華麗なるタイムの冒険02
華麗なるタイムの冒険02
「もしかして、朝ごはん、食べてきてないの?」
注文を受け、カウンター内へと入っていきながらアニーが聞いた。
「いや、食べてきた。でもさ、十時はおやつの時間ってよく言うだろ?」
「子どもじゃないんだから……。よくそれで、仕事中だなんて言えるわね」
まったく、と心底、呆れたようにアニーは首を横に振る。
呆れながらも、エルリオンが客であることには変わりなく、アニーは『いつもの』を用意するために戸棚からお皿を取り出す。
「俺、結構、この店の売上に貢献してると思うんだけどなぁ……」
カウンターの上に片肘を付き、左頬を預けながらエルリオンが苦笑まじりに呟いた。
と。
カウンターの端に描かれていた椿の絵が揺らめいて、コロコロとエルリオン方へと動きを進めた。
小石が坂を転げ落ちるように、テーブルの上をコロコロと転がる椿の絵を、エルリオンは驚いた風もなく見つめる。
これは、魔法だ。
テーブルに描かれている『椿』に魔法を練り込み、動くように工夫しているのだ。
「貢献しているつもりでいるのなら、三食、食べに来てくれてもいいのよ?」
にっこり、とアニーが営業スマイスを輝かす。
その、冗談とも本気とも取れる笑顔に、
「はは。冗談だろ。週に一、二度『おやつ』に来るのが限界だって」
エルリオンは肩をすくめる。
「またまた~。リオンちゃんって、意外としっかりしてるじゃない。貯金とか、ちゃんとしてそうだもの」
「ウチには、育ち盛りの妹がいるからな。俺の安月給で外食ばかりだと、一瞬で破産するっての」
乾いた笑みでエルリオンが答えた瞬間、
「悪かったわね、安月給で」
後ろから、冷ややかな声が届いた。
女性とわかる聴き馴染んだその声に、
「………………」
やば、とエルリオンは内心で呟く。
どうやら、とんでもないタイミングで、とんでもない人が登場してしまったようだ。
「あら、いらっしゃい。もしかして、今の聞こえちゃった?」
エルリオンの背後へと視線を向けたアニーが、しまった、とバツの悪そうな表情を浮かべる。
「ええ。私、とっても地獄耳なの」
落ち着いた、色っぽい声音と、コツコツコツ、とヒールの音がゆっくりと近付いてくる。
その足音が、まるでエルリオンを責め立てている文句のように聞こえ、今すぐに席を立ち自宅へと逃げ帰りたい衝動に、駆り立てる。
「そんなことよりも。リオンくん、来ないと思ったら、喫茶店で優雅にお茶?とんだ重役出勤ね」
エルリオンの隣へと座り、その女性、マリアベル・ミラードは責めるような視線を寄越す。
「アハハ。社長、おはようございます。お仕事、お疲れ様です」
百パーセントこちらに非がある故に、引きつった笑みを貼り付け、エルリオンは挨拶をした。
「ふふ。おはよう♪」
部下の挨拶を受け、語尾に音符でも付いていそうな、軽やかな口調で、上司が笑った。
マリアベル・ミラードは、息を呑むほど美しい女性だった。
腰まで流れる黄金色の髪。
スっと通った鼻筋と、強い意思の宿った宝石のように煌めく琥珀色の瞳。
厚い唇は大人の色気を含み、うっすらと化粧を施しているにも関わらず、眩しいほど華やかさに満ちている。
すらり、とモデル並みの体躯をフォーマルスーツで包み込み、真面目なキャリアウーマン風な出で立ちをしているものの、胸元は絶妙に開かれ、その奥にある豊満なバストがやや窮屈そうに収まっているのが、見える。
年齢不詳。
プライベートにおいても一切を明かさない、この謎めいた女性こそが何を隠そう『ミラード魔法探偵事務所』の責任者であった。
「マスター。コーヒー、お願いできます?」
マリアベルが、向かいに立つマスターに注文を入れる。
「ああ」
やはり、チラリ、とだけ視線を送り、送ったのち小さく頷いた。
どうやら、彼女もまたここで休憩するつもりのようだ。
「誰か、来ていたみたいだったけど……。仕事の依頼?」
エルリオンが、聞いた。
彼女がここにいるということは、話しが終わり客人は帰ったということを意味している。
なかなかの盛り上がりを見せていたようなので、仕事の依頼だったのならば、結構大変な内容なのかもしれない。
「依頼は依頼だったのだけど、わざわざウチが扱うような仕事じゃないというか……。クライアントも、何だか変わっていたし……。悪い人ではないようだけれど、何というか、あまり関わり合いたくない相手って感じでね」
言い終えて、マリアベルは、ふぅ、と息を吐く。
人付き合いもそつなくこなすマリアベルにしては、珍しい反応だ。
よほど、厄介な依頼人だったのだろう。
どうやら、エルリオンの予想は当たったようだ。
「じゃあ、断ったわけ?」
テンションの低いマリアベルに、エルリオンは尋ねる。
