華麗なるタイムの冒険03
華麗なるタイムの冒険03
何でもラフィアレスタという男はあまり帝都に詳しくないようで、色々と見て回りたいという願望を持ちつつも、どこに何があるのか、どうやって目的地へ行けばいいのか、何を見ればいいのか、まったくわからないらしい。
おそらく帝都で育ったと推測される男だが、その心境は、まるで観光客のようであったという。
それならば、旅行会社のツアーに申し込むか、ガイドを雇えばいいのだ。
いちいち『ミラード魔法探偵事務所』に頼む必要はない。
当然のことながら、マリアベルもそういう答えを自然と導き出す。
お引き取りしてもらうべく『ガイド』の紹介などはしたらしいのだが、何故かラフィアレスタはそれを頑なに拒否。
かなりしつこくしつこく仕事の依頼を頼んで来たようで、あまりのしつこさに、最後はマリアベルが根負けし受けてしまった、ということらしい。
渋々、受ける羽目になってしまった仕事。
まぁ、内容が内容だけに、単なるボンボンからの、お遊びのような依頼。
適当に付き合って、さっさと仕事を終わらせろ。
それが、マリアベルの出した最終的な結論だった――――。
「にしても、遅いだろっ……」
エルリオンは天を仰ぎ、不機嫌さを宿した声で呟いた。
待ち合わせの時間は、二時のはずだ。
すでに、二十分が経過している。
人と待ち合わせしている状態での二十分は、完全なる『大遅刻』と言っていいだろう。
そうでなくとも、こっちは十分前に到着しているのだ。
早く……。
三十分もベンチで待ち続けているこの状況から、早く脱したい。
もしかしたら、迷っているのかもしれない、とも思ったが、この公園を待ち合わせ場所として指定してきたのは先方だ。
では、こちらを見つけられないでいるのか、とさらに思ったりもしたのだが、自分の特徴もすでに伝え済みだ。
己で言うのも何だが、自分は決して地味な方ではない。
派手な髪色に、長身の体躯。
そんな男が、公園のベンチに座っていれば嫌でも目に付く。
見つけられずに公園内を歩き回っている、ということは、さすがにないだろう。
それに、こちらとて相手の特徴は聞いている。
『絵に描いたようなボンボン』である、と。
公園に到着した時点で、エルリオンはそれらしい人物がいないか、周囲に視線を飛ばしているのだが、まったくもって『絵に描いたようなボンボン』が見当たらない。
待ち合わせ地点に到着したら、さらに周囲への注意を怠らず、目を光らせていた。
けれど、やはりそれらしい人物は見当たらない。
いるのは、親の暖かな視線を受けて遊ぶ幼い子どもたちや、犬の散歩中の女性、マラソン中の男性たちがエルリオンの前を通り過ぎていく。
「ったく。初日から調子狂うぜ。これだから甘やかされたボンボンは……」
流れる白い雲をぼんやりと眺めながら、エルリオンは不満をもらす。
研がれていた注意力も、十五分を過ぎた辺りから、すっかり薄れてきている。
もはや、暇つぶしで寛いでいる若者と何ら変わり無い。
だが、相手はいつ到着するかわからないのだ。
暇は潰れた、とこの場から立ち去ることなど出来るはずもない。
連絡を取って合流したいのは山々だが、相手が連絡手段を持っていない、という現代人としてはあるまじき状態なのだというのだから、信じられない。
――――いや。
持っていない、ではなく持とうとしない、と言った方が表現としては正しいのかもしれない。
まぁ、相手の事情が何にせよ、つまり、エルリオンにはあちらから連絡が入らない限り、相手との連絡が不可能だ、ということだ。
改めて、連絡手段がない不便さを、痛感させられる。
後、何分待てばいいのだろうか…。
十分?
二十分?
三十分?
