グラジオラスの咲く頃に04
グラジオラスの咲く頃に04
ユキ、と騒ぐ自分を窘めるように、カイキに名前を呼ばれた。
「……何よ」
太ももに手を置いたまま、雪乃がカイキへと視線を向ける。
その目には、自分だけ注意を受けたことに対する不満のようなものが、ありありと宿っている。
「お二人が固まってますので、今日はそのくらいに」
カイキが、肩をすくめる。
その言葉に、あ、と言うような表情を浮かべ、雪乃はエミリアたちを振り返る。
「…………」
「…………」
そこには。
二人の言い争いに、どうしていいのか分からず、居心地悪そうに固まる姿があった。
「あ。あははは……」
そんな二人の様子に、雪乃は乾いた笑みを零しながらカイキから離れて行く。
「えっと、驚かせてごめんね~。あたしたち、いつもこんな感じだから、気にしないでね」
手をパタパタと振りながら、雪乃はどこかおどけた口調で言った。
が。
「貴女だけですけどね」
ぽつりと、リュウセイが零し、
「あ゛っ」
雪乃の中で鎮静しかけた熱が、再び動き出す。
「リュウセイ……」
ギロリ、と睨みをきかせ、今にも身を乗り出して行きそうな雪乃の肩に手を置いて、カイキが部下を窘める。
「……………………。軽率過ぎました。申し訳ありません」
長い沈黙ののち、リュウセイが小さな声で謝罪する。
「ユキも。暇だからと言って、こんな方法で遊ばないで下さい」
親が子どもを叱るような、そんな口調で注意する。
「何よ。コミュニケーション取ってるだけじゃない……」
なんて言いながらも、雪乃も素直にカイキの言葉をきく。
「私たちは慣れてますから構いませんが、傍から見れば十分に口喧嘩ですよ?」
「論戦と言って欲しいわね」
どこか誇らしげに、雪乃は答えた。
「『論戦』と表現するほど、中身のある内容ではないでしょうに……」
冷めた、リュウセイの指摘に、
「やだなぁ。中身のない内容を繰り広げていく中にだって、相手の人となりを知るための要素は数多く含まれているじゃない」
分かってない、とばかりに雪乃は返す。
「お花畑っていうこと意外、分かったことはないですけどね」
「はっ。これだから根暗は」
雪乃が、鼻で笑い飛ばす。
「はっ。これだから能天気バカは」
負けじとリュウセイも返す。
「二人とも……。私の話、聞く気ありませんよね」
間に挟まれているカイキが、心底呆れ返った声で呟く。
もはや、どうでもいい、と言った感じだ。
「ぷっ」
ふと、吹き出すような声が生まれた。
声のした方を見れば、エミリアが口元に手を当て俯いていた。
笑っている。
肩を小さく震わせ、笑っていた。
「お、おいっ」
その姿に驚いたのは、レインだった。
「あ。す、すいません……。皆さんが、とても仲が良さそうだったので、ついっ……」
笑いをかみ殺しながら、エミリアが顔を上げ言った。
手で顔を覆って、必死にその表情を隠そうとしているが、楽しそうに刻まれた笑みが溢れていた。
「き、急にすいません。こいつ、長旅でちょっと疲れてるもんで……」
突然と笑い出したエミリアに、どう対処していいのか分からず、わたわたと、焦った様子でレインは言う。
「魔族と仲の良い人間なんて、どこにでもいるわよ。――――だから、別に気にしなくてもいいんじゃない?」
「え?」
雪乃の言葉に、レインの表情がハッとなり、エミリアから笑顔が消える。
「もちろん、冷たい目で見る奴らの方が多いのは確かだけどさ~」
「ユキノさんも、やはりそういう目に……?」
エミリアが、遠慮がちに訪ねてくる。
「うん。昔から、今でもず~っと続いてるよ。気にすることはない、とは言ったけど、ある程度は覚悟しておいた方がいいと思うよ」
「………………」
「………………」
「貴方たちにどんな理由があって王都へ向かってるのかは知らないけど、王都だってそう甘くはないんだからね?」
「………………」
「………………」
続ける雪乃に、二人は、ただただ沈黙を守る。
「あの、どうしたんです?いきなりそんな話……」
脈絡のない雪乃の言葉と、二人が醸し出す重たさを宿した沈黙に居た堪れなさを感じたのか、カイキが目を白黒させて問うてきた。
「ん~別に。せっかく王都へ行くんだもん。楽しんでもらいたいじゃない?だから、ちょっとしたアドバイス?みたいな」
雪乃は、首を傾げる。
「楽しんでもらいたいと思っている人の発言とは、思えないのですが……」
むしろ、萎えさせているような。
「え~。そんなことないよ。全力で、そう思ってるよ?」
心外だ、とばかりの表情で言いながら、雪乃は持参してきたバスケットを引き寄せる。
中には、弁当箱や食事に必要な食器類が入っていた。
雪乃はバスケットの中に手を入れて、紙袋を取り出す。
「餞別に、これあげる。そこそこいい物だから、持ってて損はないはずよ」
