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無限ワールド  作者: 水原まき
番外編 ②
107/115

グラジオラスの咲く頃に01

グラジオラスの咲く頃に01







 ガタガタガタガタ。

 ガタガタガタガタガタガタッ…。


 耳障りではないがそこそこ目立つ乾いた音が、絶え間なく足元から生まれている。

 その音に合わせるようにして、僅かな振動が全身を包んでいる。

 人と電力が動かす電車とは違った、けれど同じ移動手段である箱――――人と馬が動かす馬車は、一定のスピードを保ちながら走っていた。

 馬車の中にいるとは思えないほど座り心地のいい椅子に深く腰を下ろし、微かに響く音と振動を受けていた雪乃は、ふと、外の景色へと視線を飛ばした。

 舗装などされているはずのない砂利道を走っている馬車の外側には、のどかな風景が広がっていた。

 どこまでも続く、自然の色。

 それは林であったり畑であったり、湖であったり、平原であったり。

 雪乃の黒曜石の瞳には人工物がいっさい見受けられない自然豊かな世界が、ただひたすらに映り続けている。

 零れるほどの自然の真上には、雲を泳がす澄み切った青空が広がり、さらに大自然さを演出している。

 自然があるということは、当然のごとくそこに住まう動物たちも多いということで。

 空を舞う鳥はもちろん、野生の獣たちが何度も雪乃の瞳の中に映っていた。

 ピクニックを楽しむには、最高の日和だ。

 外に出て自然を満喫するのも良し。

 こうやって、馬車に揺られながら景色を楽しみつつ移動するのも、なかなかいいものだ。

 あと、どれくらいで、この自然が終わるのだろうか。

 スノーシェリカ城のある王都には、早くても二時間くらいはかかるだろう。

 王都に近づくにつれ自然は薄れ人工物が多くなるものの、そこまで科学が進んでいない世界なので、まだまだ手つかずの自然は多い。

 突然と城と飛び出し、ピクニックをしよう! と言って遠出したのは、結構正解だったようだ。

 今度は、どこに飛び出してみようか。 

 そんなことを景色を眺めながら考えていると、


「退屈、してませんか?」

 真横から、声がした。

 自分へと向けられていると分かるその言葉に、雪乃は声のした方、正面へと視線を移した。

 すると、それまで自然をとらえていた雪乃の瞳が、一人の青年――――カイキの姿に支配された。

 雪乃を真っ直ぐ見据えている、優しげな、ややタレ目がちな双眸。

 形のいい唇にはうっすらと笑みを刻ませ、柔らかな表情を浮かべている。

 窓のすぐ隣に腰掛けているカイキの整った顔立ちに、外から差し込む太陽の光が注がれて、キラキラと輝いている。

 いつもより、シンプルかつ質の落ちた生地で作られている衣服に身を包み込んでいるというのに、長い脚を組ませ優雅に微笑むカイキからは、ただならぬ上品さが漂っている。

 やはり『本物』は何を着ても、その本質は失われないようだ。

 いつもはキチンと結わえられている赤銅色の髪が、まとまることなくさらさらと頬と首筋を掠め、それが妙に大人の色香を演出する。

「ん~?別に、退屈ではないよ~」

 雪乃は間延びした声でカイキの質問に答えた。

 しかし雪乃のそれはとても退屈そうに聞こえたのか、カイキはそうですか、と言いながら曖昧に笑う。


 退屈ではない。

 馬車で揺られているだけとはいえ、眺めている景色も綺麗だし、半日だったがピクニックだって楽しんだのだ。

 退屈であるはずがない。


「それでは…。楽しく、ありませんでしたか?」

 カイキが、遠慮がちな様子で問うてきた。

 その声は、どこか不安そうであり雪乃の様子を探るような、そんな気配が宿っていた。

「? 何でそんなこと聞くの?」

 雪乃は、きょとんとした。

 先程の『退屈』という言葉といい、今の『楽しくなかった?』発言といい、何故そんなことばかり聞いてくるのか、雪乃は分からなかった。

 たった一時間にも満たない前に、年甲斐もなくはしゃぐ姿を、隣でのほほんと見ていたではないか。

「もちろん、楽しかったよ」

 カイキの心境がどこを向いているのかよく分からなかったが、雪乃は素直に答えた。

「そもそも、誘ったのはあたしの方なのよ?不満なんてないよ」

 雪乃は、くすり、と笑った。

 そう。

 昨日の夜、突然と、明日、出かけるぞ、と半ば命令にも近い口調で宣言し、今朝早くカイキを馬車に放り込んだのは、ほかでもない雪乃である。

 カイキは、いくら慣れているとはいえ、そんな強引すぎる雪乃のわがままに、文句の一つも零さず大人しく付き合ってくれたのだ。

 