エルリオンが半ば途方に暮れながら空を見上げている。
ああ。帰りたい。
今すぐに『ミラード魔法探偵事務所』に戻って、こんな約束を取り付けた本人に文句を言ってやりたい。
「………はぁ」
何とも言い難い思いが、胸を占める。
ああ、帰りたい。
本気で帰りたい。
いや、こんなに待たされているのだ。
むしろ帰っても問題ないのではないだろうか……?
などと、そんなことを考えはじめていると、
「あれ~。公園の片隅に、能天気な髪の色した人がいるな~と思ったら、リオくんじゃないかぁ~。どうしたんだい、社会人がこんな昼間っから間抜けな顔をして」
のほほんとした、平和そうな男の声が、した。
「………あ?」
その、聞き覚えのある声に、ぼんやりと空を眺めていたエルリオンは我に返る。
『能天気な髪の色』とか『間抜けな顔』とか、かなり失礼なセリフが聞こえてきたが、そこにイチイチ反応していたらダメな気がして、寛大な心で横へと流しながら、声のした方へと視線を向ける。
そこには、三十歳代半ばくらいの男が、やや猫背気味な体勢で、ひらひらと手を振ってこちらへと歩いてくるのが見えた。
「やぁ。サボりかい?」
視線を合わせた瞬間に、彼は首を傾げた。
すると、切りそろえられていないボサボサで鬱陶しそうな長さになっている茶色の髪が揺れ動く。
よく見れば、黒縁メガネの奥にある茶色の双眸は優しく細められ、薄い唇は微かな笑みが刻まれている。
一応、笑みを浮かべているようだ。
けれど、男にしては真っ白な、日焼けを知らない肌は不健康さを呼び込み、メガネのレンズに触れるまで伸びている前髪のせいでその表情はほぼ隠され、代わりに『不審者臭』がぷんぷんと立ち込めている。
身綺麗にすればそれなりの評価を受けるだけの容姿を持っているのだが、どうやらあまり身なりには気を使わない性格のようで、この男のスタイルは年中こんな感じであった。
男の名は、キリア・アーバンド。
探偵社に属する、つまりはエルリオンの同僚たる人物だった。
彼は、ひょろり、とひ弱そうな体躯をクリームベージュのコートに包み込み、やはりひょろひょろと、頼りない足取りでエルリオンの側まで来ると、ごく自然に、はじめからそこに座ることが決まっていたかのごとく、隣へと腰かけた。
「誰かさんと違って、バッチリ仕事中だよ」
何故座る、とか、何か用?とか、構っている暇はないんだけど、など色々と言いたいことはあるのだが、そんな風に突っぱねると、余計に面倒くさいことにしかならない、と思い、エルリオンはせめてもの、とばかりに多少の皮肉を込めながら言った。
が。
「そっか~エライエライ。やはり若者は、汗水流して仕事をするのが一番だよね~」
こくこく、と首を縦に振り、語尾を伸ばした軽い口調でキリアは答えた。
彼は、エルリオンの意図していることをちゃんと理解しているはずだ。
理解した上で、キリアは気付かないフリをする、という選択をした。
どうやら彼の中にはこの場を立ち去ろう、というエルリオンに対する心配りは一辺もなく、話しを続けるつもりでいるようだった。
「でも、僕だって別にサボってるわけじゃないよ?今は、ちょっと気分転換に散歩してるだけだし」
「嘘くさっ。いつもの、単なるズル休みだろ?」
「え~~ヒドイなぁ。本当のことなのにっ」
頬を、拗ねた子どものように膨らませ、キリアは言った。
生身の彼と会うのは、一週間振りくらいだろうか。
その一週間の間、彼が何をやっているのか、エルリオンにはわからない。
ちゃんと仕事をしていた、と言われてもそれを素直に信じる気にはなれない。
「たまにはさ『探偵社』に出社した方がよくない?」
生存確認のためにも、と付け足すと、
「え~めんど…。じゃない、僕の主な仕事は情報収集なんだよ? 」
「本音が出てたぞ?」
「気のせいだよ~。仕事なら、ちゃんと片付けてるだろう?」
