時刻を確認する。
喋っていたせいで気付かなかったが、長針はすでに二十五分を示していた。
これは、さすがに遅すぎる。
何か、来られない急用でも入ってしまったのだろうか……。
「誰かと、待ち合わせ?」
じっと時刻を見つめるエルリオンに、キリアが問うた。
「一応、クライアント。大遅刻中だけどな……」
「おやおや。遅刻じゃなくて、フラれたんじゃないの?」
「はぁ、どうだろ……。何か、帝都にあまり詳しくないって言ってたし……。今日の約束を忘れて、一人で観光してたりしてな……」
エルリオンは、こめかみを押さえ、唸る。
あり得る。
二十五分経っても、来ないのだ。
どこかで、ふらふらと遊んでいる可能性もある。
そう思うと、真面目に待っている自分がバカらしくなってくる。
いっそのこと、中止になってくれないかなぁ、なんて思ってしまう。
「ふぅん。ずいぶんとゆったりしたクライアントだねぇ。連絡は……取れてたらすでに取っているか……」
待ちぼうけを食らっているエルリオンの身動きの取れない状態を、キリアはこちらがすべてを言わなくても、察する。
「ちょっと訳あり……というか謎の多いクライアントなんだよ……」
「あれれ~?怪しい人物からの依頼は、受けないが基本じゃなかった?」
「基本はそうなんだけどな……。社長いわく、大丈夫っぽいらしい……。だから、こうやって大人しく待っているんだよ」
投げやりに、言った。
ものすごく帰りたいのは山々だが、ここで放棄するのはやはり気が引ける。
もう少しだけ、待ってやるか。
「へ~。社長がそう言うならそうかもしれないけど……。何か意外だなぁ」
『謎』を多く孕んだ依頼の受理が、よほど想定外だったようで、キリアが目を細める。
「そうか?ま、『怪しさ』はキリアで免疫ついちゃったのかもな」
なんて言うと、
「ひどいなぁ。僕も勤勉で善人な一般市民の一人だよ?」
心外だ、とばかりに返す。
そんな彼に、
「変人のな」
エルリオンは、さらに続けた。
「え~。でも、狂人よりマシだろう?」
「『変人』は、すんなり受け入れるのな……」
「あはは~。だって『変人』っていうのは、その他大勢が持っている感性とは異なった物を有している、ということだろう?」
ケタケタ、とキリアは笑う。
どうやら彼は、『変人』という言葉の中に一種の賛辞が込められていると思っているようだ。
「すごい解釈の仕方だな」
「え~どこが?普通じゃない?」
キリアが、分からない、とばかりに首を傾げる。
「所詮、言葉は本人の受け取り方次第、ってわけか……」
『変人』を嬉々として甘受している彼の心情は、やはり凡人にはよくわからない。
「ちょっと~。それじゃあ、まるで僕の頭が能天気みたいじゃないか」
エルリオンの言葉が不満だったのか、キリアは唇を尖らせる。
どういうわけか『変人』と言われるよりも『能天気』と言われる方が、彼にとって不本意のようだった。
「いや、能天気だろ」
絶対に。
「違うよ~。僕は、他人からの軽はずみな言動や態度にいちいちビクビクしたり、アタフタしないだけだよ」
首を横に振り、能天気を否定する。
「なるほど。つまり、ここでゆっくりしているのも、能天気に仕事をサボっているんじゃなくて、人の忠告を聞かないアンタの人格の成せる技ってことだな」
「あはは~。『余裕』がある、と言ってくれるかな~」
メガネをくいっと直し、キリアは実に楽しそうに笑う。
仕事が行き詰っているにも関わらず、平然と彼の言う所の『余裕』を味わっているキリアは、正直『余裕』とは少し違う気がするのだが。
彼と仕事を共にしている人たちのことを考えると、ちょっと同情する。
「息抜きも大事だけど、大概にしないと周囲の人間から愛想尽かされ兼ねないぞ?」
「ん~それは、ちょっと困るかなぁ。僕、一人じゃ生きていけないから……」
「余裕はあっても生活力がないからな……。それって、大人としてどうなんだ?」
「あはは~。ホントだね~。みっともないみっともない」
呆れるエルリオンに、けれどキリアは他人事のように笑う。
自分のことだというのに、この能天気ブリ。
余裕があるからなのか、はたまた危機感がないだけなのか……。
年下ながら少しだけ彼の将来が心配になるエルリオンだが、何だかんだ言って彼は器用にこの世の波をスイスイと泳いでいくタイプであるのも事実なのだ。
「あ。そう言えば、さ……」
ふと、あることを思い出しエルリオンは声を発した。
依頼人とはまだ会えそうにはなく、もうしばらくはキリアとの時間つぶしの会話は続きそうだ。
「んん?なぁに~?」
間延びした声で、キリアは応える。
「あれから、魔石について何か新しい発見とかした?」
「え。魔石~?」
キリアが、はて?と首を傾げる。
「調べてただろ、この前」
まさか、忘れたのか?
エルリオンは、眉根を寄せる。
「あはは。やだなぁ、覚えてるよ~もちろん♪」
「ホントかよ」
冗談ぽっく笑うキリアに、それが冗談とは思えず、エルリオンは半目で睨む。
せっかく、図書館で魔石について色々と調べてたというのに、この男は……。
魔石の研究をしているキリアが行き詰まっている、という話しを耳にしたのが一週間ほど前。
専門的な知識がない故に、たいした役に立てるとは思っていなかったが、何かの突破口が見つかれば、と考えて図書館で勉強をしていたのだが、やはりというべきか、素人には難題過ぎた。
「本当だよ~。だいたいさぁ、いくら僕が天才だからといって、そう簡単に魔石の問題が解決するわけないだろ~?」
「自分で天才とか言うなよ」
「だって~事実だしぃ」
と、キリアは再び年甲斐もなく子どもみたいな、どこか自慢げな表情を浮かべる。
だが、それもあながち間違ってはいないので、ちょっと憎たらしい。
エルリオンは、はいはい、そうですね、と軽く返す。
と。
ピリリリリリ……ピリリリリ。
携帯電話が、鳴った。
「!」
クライアントからの、連絡か!
