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無限ワールド  作者: 水原まき
番外編 ②
106/115

弾けろ!ツキミソウ02

弾けろ!ツキミソウ02







「すみません。本当に、困るんですよ……」

 困惑しきった女性の声が、鼓膜を叩いた。

 それは、エルリオンたちがいる場所からそう遠くない距離だった。

 ぴたり、と足が止まる。

「……お兄様?どうされました?」

 突然、動きを止めて立ち尽くしたエルリオンに、当然、隣を歩いていたリーナマリアは追い越してしまった。

 不思議そうに、リーナマリアは振り返る。

 しかしそれには答えずに、エルリオンの足は、ふらり、と声のした方へと向けられた。

 本棚を挟んだ向こう側。

 声は、そこから聞こえてきた。

 エルリオンは本棚で出来た壁を進み、反対側へと回った。

 そこには。

 一人の職員と、床に多くの本を積み重ね座り込んでいる若い男がいた。

 歳の頃は、二十代前半。

 太陽のように眩い金髪の、やや癖のある髪がひどく目立つ男。

 均整のとれた顔立ちに、人懐っこそうなクリクリの目が輝いている。

 彼は、中肉中背の身体を本棚に預け床に足を放り出し本を読んでおり、それを職員に注意されているようだった。

 当然だろう。

 公共の施設でこのような振る舞いは、許されない。

 それを、子供ならまだしもいい歳した大人がやっているのだ。

「君は、さっきから何を言っているんだい?図書館という場所は、本を読むために存在しているのだろう?そして僕は、こうやって静かに本を読んでいる。何が問題だと言うのだね?」

 とても堅苦しく、そして妙に演出めいた口調で、金髪男が職員に問いかける。

「ですから、通路に本を置かれたり、そこで座って読まれると他の方のご迷惑になりますので……」

「僕の他に、人なんて通ってないだろう?」

「そういうことでは。あの、規則になっておりますので、本をお読みになる歳は、指定の場所でお願いします」

「規則規則規則。どうやら君は、社会のルールに縛られるつまらない人間のようだね。だが生憎、僕はそんなものに縛られる人間ではないのだよ」

 床から微動だにせず、自分を見下ろしてくる職員の言葉を、金髪男は鼻で笑い飛ばす。

「……………………。」

 鼻歌でも歌い出してしまいそうなほど軽いノリで、平然ととんでもない事を言い放つ金髪男。

 言葉がまったく通じない状況に、しかしだからと言って立ち去ることも出来ず、職員の女性は心底困った表情を浮かべ立ち尽くしている。

 これは……。

 なかなかの場面に、遭遇してしまったようだ。

 