「それは、よく知ってる」
お世話になっているからな、とエルリオンは頷く。
肉体労働が主な仕事である自分とは違い、彼の仕事は情報を網羅することにある。
彼がどのような手段を使って情報を得ているのかは知らないが、キリアの情報収集能力はずば抜けて高く、常にエルリオンの仕事をサポートしてくれる。
『ミラード魔法探偵事務所』には必要不可欠な人物である。
「そうだろう?だいたい、事務所にある固い椅子に座って対して精度のよくない機器で仕事するよりも、自分の使い慣れた子たちを使った方が仕事の効率が捗るんだよね~」
だから、自分は悪くない。
悪いのは、自分の能力に追い付いていない探偵社の環境だ。
そう言っているように聞こえ、エルリオンは苦笑する。
「それに、自宅で仕事するの、僕は許されてるし?」
首をこてり、と傾げる。
「そうだけど、一週間も音沙汰ないのは、どうなんだ?どうせまともに外にも出てないんだろ。その内干からびても、知らないぞ」
エルリオンが呆れながら言うと、
「だからこうして、日光を浴びに来てるんじゃないか~」
キリアは陽の光を吸収するかのように、両手を天に掲げる。
その姿は、まさに光合成をする植物のようだった。
「……仕事、行き詰ってるわけ?」
キリアの言動と態度から、何となくそう感じ取ったエルリオンは素直に聞いた。
「うん?いつものように、通常運転だよ」
天を仰いだまま、すました顔で言った。
「つまり、行き詰ってるんだな」
その指摘に、
「あはは~。そうとも言うね♪」
キリアは、とても行き詰っているとは思えぬ陽気な声で笑って見せた。
彼が、どんな仕事に関わりを持ち『情報』という波に乗っているのか、エルリオンはよく知らない。
一緒に組み仕事をこなす事もある相手だったが、肉体労働の多いエルリオンが『情報』という目に見えない物と格闘するキリアの苦労や状況を理解するのは、なかなか難儀なことだった。
が行き詰るのは、いつものことだ。
そんなことで、キリアの精神が滅入ることはない。
「もう少し格好をスッキリさせたら、頭もスッキリして仕事も身が入るんじゃないのか?」
エルリオンは、そう提案した。
仕事が行き詰まった時は、ちょっとした変化を与え気分を切り替えて挑と、意外に上手くいったりするものだ。
そもそも、彼の姿は、格好からしてかなり問題がある。
無精髭を剃って普通の服を着れば、こざっぱりして気持ちもスッキリするだろう。
「うう~そうかなぁ……。むしろ、身綺麗にした方が逆に落ち着かなくてどうにかなってしまうような気がするんだよねぇ……」
だがエルリオンの助言もあまりピンとこなかったのか、首を傾げながら唸る。
「と言うか、よくそんな身なりで通報されないな……」
『怪しい』としか表現のしようのないキリアの姿は、完全に通報レベルだ。
「あはは。お巡りさんとは、イイお友達だよ?」
にっこり、と怪しい顔が笑みを刻んだ。
「……えっと……。あんまり俺の側に寄らないでくれる?」
エルリオンは頬を引きつらせ、そっと横へと移動して距離を取る。
気のせいだろうか。
目の前を通り過ぎる人たちが、こちらを意識しているような、そんな気がする。
キリアと一緒にいるだけでお巡りさんに目を付けられるなんて、まっぴらごめんだ。
「ええ~。何で~。つれないなぁ~」
唇を尖らせ、ブーブーと不満の音が聞こえてきそうなほど、子供のように拗ねる。
けれど、いかんせんやっているのは不精髭の男。
当然のことながら可愛らしさなど微塵もなく、あるのは怪しさだけ。
「ホントに、マジで離れてくれない?」
切実に、そう願った。
「ふぅ。せっかく、暇そうなリオくんとほのぼの過ごそうと思っていたのになぁ……」
なんて言いながら、キリアは大きく伸びをした。
「だから、暇じゃないっての」
続く