「カイキの方こそ、楽しかった?」

 首を傾げ、雪乃も同じ質問をカイキに返した。

「えぇ、もちろん。天気も良かったですし、久々の遠出だったので良い息抜きになりました。ユキが作ったお弁当も美味しかったですし」

 にっこり。

 いつものように、万人受けしそうな爽やかな笑みを浮かべ、カイキは答えた。

「そ。なら、よかった」

 雪乃も、笑い返す。

 ほんわかした温かな空気が、漂う。

「たまにはこういうのも、いいですね。今度また――――」

 ニコニコと満面の笑みを浮かべたまま会話を続けようとしていたカイキの言葉を、

「カイキ様。手が止まっております」

 ひんやりと抑揚のない、それでいてひどく通る男の声がズバッと遮った。

 それはまるで、デレデレと緩みきっていたカイキの精神を、鋭利な刃物で一刀両断するかのごとく容赦のない一声で。

「えっ。あ、ああ……。そうだ、な」

 諌めるように放たれた冷ややかなセリフに、言われた本人はハッとして笑顔を消す。

 そして、どことなく慌てた様子で手元に持っていた書類へと再び視線を落とし、話ていたせいで止まっていた仕事へと戻って行く。


(わぁ。厳しい)

 中断された会話に、雪乃は内心で呟く。


 ――――そう。

 この馬車に乗っているのは、二人だけではなかったのだ。

 カイキの隣には、一人の男が座っていた。

 すらりとした体躯の、若い男。

 やや青みがかった、艶やかな黒髪。

 その黒髪の中で映える、流氷の如く冴え冴えとした、青い瞳。

 しかし、その瞳の片方――――左目は長く伸ばされた前髪によって隠され、外から確認することが出来ない。

 それ故が、唯一視線を合わせることの出来る瞳が、より研ぎ澄まされているように、感じる。

 中性的な容貌を持ち、全身から育ちの良さを伺わせる柔らかな物腰と、インテリ風な雰囲気が漂う彼。

 名を、リュウセイ・オクト。

 カイキの補佐を務める、男だった。


 彼はピクニックを楽しんでいるカイキの側に常に寄り添い、時間を見つけては仕事の話を持ちかけていた。

 それこもれも、忙しいカイキに向けて『ピクニックへ行こう』とむちゃくちゃなことを言い出した自分に原因があると自覚している雪乃は、あまり強く文句も言えず、彼からの冷たい視線も、珍しく甘んじて受けているのである。


「まだまだ仕事は残っているのです。彼女を気にする暇があったら、仕事を片付けて下さい。ただでさえ、予定にないお遊びに出てけてしまって、色々とスケジュールが狂ってしまっているのですから」

 静かだが、ピリリ、とした棘を感じずにはいられないリュウセイの声が、馬車の中に響く。

 補佐である自分を同行させることと仕事を持っていくこをと条件に、出かけることを許可した彼だが、もともとピクニックに出かけること自体に反対だった故に、リュウセイの機嫌は、いつまでも悪い。

「だから、今やってるだろ……」

 念を押すように呟いてくるリュウセイに、カイキはテンションを下げながら素直にペンを走らせる。

 ガタガタ、と微かだが振動が走る馬車内でペンを走らせるなんて、なかなか器用な男だな、と仕事に勤しむカイキを見ながら雪乃は思う。

 彼に、こんな形で仕事をさせているのも、やはり自分のせいに他ならないのだが、雪乃にそれを悪い、と思う心はないようで、ふぅ、と息を吐いた。

 城へ戻ったら、きっと大勢の魔族たちから文句を言われるに違いない。

 まぁ、王様であるカイキを己の感情一つで城から連れ出してしまったのだから、当然と言えば当然なのだが……。  

 スノーシェリカ城まで、順調に進めば約二時間ほど。

 カイキとリュウセイたちは、すっかり集中し完全に仕事モードへと入っている。

 もはや、雪乃に入る隙間はない。

 これは、本気で大人しくしていなければならないようだ。

 さてさて、どう時間を潰そうか。

 本心としては携帯電話をいじるかゲームをして遊びたいところだが、リュウセイがいる場ではそういう物は使えない。

 本を読もうとも思ったのだが、運が悪い事に今持っている本はこの世界の書物ではない。

 リュウセイの前で別世界の文字が並ぶ本を開くのは、あまりよろしい行いとは言えない。

 やはり、やることがない。 

 スノーシェリカ城に到着するまで、のんびりと馬車に揺られているしかないようだ。

 仕方ないか、と雪乃は諦めるように内心で呟いて、椅子に深々と背を預ける。

 休もう。

 そう思った瞬間、



 ――――たすけて!



 声が、響いた。







 続く








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