「よう。大丈夫か?」

 緊迫した状態ではないとは言え、がっつり目撃してしまった以上、さすがに放っておくわけにもいかず、エルリオンは職員に声をかけた。

「え?……あ、リオンちゃん……?」

 ふいに上がった声に驚いてパッと振り向いた女性職員は、近付いてくる人物が自分の見知った相手だとわかり、目を見開き名を読んだ。

 歳の頃は、二十代半ば。

 ブラウン色をした、肩に触れる直前で切り揃えられている柔らかな髪が、やや丸みを帯びた頬をくすぐっている。

 おっとりとした雰囲気を全身から醸し出している彼女は、チャームポイントであるタレ目な双眸に不安げな色を宿し、落ち着き無く佇んでいた。

 名を、クレア・バーンズ。

 図書館へ頻繁に通ううちに親しくなった、職員の一人だ。

「何か、大変そうみたいだけど……。人、呼ぶ?」

 チラリ、と座っている男へと視線を注ぎながら、エルリオンは言った。

 ごく短い会話しか聞いていないが、彼女一人でどうこう出来るような相手ではない、という判断を下すには十分だった。

「何だね、君は。いきなり僕たちの会話に入ってくるなんて、失礼極まりない男だな。君は関係ないだろう?」

 突如現れたエルリオンに、金髪男はあからさまに顔を歪め不機嫌そうに言ってきた。

 相変わらず座ったままだったが。

「公共の場で、周りに迷惑かけてることすら気付かない男に失礼とか言われてもなぁ……」

 ポリポリ、と頭を掻きながらエルリオンは言い返した。

「ふん。僕は、ただ黙ってここで調べ物をしているだけだ。騒いでもいないし、迷惑なんてかけていない」

「足で通路を塞いでるし、本だって散らかしてるだろ」

 金髪男の足元に、平積みとなっている本をハルオミは指差す。

 ここは利用者が左右に並ぶ本棚から本を選ぶために歩く場所であり、陣取っていい場所ではない。

「散らかしている?君の目は節穴かい?これのどこが散らかしている、と言うのだ」

 金髪男は平積みにしている本の山、二つをポン、と叩く。

 確かに乱雑に置かれてはいないけれど、床に直接積み上げているということは、問題がある。

「散らかしてるだろ。それに、あんたがここに座ってると他の利用者が本を見ることが出来ないし、取れないだろーが。いい歳して、そんなこともわからないのか?」

 早く片付けるべきだろう、とエルリオンは続ける。

 けれど、

「はぁ……。さっきから迷惑迷惑と連呼している君の方が、よほど騒がしくて迷惑だよ。図書館内は、もっと静かにするべきではないのかい?」

 やっぱり相手には伝わっていないようで、深いため息を吐かれ呆れられたるだけで終わる。

 ……呆れたいのは、こっちなのだが……。


「ね、ねぇリオンちゃん……」

 言い合う二人の間に、クレアの心配そうな声が届いた。

 エルリオンが加わることで大事になってしまうのではないか、と気にしているような、そんな声色だった。

「あ~、悪い。別に、変に騒ぎにするつもりはないからさ」

 ハラハラと不安げな眼差しを送るクレアに、エルリオンはすまなさそうに謝り、大丈夫、と伝えるために小さく笑ってみせる。

 それを受けて、彼女は安心したように、こくり、と頷く。

「こんな些細なことでイチイチ目くじらを立てるなんて、君たちは少々器が小さいようだね。もっと大きな心を養うべきだ、と僕は思ってならないよ」

 やれやれ、と首を横に振り肩をすくめる。

 すると、癖のある金色の髪がふわり、と流れ動く。

 その動きだけを見るのであれば、どことなく品を漂わす好青年の所作、のようにも感じるが、いかんせん口から溢れる言葉がいただけない。

 完全に、己のことしか考えていない。

 利己的だ、と批難されても文句は言えない状況だ。

 けれど、当の本人は『自己中』という言葉を理解していない。

 本人が自覚していない行動や言動の間違いを解らせることは、とても難しいことだ。

 特に、この男に理解させるのは、かなり困難なような気がしてならない。


「……兎に角、閉館時間も迫っていることだし。そろそろ片付けた方がいい」

 エルリオンは、言い方を変えることにした。

 金髪男に社会のルールを説いても、無駄なような気がする。

「何と!もうそんな時間だったのか……。集中していたせいか、まったく気付かなかったな」

 閉館時間が間近に迫っていることを知った金髪男が、驚きの声を上げる。

 けれど、

「しかし、そうなると困ったなぁ……」

 すぐに腕を組み、わざとらしく首を捻り唸った。

「……今度は、何だよ」

 あまり聞きたくなかったが、この場を早く終わらせて帰りたいと思っているエルリオンは、ウンザリしながらも問いかけた。


「うむ。ここにある本を返そうにも、どこから持ってきたのか僕はまったく覚えていないっ」

 きっぱり、とそう言った。

 その口調はとても困っているようには聞こえず、むしろ開き直っているかのようだった。

「……へ?」

 クレアが思わず間の抜けた声を発し、

「……。マジか」

 エルリオンミの呆れを含んだ声が続いた。

「何せ、手当たり次第、僕が読みたいだけの本を選んで置いているのだからな」

 足元にある本の数は、おおよそで二十冊は超えている。

 周囲の本棚から、これだけの本が抜き取られている箇所が見当たらない以上、ここに積み上げられている本は、ほとんどが別の本棚から取ってきたものだろう。

 ざっと背表紙を見て確認すると、ほとんどが魔法関係の本だったが『帝都の美味しいお店百選』や『格安人気ホテル30』『帝都名所巡りの旅』といった、観光めいた本も混じっている。