『ウチで扱うような仕事ではない』という言葉とクライアントの人間性という二つを理由に、やんわりとお断りしたのだろうか……。
その可能性を問うエルリオンに、けれど彼女は首を横にゆっくりと振り、
「そうしたかったのだけど、先方の妙なテンションに負けて受けてしまったわ……」
苦虫を噛み潰し、言った。
心底、不本意だ、とその表情が物語っている。
彼女にそんな反応をさせてしまう仕事の依頼とは、一体どんな内容なのだろうか……。
ものすごく、聞きたくない。
エルリオンの仕事に対する意欲が、急激に下がっていく。
「その仕事、俺に『聞かなくてもいい』っていう選択肢ある?」
無駄と分かっていても、一応質問してみる。
「あると思って?」
にこり、と笑顔を向けられた。
「あはは~。ですよね~」
やはり、愚問だったようだ。
「ふふ。はい、二人共お待たせ。リオンちゃん、駄々をこねてないで、仕事は真面目にしなきゃダメよ?」
注文していた『いつもの』――――『リオンすべしゃるパフェ』とコーヒーをカウンターの上に並べながら、アニーが言った。
「おれ、おかしいな。俺、結構勤勉なんだけど?」
パフェを受け取りながら、軽口を叩く。
「勤勉な人は、午前中から喫茶店に来ないと思うけど?」
「仕事は、要領よくこなすタイプなの」
「よく言うわね」
苦笑いを浮かべるアニーに、しかし次なる声を上げたのはエルリオンではなく、上司であるマリアベルであった。
「あら。リオンくんはとっても勤勉で頑張り屋さんよ」
揺るぎのない口調で、言った。
――――嫌な予感が、した。
「――――だから、今回の仕事だって嫌な素振りを見せながらも、きっと積極的に動いてくれると信じているのよ」
ねぇ、と素敵な笑顔をエルリオンに注ぐ。
拒絶を許さない、女神の微笑み発動。
そうきたか。
「…………。男に二言は、ない……」
エルリオンは小さく呟いて、乙女チックに飾られた可愛らしいパフェを口に含む。
これを食べ終わったら、仕事開始だ。
***** *****
明けて翌日。
午後、二時過ぎ。
クローバーで仕事の内容を聞かされたエルリオンは、その依頼を遂行すべく、依頼人との待ち合わせ場所である中央公園へと訪れ、ベンチに腰掛けていた。
目の前に、綺麗に手入れされている青々とした芝生が一面に広がっている。
少しだけ小高い丘となっている芝生の上には、幼い子供を連れた母親や恋人たち、若者の集団が、各々、楽しそうな時間を過ごしている。
きゃあきゃあ、と子供のはしゃぐ声が、微かに耳へと届く。
何とも、平和な光景なのだろうか。
昨日と同様、天気は良好。
蒼穹の中にある太陽もキラキラと熱を放ち、地上を温めている。
風の中にひと握りの冷たさはあるものの、少し厚着をすれば十分に外で遊べる気温だ
芝生を包むようにして広がる木々に真冬の侘しさはなく、花壇にも色とりどりの花が植えられている。
目と肌で、間近に迫る春の気配を感じる。
嗚呼。
やはり、今日という日を仕事をするだけのために使うのは、勿体無い。
けれど、だからと言って仕事をサボるわけにもいかない。
一度受けた仕事は、きっちりしっかり終わらせるのがエルリオンのポリシーだ。
故に、今エルリオンの優先事項は仕事を素早く終わらせることにある。
あるのだが……。
仕事の内容が内容だけに、そう簡単に終わるような気がしなかった。
エルリオンは、マリアベルから聞いた内容を思い出す。
依頼人は、二十代前半の男性。
名前を、ラフィアレスタ・エイダー。
対応したマリアベルによれば、全身を『金持ちです!』と周囲に主張しているかのような、いかにもな服装に身を包み、とても良い環境で教育されたのか、とてもイイ性格をした金持ち風な青年らしい。
『金持ち風』という曖昧な表現を使うのは、身分を証明する物を一つとして所有していなかったからだ。
それだけではない。
年齢や出身地、親族の情報といったものも何に喋らなかったらしい。
身分の証明をしない、正体不明の男。
唯一の情報は名前。
だが、これだけ隠し事の多い男だ。
本名である可能性は限りなく低く、むしろ偽名であると認識していた方がいいだろう。
現に、エルリオンとてすべての金持ちや貴族の名を熟知しているわけではないけれど、知識の中に『エイダー』という名に心当たりはない。
はっきり言って、不信感しか生まれない。
基本的に、怪しい人物からの依頼は引き受けないのがウチの方針だ。
ならば、何故今回は引き受けてしまったのか。
理由は二つ。
一つ目は、怪しさはあるけれど、ラフィアレスタという男に危険性や事件性はない、と判断したため。
二つ目は、依頼内容が、いたってシンプルなものだったため。
仕事の内容は、『帝都案内』。
依頼人が行きたいと望んだ場所に連れて行き、案内をする。
ただの、それだけだった。
続く




