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無限ワールド  作者: 水原まき
番外編 ②
104/115

君に捧げるハナチョウジ02

君に捧げるハナチョウジ02







 私は目を瞠り、少女を見つめる。

 彼女は、男の命が残り僅かなことを、理解しているのか……。

 いや、そんなはずがない。

 死神である自分ですら詳しい死期はわからない。

 医師でもない人間が察知できるはずもない……。

 


「物騒なことを平然と言うな……」

 驚愕する私をよそに、言葉を送られた男は苦虫を噛み潰した表情で言った。

「だって。人間、いつ死ぬかわからないでしょ?明日かもしれないし、十年後かもしれない」

「今にも死にそうな感じで言っていなかったか……?」

「さぁ、それはどうかな」

 少女は、肩をすくませおどけるように話した。

 だが私には、どうしても冗談のようには聞こえなかった。

 私は改めて、少女を観察する。

 どう見ても、彼女は人間だ。

 上から下まで眺めても、人間としか確認出来ない。

 眩しすぎるほど強い生命の光を放つ、人間。

 ――――死神には、見えない。


「とにかく、手紙をどうするかは、あんたが自分で決めればいいわ。読まなかったからと言って、葉月ちゃんは父親を恨んだりするような子じゃないし……」

「あ、当たり前だっ。あの子は、心の優しい子なんだっ」 

 男が、声を荒げた。

「そうね。だから、その優しき心を持った子が書いた手紙を価値のある物にするか否かは、あんた次第ってことよ」

「………………」

「それじゃあね。ゆっくりしているところを邪魔して、悪かったわ」

 言うと少女は身を翻し、歩き出す。

 ゆっくりと、こちらへと近付いて行く。

 今、私が立っている場所の背後に公園の出口がある。


「………………」

 私は、少女を見据える。

 幼さを宿した表情が、何故だかひどく大人びて見えた。

 彼女は私が凝視していることにも気付かず、隣をすり抜ける。

 と。

 私と彼女が交錯した瞬間、


「…………フフ」

「!」

 小さな笑い声が、耳に届いた。

 一瞬、空耳かとも思ったが、確かに声は聞こえた。

 自分へと向けられた、笑み……。

 そんなはずはない。

 私の姿は、今、人の目には映らない仕様になっているはずだ。

 だから、夏にも関わらず黒のコートを身に付けている異様な格好でいても、通報されることなく歩けていたのだ。

「………………」 

 私は、すでに公園から出ようとしている少女の後ろ姿を睨み付ける。


 何者だ。

 私は、彼女が只者ではないことを、理解する。

 このまま後を追いかけ正体を調べたいのは山々だが、男の傍を離れるワケにはいかない。

 もし男の姿を見失ってしまえば、この先の仕事に支障が出てしまう。

「………………」

 とても気になるが、今は諦めるしかないようだ。

 私は軽く頭を振って、心の中に沈殿するモヤモヤとした感情を追い払う。

 と。

 背後で、紙の擦れる音がした。









 