 本のジャンルからある程度の場所は予想出来るが、これだけの量を元の場所に戻していくのは、大変だ。

 一人ならば……。


「お待たせしました、お兄様」

 後ろから、声がした。

 リーナマリアだ。

 振り向けば、二人の男性職員を引き連れたリーナマリアが立っていた。

「ナイスタイミングだな」

 狙っていたかのような登場の仕方に、エルリオンは感心したような言葉を送る。

「ふふ。それは、よかったです」

 自分の行動が間違っていなかった、と分かり、リーナマリアが笑顔を零した。

 彼女が、スっとこの場を離れたのは、エルリオンが金髪男と会話をはじめたその瞬間だった。

 目的は、他の職員を呼びに行くため。

 無言でその場を離脱したその理由を、もちろんエルリオンは気付いていた。

 故に、止めもせず声をかけることもしなかった。

 そんなことをしなくても、適切な判断のもと起こされた行動だとエルリオンは理解していた。

 まるで、こうなることが最初からわかっていたかのようなスムーズな動きに、我が妹ながら彼女の判断力にはいつも感心させられる。

「な、何ですか。これ……」

 リーナマリアによって連れて来られた男性職員が、床に散らばる本と座り込んでいる金髪男を交互に見やり、状況を把握出来ないままに、驚愕の声を上げる。


「あ、すみません。この本、元の場所が分からなくなってしまったようなので、片付けを手伝ってもらえますか?」 

 唖然と佇む二人に、いち早くクレアが口を開いた。

「あ、あぁ……」

「……わかりました」

 当惑しながらも、二人は頷いた。


「おお、君たち片付けてくれるのかい!」

 金髪男が嬉しそうに頬を緩ませて、ようやく重い腰を上げた。

 ゆるり、と立ち上がり乱れた衣服を整える。

「あ。何か、お借りになりますか?」

 クレアが、思い出したように金髪男に確認する。

「いや、借りるつもりはない。僕は、カードを持っていないからね」

 金髪男は、首を振った。

 図書館で本を借りるには、カードが必要だ。

 身分証さえあれば簡単に作れるカードを、彼は持っていないと言う。

 本を山積みとしていた理由も、それが原因の一つなのかもしれない。

「では、お作りいたしますか?身分証さえあれば、すぐにお作り出来ますが……」

 クレアがそう言うと、

「結構だ。僕が知りたかったことは、すでに頭の中に入っている。わざわざ持ち帰って読む必要性など、微塵も感じない」

 ふん、と偉そうに返した。

「そ、そうですか……」

 どう反応していいのか分からず、クレアは曖昧な笑顔を貼り付ける。

「さて。じゃあ、僕はそろそろ失礼させてもらおう。君たち、片付けよろしく頼むよ~」

 言うが早い。

 金髪男はくるり、と身を翻し、こちらに背を向けると、颯爽と歩いて行く。

 出口の方へと、迷いなく。

「………………」

「………………」

「………………」

 遠ざかって行く金髪に、職員三人はただ黙って見つめる。

 否。

 あまりの行動に、言葉が出ない、と表現した方が正しいだろう。

 本を持ったまま、立ち尽くす。

「おいおい、嘘だろ……。普通、帰っちゃう?」

 自分が散らかしておきながら、その処理をすべて職員に任せ平然と帰って行く金髪男に、エルリオンはこの場にいる全員が心の中で思ったであろうことを、代弁するかのように呟いた。

