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無限ワールド  作者: 水原まき
番外編 ②
111/115

華麗なるタイムの冒険01

~エルリオン編~

華麗なるタイムの冒険01







 駅前から少し離れた、スーパーや住宅地が密集するも、比較的静かな場所にエルリオンが在籍する『ミラード魔法探偵事務所』は、ひっそりと看板を掲げていた。

 真っ白い外壁の、三階建ての小さなビル。

 飾り気もなく、牛乳パックのように、天に向かってにゅっと真っ直ぐ佇むビルは、割と交通量の多い通りに面しているにも関わらず、あまり目立っていないようだった。

 それはおそらく、右手にアパート、左手に弁当屋を挟むようにして建っているのも原因の一つかもしれないが、天に聳える大きな樹木が植えられている歩道のすぐ側にあるために、白いビルがアパートの一部と化して脳に認識され、通り過ぎてしまう風景となっている、そんな気がした。

 そんなひどく目立たぬビルにも関わらず、二階を間借りしている『ミラード魔法探偵事務所』。

 加え、小さな小さな。

 意識して探していても見逃してしまいそうなほどの小さな看板を二階からぶら下げているだけで、大々的に名前を出すことをしていない事務所は、まともに仕事をする気があるのか、と疑ってしまうほど怠け者に見えた。