 *******       *******










 公園で目的の人物と接触を果たし終えた雪乃は、そのまま住宅街を後にして、近くのカフェに足を運んでいた。

 外でもお茶が楽しめるようにと、広めのテラスが設けられているロッジ風のカフェだが、真夏の気温のせいか、ほとんどの客が室内でそれぞれのひと時を過ごしていた。

 雪乃はぐるり、と店内を見渡して、他者からの視線と注意が注がれにくい席を探す。

 一番奥の、角の席が空いていた。

 迷わず、そちらへと向かう。

 観葉植物が置かれた奥まった場所にある四人掛けのテーブルは、内緒話しをするには丁度いい席だ。

 雪乃が椅子に座り荷物を隣に置くと、すぐさまウエイトが水を運んできた。

 カフェオレとケーキを、注文する。

 注文を承諾したウエイトは軽く会釈をすると、キッチンの方へと去って行く。

 そんなウエイトレスの後ろ姿を眺め、完全に遠ざかったのを確認し、雪乃はふぅ、と息を吐いた。

 真夏の暑さから解放された、クーラーのきいた空間はやはり心地がいい。

 管理された温度と、ほどよい音量に調整されている南国風のBGMが、長居をそそる。

「一応、手紙は渡したけど、読むかは微妙な感じだったわね……」

 雪乃は、先程まで会っていた中年男の顔と態度を思い出しながら、口を開いた。

 一人娘が書いた手紙を見ても、あまり心は動かされてはいない様子だった。

 ホームレスとなり、すでに家族との縁を切っているらしい彼にとって、娘からの手紙というものは他人からのそれと同じような物にしか映らなかったのかもしれない。


『ううん。渡してくれて、ありがとう』

 雪乃の耳に、鈴のような声が届いた。

 正面に、女性が座っていた。

 ふんわりとした柔らかそうな、少し癖のある茶色の髪をショートカットにしている、お淑やかな雰囲気を放つ二十代後半の女性は、にこやかな笑を浮かべていた。

『とても、感謝しているわ』

 ありがとう、と彼女は礼を繰り返す。

「渡してあげるって、約束したからね」

 彼女の不自然さのない笑顔に、雪乃もつられるように小さく笑を刻ませる。

 どうやら、彼女は満足しているようだ。

 本人が満足しているのであれば、他人である雪乃があれやこれやと不満を口にするのもおかしな話だろう。

「これで、貴女の望みは叶ったわけだけど……。上には、行ける?」

 ウエイトレスが運んできた水の飲みながら、雪乃は聞いた。

 彼女には、向かわなければならない場所がある。

 雪乃が今回、男へとわざわざ手紙を渡しに行ったのも、すべては彼女のためだった。

『……えっと……。た、たぶん……?』

 けれど彼女は、自信なさげに力なく答えた。

「たぶん?」

 はっきりしない物言いに、雪乃は思わず聞き返す。

『その……。どうすればいいのか、わからないの……』

 先ほどの、弾けんばかりの笑顔を引っ込めて、困ったような表情で彼女は言ってのけた。

「成仏の方法が、わからないの?」

『…………』

 首を傾げ問う雪乃に、彼女は肩をすぼませ無言で小さく頷く。

 この世に強い未練を残し、想いに囚われている魂。

 見えない鎖によってこの世に繋ぎ止められている彼らが解放され、本来向かうべき場所に旅立つには、抱いた想いを解き放つしかない。

 彼女の心残りは、決別してしまった父親に対する想いだった。

 故に、手紙という形ではあったが己の心を伝える、という願いを雪乃を解し叶え終えた彼女は、自然とあちら側へ進むのだろうと思っていたのだが……。


(彷徨い過ぎて、進むべき場所もわからなくなっちゃったのかな……)

 肉体を失って、不安定なまま漂い続けている魂は迷い易いと聞く。

 繋ぎ止めていた鎖が消えた途端、大海原に放たれた稚魚のような状態になってしまった、ということだろうか……?

「幽霊っていうのも、難儀なものなのね……」

『私、どうしたら……』

 今にも泣きそうな、そんな声色で彼女が呟く。

 彼女は、成仏したがっている。

 それは、確かなようだ。

「仕方ない。あたしが手伝ってあげるわよ」

 不安そうな彼女を気遣うように、雪乃は明るく言った。

 ここまで関わってきたのだ。

 最期まで付き合うのが、筋だろう。

『そんなこと、出来るの……?』

 期待と不安、そして驚きが入り混じった表情で雪乃を凝視する。

「まっかせなさい!あたしに出来ないことはないのよ」

 雪乃は胸を張り、言い切った。

 そこには、絶対の自信に溢れていた。

「はい。じゃあ、あたしの手を取って」

 雪乃は、手を差し伸べる。

『…………?こう?』

 そっと、手を重ねる。

 肉体がないため、物理的な感触も熱も何も感じないが、人とは違う彼女の存在感が伝わってくる。

 存在していないはずなのに、在るということは、本当に不思議なことだ、と雪乃は改めて思う。

「先に向こうで待ってな。そのうち、父親とも会えるはずだから」

『……え?』

 彼女が、目を丸める。


 ――――死神が、いた。 

 手紙を渡す際に、遠巻きにだが、こちらの様子を観察している黒コートの死神が、いた。

 それはつまり、男の死が間近に迫っていることを物語っている。


『どういう、意味?』

 雪乃の言葉を理解しかねている彼女が、不思議そうな顔をする。

「ううん、何でも。葉月ちゃんは心配しなくてもいいってことよ」

 にっこり、と笑い、ぎゅっと手を強く握る。

「さ、もう上へ行きな。次へと繋げるために――――」

 言うと、雪乃は伸ばしていた腕を天井へと押し上げる。

 すると、まるで導かれるように、葉月の身体が、ふわり、と宙へと浮く。

『ぁ……』

 雪乃と触れ合っている状態で、ふわふわ、と空中に漂う葉月が、ハッとした様子で天井を見上げる。

 正確には、天井よりも高い場所にある向こう側を、だが。

「どうやら、大丈夫みたいね」

 見つけた、と確信した雪乃は言った。

『……えぇ。ゆきちゃんには、本当にお世話になってしまったわね。……色々とありがとう』

「いえいえ。お美しい人からのお願いですもの」

 雪乃はおどけるようにうそぶいて、重なっていた葉月の手をそっと離す。

 すると、彼女の身体は何かに引き付けられるように、さらに浮上を続ける。

 そして。

 天井に届こうとした瞬間、すぅ、と溶け消えた。


(ばいばい。またいつか――――)

 心の中で、囁く。

 今度、もし出会うことがあったとしても、相手は覚えてはいないだろう。

 けれど、雪乃は再びの邂逅を願い、小さく笑った。

 と。


「あ、あの~。お待たせ致しました。ご、ご注文の品でございます……」

 恐る恐る、と言いたげな、接客業にしてはなかなか珍しい口調っぷりで、ウエイトレスが注文の到着を知らせてきた。

 ちらり、とウエイトレスを見上げると、これまた接客業にしては珍しい、無理矢理作った笑を貼り付けて、ケーキのお皿をテーブルに並べている。

 これは……。


(完全に、頭のおかしな人って思われてるわね……)

 雪乃は、ふっ、と小さく笑う。

 変に思われないように、と誰の目にも入らない一番奥の席に座ったのだが、ウエイトレスまでは誤魔化せなかったようだ。

 もしかしたら、喋り声が聞こえていたのかもしれない。

 一人しかいない席で、独り言にしては長すぎる時間ベラベラと話していたら、それは気持ち悪いに違いない。

「ごゆっくり、どうぞ……」

 到底そうは思っていないような表情でマニュアル通りの言葉を言うと、ウエイトレスはそそくさと持ち場へと戻って行った。

「……………………」

 早く食べて、帰ろう。

 ウエイトレスの機敏な動きを目の当たりしに、雪乃は思う。

 管理されている温度は捨てがたいが、先ほどまで感じていた居心地の良さは、半減してしまった。

 雪乃はカフェオレの入ったグラスを手に取り、ぐっと口に含んだ。







 終わり








ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

今回は珍しく『私』視点で物語を書いていったんですが、あまり慣れない書き方だったので難しかったですが、新鮮でした。

そして、雪乃。今回は、人助けのために走ったって感じですね。

たまにですが、こんなこともします。


ハナチョウジの花言葉 『旅立つのは今』です。

誤字・脱字がありましたらごめんなさい。

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