このタイミングだ。
その可能性は高い。
エルリオンは、急いで携帯電話を取り出す。
が。
画面には、マリアベルの文字。
「………何だよ」
期待していただけに、エルリオンはガックリ、とうなだれる。
ピリリリリ……ピリリリリ。
エルリオンの気持ちを笑うかのように、鳴り続ける着信音。
「出ないのかい?」
携帯電話を片手に微動だにしないエルリオンに、不思議そうにキリアが声をかける。
「はぁ……。出るよ」
言いながら『通話』ボタンを押す。
望む人物からの連絡ではないけれど、仕事関係の大事な電話であるには違いない。
「もしもし?何か、あったのか?」
出るや否や、エルリオンは切り出した。
が。
『リオンくん?……貴方が『通話』を選択したのには、何か意味があるのかしら?』
どこか冷やかさを含んだ声が、エルリオンの質問を蹴飛ばして言葉を発した。
「はは。まさか。そんなもの、あるわけないですよ」
マリアベルの、面白くなさそうな顔を脳裏に思い浮かべながら、エルリオンは苦笑する。
『通話』を選択したことが、よほどお気に召さないようだ。
エルリオンの持つ電話は、ディスプレイを表示させお互いの姿を確認して話せる、いわゆるテレビ電話と『通話のみ』の機能が備わっている。
今回、ディスプレイ表示をさせず電話に出たのは、望む相手からの連絡ではない、という事実から醸し出されるテンションの低さを悟られないためだったのだが、どうやらそれが裏目に出てしまったようだ。
『ふ~ん。まぁ、いいわ。それより貴方、まだクライアントに会えてないのでしょう』
マリアベルが、嘆息したよう口調で言った。
「何でそれを?」
三十分以上、待たされていることを、何故彼女が知っているのか。
エルリオンは目を瞬かせる。
『実は今、クライアントから連絡が入って、待ち合わせの場所を変更したい、と伝えてきたのよ」
マリアベルの大人びた声が、信じられない言葉を発した。
「はぁっ?」
思わず、声が裏返る。
変更。
三十分以上クライアントを待っていた末の、変更。
なんだそりゃ……。
『詳しくはわからないけど、その公園の入口……あ、南口の方ね。そっちで座って待っているから、今すぐに来てくれ、だそうよ』
「それだけか?」
『ええ』
「理由も、聞かなかったのか?」
『ええ。すごく急いでるみたいで、言いたいことだけを言い終えると、すぐに切っちゃったのよ』
困惑した声色で、マリアベルが答えた。
彼女にも、クライアントの状況がまったく把握できていないようだ。
本当に、マクシリアンという男は、大丈夫なのだろうか……。
今回の仕事、改めて考え直した方がいいのではないか。
だいたい、何故マリアベルの方に連絡が入るのだ。
変更の場所が、公園の中から入口の方へと変わっただけだった事は幸いだが、待ち合わせしているのはこちらなのだから、電話を鳴らすべきはこっちのはずだ。
『悪いけど、今すぐに向かってちょうだい』
マリアベルの、すまなさそうな声が耳に届く。
「…………はぁ。了解。今から向かいマス」
エルリオンは小さくため息を吐き承諾すると、早々に電話を切る。
彼女に、非などない。
不満をぶつける対象ではない。
「おやぁ~。何か、問題でも起きたのかい?」
もう一度、ため息を吐くエルリオンに、キリアは興味ありげな表情で問う。
「別に。ただ、クライアントに振り回されてるだけだよ」
素直に、答えた。
「何だ、そんなの。いつものことじゃないか。通常運転通常運転」
今更、とばかりに、ケタケタとキリアは笑う。
「ったく。何でこうも、俺の周りには自由人ばかりが集まって来るんだか……」
エルリオンは、心底嫌そうに、嘆く。
このキリアという男といい、他の知り合いといい、今回のクライアントといい。
自分の周囲には、個性的過ぎる自由人が多いように、思えてならない。
そして、自由人たちの奔放な行動から生まれる騒動に、不幸にもいつも巻き込まれてしまう己がツライ。
「あはは~。何を言っているのさ。類は友を呼ぶってヤツでしょ」
「『友』じゃねぇよ」
まして『類』など。
本気で嫌だ。
エルリオンは携帯電話をバッグに戻し、ベンチから立ち上がる。
「あ~あ。これでお喋りも終わりかぁ~。もっとたくさんお話したかったのになぁ」
キリアが、つまらなさそうな表情で言う。
「こっちは仕事中なんだよ。のんびり喋ってるわけにもいかないだろ」
「リオちゃん、真面目だねぇ」
からかうように、キリアの声が飛ぶ。
「そうさ。真面目に仕事しないと、生きていけない身なんでね。そっちも、いい加減サボってないで仕事しろよ?」
「だから、ちゃんとしてるって」
促すエルリオンに、しかしキリアは相変わらずベンチに座ったままひらひらと手を振り、のんびりと返す。
どうやら、すぐに動く気はなさそうだ。
さすがにこれ以上は、どうすることも出来ない。
「そ。せいぜい、そこら辺の奥様方から通報されないように注意しろよ」
たまには出社もしろ、と付け足して、エルリオンは歩き出す。
「ばいば~い」
と呑気なキリアの声を背中で受けながら、エルリオンは足早に進む。
公園の入口の方へと。
続く