「あふ……」

 一階にある喫茶クローバーの脇に、これまたひっそりと存在する、二階へ上がる階段。

 一人が通れるほどの広さしか確保されていない狭い階段を、ゆるりとのぼりながら、エルリオンは欠伸を噛み殺す。

 現在の時刻は、午前十時すぎ。

 『ミラード魔法探偵事務所』の営業開始時刻は午前十時。

 すでに仕事の開始時間は過ぎている。

 つまり。

 少しだけ、遅刻だ。

 けれどエルリオンに後ろめたさはなく、急ぐ気配もない。

 駅からここまで歩いて来る最中も、天気がいいなぁ、などと呑気に思いながら、散歩のように足を進めていた。

 トコトコ、とやる気のない足取りが続く。

 そして、三階へと続く階段の手前にあるドアの前へと辿り着く。

 『魔法探偵事務所』というプレートが付けられている、これまた飾り気のないシンプルなドアだ。

 このドアをくぐった瞬間に、仕事がスタートする。

 エルリオンはふぅ、と息を吐き、ノブに触れる。

 と。

『~~~っ』

『~~~~~~!』

 中から、声がした。

 ドア一枚に隔てられ、声がくぐもって聞こえるために喋っている内容までは分からなかったが、男と女の喋り声が、エルリオンの鼓膜を叩いた。

 そっとドアに顔を近付け、中の気配を窺う。

 見かけによらず意外と頑丈で分厚いドアのため、耳を貼り付けても話しが届くことはない。

 けれど、ガヤガヤとした人のざわめきと気配が、する。

『……~~~~~』

『~~~~~』

『~~~~~~~~~~っ』

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~』

 言い争っているわけではないが、かと言って和やかなコミュニケーションが取られているわけではないような空気が、ドア越しから伝わってくる。

 客、だろうか。

 滅多に来客のない『魔法探偵事務所』だが、腐っても『魔法探偵事務所』だ。

 ある程度の仕事は、焦らずともやって来る。

 『探偵』という怪しい言葉の上にさらに『魔法』という言葉まで付いている特殊な職業は、けれど案外と重宝されていたりする。

 ここのドアを叩く人間は、ほとんど魔法をあまり得意としない人たちが多い。

 その依頼内容は、もちろん自分たちでは解決出来ない『魔法』に関することで……。

「………………」

 ノブに触れていたエルリオンの手が、そっと離れる。

 今からドアを開け中に入ると、とても面倒臭いことになる。

 室内の荒れ模様から、そう察知した。

 エルリオンは息を殺してそっとドアから離れると、躊躇いなく来た道を戻っていく。

 トントントン、と足早に階段を駆け降りて、外に出る。

 昨日の曇天と違い今日の空は、澄み渡る青。

 仕事などせず、どこかへ飛び出してしまいたくなる。

 エルリオンは大きく伸びをすると、隣の喫茶アポロンへと足を向ける。

 表を全面ガラス張りとして、店内の様子を覗けるようになっている喫茶店を、エルリオンは見渡す。

 中に、客はいない。

 エルリオンは重厚な木のドアを開け、入店する。

 『喫茶クローバー』は、八個の椅子が並ぶカウンター席と、二人掛けと四人掛けのテーブルが三つずつある、こぢんまりとした喫茶店だった。

 真っ白な壁紙の中に、骨董品や絵画が飾られている。

 アンティーク調の棚の上には外国の、よく分からない雑貨やゴージャスな花瓶に生けられた花が、置いてある。

 広すぎない店舗と、ほどよい家具の数。

 邪魔にならない程度におさえられている、オルゴールのBGM。

 ドアを開いた瞬間、鼻腔を包み込むコーヒーの香ばしい香り。

 提供される料理はどれも絶品で、地元の人間だけが知るというこの喫茶店が、エルリオンのお気に入りの場所だった。

「いらっしゃいませっ」

 明るい女性の声が、エルリオンを出迎えた。

 歳の頃は三十代半ば。

 黒い髪を後ろで束ね、白と黒の制服を着こなした、活発そうな雰囲気を持つ一人の女性が、トレイを片手に軽やかな足取りで近寄って来た。

 名を、アニー。

 クローバーで接客を担当する女性だ。

「あれ、リオンちゃん。今日は仕事じゃないの?」

 エルリオンの姿を認識した途端、アニーは首を傾げた。

「ん~?まさか。もちろん仕事中」

 なんて平然と言う。

「本当に~?」

 アニーの、疑わしそうな視線が注がれる。

「ホントホント。今、事務所に客が来てんの。話しがかなり立て込んでてさ、俺がいたら邪魔になりそうだったから、止むなく降りて来たってわけ」

 ビシッと上にある事務所を指差して、言った。

「それってつまり、面倒臭かったから逃げて来たってことよね?」

 けして短くない付き合いがそうさせるのか、鋭く的を射ているアニーの言葉に、

「物事を円滑に進めるために、俺が妥協したの」

 けれどエルリオンは、そうのたまった。

「後で怒られても、助けてあげないからね……」

 不真面目さに呆れたのだろうか。

 アニーは、嘆息しながら呟いた。

「あれ?何でそんなに冷たいの。俺、かなり頼りにしてるんだけど?」

「もう、いい大人がそんな子供みたいなこと……。少しは貴方の妹さんを見習ったら?」

 子どもを諭す母親のような口調で、アニーは言った。

「二十代半ばの男の中身なんて、まだまだガキさ。リーナの方が、よっぽど大人だ」

 お淑やかで清楚。

 十代とは思えないほど落ち着いた物腰を持ち、それでいて凛とした雰囲気を放つリーナマリアはとても聡明で、兄のようにすぐ口が動くタイプではない。

 さらに周囲に対し細やかな気配りも出来るレディで、社交性もあるために人付き合いがとても上手い。

 自慢の妹、と断言出来る。

「あら。自覚していたの?」

「まあね。きっと、兄がこんなだらしのない奴だから、妹がしっかり者に育ったんだな」

 冗談めかして言うエルリオンに、

「それは、否定出来ないわね」

 うんうん、と頷くアニー。

「ひどいなぁ……」

 エルリオンは思わず、苦笑する。

 自分からフッておきながら言うのも何だか、潔く肯定されると、ちょっとだけ傷つく。

 けれど、それが紛れもない事実なのは確かで……。

 エルリオンはポリポリ、と頭を掻きながらカウンター席へと向かい椅子へと腰かける。

 拳サイズの椿の絵が描かれている木製のカウンターテーブルに落ち着くと、その向こう側で、一人、黙々と仕事をこなす中年男性の姿が目に入った。

 男は、チラリ、とエルリオンを一瞥する。

 一瞬だけ合った視線に、エルリオンは、よう、と友達にでもするように、片手を挙げて気さくに挨拶をする。

「…………おぅ」

 けれど親しげなエルリオンとは逆に、彼は、愛想を浮かべることもせず小さな声で短く返すと、再び手元へと視線を戻した。

 てきぱきと、お皿や調味料を片付けていく。

「素敵な接客だね」

 彼が淡白なのは、いつものことだ。

 大歓迎を期待していたわけではないエルリオンは、特に気にした風もなく小さく笑う。

 歳の頃はアニーと同じくらいだろう。

 短く切られた黒髪と、太い眉が印象的な厳つい顔をしたこの男が、喫茶クローバーのオーナーシェフであった。

 口数が少なく、めったに開かれない唇は常に固く『へ』の字を作り、ややツリ上がっている目は眼孔鋭く、人を怯えさせるには十分の迫力がある。

 真っ白なコック服の上に黒のエプロンを身に付け、いかにもシェフです、という格好をしているにも関わらず、その威圧感が薄まることはない。

 いやむしろ、鍛え上げられている肉体がコック服越しからでも確認出来て、それが妙な恐怖感を煽っているような、気がする。

「リオンくん、ご注文は?」

 アニーが、問う。

「いつもので」

 エルリオンは、常連客のみが許される方法で注文を済ませた。







 続く







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