 それでも、去って行く金髪男を止めないのは、彼がいたら事がスムーズに進まず面倒なことになる、とわかっているからだ。

 やれやれ、と嘆息しながらも、職員たちは本を片付けるべく動き出す。

「リオンちゃん、ごめんね。変なことに巻き込んじゃって……」

 クレアの謝罪が、ハルオミの耳に届いた。

「リーナちゃんも、ありがとう」

 助かったわ、と付け足してリーナマリアへ笑みを送る。

「いいえ。お役に立てて、よかったです。それより、私たちもお片付け手伝いましょうか?」

 いそいそ、と本を運んでいく職員たちを見つめ、リーナマリアが言った。

 何もせず突っ立っていることが、何となく気が引けた。

「大丈夫。そんなことまで、させられないわ。もう閉館時間も迫っていることだし、貴方たちも早く出た方がいいわよ?」

 リーナマリアの申し出をやんわり断りながら、クレアが壁に掛けられている時計を指差す。

「あ~そうだった……」

 ちらり、と時刻を確認する。

 金髪男と関わっていたせいで、閉館時間が目前に迫っていた。

 迷惑男を帰らしておいて、これ以上ここに長居していては、今度は自分たちが『迷惑』となってしまう。

「その本は、借りる分?」

 つと、エルリオンが持っている本をクレアは指差した。

「いや、これは返す分」

「だったら、一緒に返しておくわ」

 すっと、手を差し伸べる。

「……あ~そう?じゃあ、お願いしようかな」

 ほんの一瞬だけ、悪い気もしたのだが、自分の分が増えたくらいどうってことないだろう、と思い返しエルリオンは本を渡す。

 そして、

「……リーナ、帰るか」

 隣に立つリーナへと声をかける。

「はい。お兄様」

 にっこり、と可愛らしい微笑みと共に返事が返ってきた。

「二人共、またね。気を付けお帰り」

 クレアが、別れの言葉を告げる。

「はい。クレアさん、失礼いたします」

「またな」

 礼儀正しく、流れるような所作で深々と頭を下げるリーナマリアとは逆に、エルリオンはヒラヒラと手を振り短い言葉で別れを伝えると、さっさと歩き出す。

 リーナマリアが、それに続く。

 やや早歩きで、進む。

 ほどなく進むと、入口へと辿り着く。

 ここまで来ると、今まさに帰ろうとしている他の利用者の姿がちらほら、と確認することが出来た。

 エルリオンとリーナマリアはセキュリティゲートをくぐり、外に出る。

 目の前には三十段ほどの広く緩やかな階段があり、それに沿うようにして季節の花で彩られた花壇が続いている。

 階段のすぐ下は交通量の多い通りが広がり、歩道にも、まばらではあるもののそれなりの人通りがあった。

「先程の男性は、もういないみたいですね……」

 きょろきょろ、と辺りを見渡しながら、リーナマリアが呟いた。

 男性、というのは言わずもがな図書館内で迷惑行為をした挙句、その場を収めることなく去って行った金髪男のことだ。

「ん~。逃げ足がプロングホーン並みに早い男だったからなぁ。すでに家に帰って、優雅にお茶でも飲んでるんじゃないのか?」

 どうでもよさそうに言って、エルリオンは歩き出す。

「もう、お兄様ったら」

 隣で、くすくす、とリーナマリアが笑う。

 そして、笑顔をそのままにバックからピンクの可愛らしい手袋を取り出して、両手にはめる。

 二月も下旬に入り、春の気配が芽吹きはじめているとはいえ、夕方の風は未だ冬の冷たさを含んでいる。

 加え、今日の天気は朝から曇りが続き気温も低い。

 梢を揺らす風は、容赦なく体温を奪っていく。

 夕食は、温かい物がいいかもしれない。

 エルリオンは冷蔵庫に入っている食材を思い出しながら、晩ご飯のメニューを考えはじめた。







 終わり









ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

兄妹の、ちょっとした日常でした。

バトルだったり賑やかな話しも好きですが、何でもない日常の話しも結構好きなので書いてて楽しかったです。

誤字・脱字がありましたらすみません。


ツキミソウの花言葉 『自由な心』ほか。

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