もちろん新品だよ、と付け加え、レインの方へと差し出す。
「へ?あ。いや、えっ……?」
突然、押し付けられるように寄越された紙袋に、レインは当惑した表情を浮かべる。
受け取れ、と言わんばかりの主張を放ってうる紙袋に、けれどレインは困惑しきったままでいるために、触れられないでいる。
「いいからいいから。これも、旅の中で生まれた小ちゃな思い出ってことで」
ほらほら、と手を伸ばさないレインに、雪乃は受け取るように促す。
「レンちゃん。せっかくだし、頂きましょう?」
見かねたように、エミリアが横から呟く。
「そ、そう?……君がそう言うなら」
彼女にそう言われ、ようやくレインは手を伸ばし、おずおずと紙袋に触れる。
「ありがとうございます……」
なんて、一応礼は口にしているものの、決して喜んでいるようには見えなかった。
「ありがとうございます、ユキノさん。あの、中を拝見してもいいですか?」
レインとは違い、素直にプレゼントを喜んでいるエミリアが、興味ありげに紙袋を彼から取り上げる。
「どうぞどうぞ」
とニコニコ顔で言った雪乃に、エミリアはさっそく紙袋を開けて、中を確かめる。
ガサゴソ、と紙の擦れる音が聞こえ、引き出された彼女の手の内にあったのは。
「…………これは……スプーン?」
柄の部分に細工の施された、綺麗な銀のスプーンだった。
「スプーン……。しかも四本も……?」
リュウセイが、送られた本人たちの疑問を代弁するかのように呟いた。
そう。
彼女の掌の中には、四本のスプーンが握られていた。
城で使用されているスプーンは、言わずもがな逸品である。
けれど、この場で渡す餞別に相応しい物なのか、と問われれば、首を傾げたくなるほどの物だろう。
「四本って……。縁起が悪いのでは?」
隣で、ぼそり、とカイキが呟く。
「『四』が縁起の悪い数字なんて概念、この国にあるの?」
雪乃の指摘に、
「あっ。そうでした……」
カイキはハッとしたような表情を浮かべ、すぐに苦笑を浮かべる。
他国、もとい他世界にある文化に触れ過ぎていたせいで、彼の中で混同が起きてしまったようだ。
「でも、何故スプーンなのです?」
「『食』は、生きていくための基本でしょ?」
「それは、まぁそうですが……」
雪乃の言葉に同意は示しながらも、カイキは困惑を滲ませる。
言っていることは理解できたが、やはりスプーンを贈ることに対しては疑問が残っているようだった。
それはリュウセイも同様らしく、
「意味が分からない……」
眉根に深くシワを刻ませ呟く。
その表情が、また変なことを、と語っている。
「王都には美味しい食べ物がいっぱいあるから、それを使って楽しんでねって、言うメッセージに決まってるじゃないの」
察知能力が低いわね、と雪乃が付け足す。
「そんな事を、どう察知しろとっ」
無理に決まってる!とリュウセイが続ける。
「こんな高そうな物を、本当に頂いていいのですか?」
スプーンと雪乃を交互に眺めながら、エミリアが口を開く。
見ず知らずの人間から、旅の思い出、と受け取るには、これはなかなか高級過ぎる。
「いいっていいって。スプーンくらい、捨てるほど持ってるから」
先程とは違った戸惑いを見せはじめるエミリアたちに、雪乃はたいしたことではない、とばかりにケタケタ笑う。
「ありがとうございます。大事に、使わさせて頂きますね」
にっこり、とエミリアが微笑んだ。
「それ。絶対ウチにあったヤツですよね……」
さも自分の私物を渡しているかのような態度と口振りの雪乃に、リュウセイが誰ともなくポツリと囁いた。
彼の指摘する通り、渡されたスプーンは雪乃が城から用意してきた物である。
それはつまり、他人の物に他ならず――――。
本来、他人に贈るものではない。
が。
「あ~。まぁ、別にいいだろ。スプーンはいくらでもあるし」
リュウセイの不満をよそに、その持ち主がさらりと、そう言ってのけた。
「………………」
リュウセイは、ちらり、とカイキを見る。
雪乃を見つめるカイキの双眸には、他の女性へと向かるそれとは明らかに異なる、優しい光が宿っている。
うっすらと浮かんでいる笑みの中には、彼女の行動に対し怒っている感情など微塵もない。
いや。
そもそも、彼が雪乃に対して怒るなど滅多にないのだ。
「ああ……。質の悪いお花畑にどんどん伝染していく……」
ニコニコ、と。
緊張感のカケラもない、筋肉の緩みきった破顔を示すカイキに、リュウセイが、どこか痛い生き物でも見るかのような眼差しで、己の主を見つめながら呟いた。
終わり
リュウセイとの口喧嘩、書いてて楽しかったです(笑)
でもカイキと口調が少し似てるので、書き分けが難しかった……。
グラジオラス(ピンク)の花言葉 『ひたむきな愛』
誤字・脱字がありましたら、すみません。




