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無限ワールド  作者: 水原まき
番外編 ②
103/115

君に捧げるハナチョウジ01

君に捧げるハナチョウジ01








 私は、歩いていた。

 住宅街の中にある、さほど大きくない道路の脇にあるゆったりとした歩道。

 赤いレンガが敷き詰められ作られている歩道には、車道と隔てるように桜の木が植えられ、春ともなればそれは美しい満開の桜で埋め尽くされるだろう。

 しかし、あいにく今の季節は夏。

 生い茂る緑の葉は他の木々と何ら変わらず、私は少しだけ残念に思う。

 夕方に差しかかった時刻とあって、歩道には学生や主婦、犬の散歩に励む人々が各々のペースで歩き、ほどよい喧騒が生まれていた。

 長めリードに繋がれた犬の隣を通り抜けると、それまで大人しく歩いていた大型犬が(種類はわからない)ふと足を止め、ワンワンッ、と吠え出した。

 私に対する、威嚇だろうか。

 突然と吠え出した飼い犬に、飼い主の老人は怪訝そうな表情を浮かべながら「こらっ」と叱り、立ち止まった足を動かすためにリードを引っ張り歩を促す。

 すると犬は仕方がない、とでも言いたげな様子で止まっていた足を動かして、私から遠ざかって行く。

「………………」

 どうも、動物という存在は苦手だ。

 人間のように、自我や知性が発達しているわけでもないというのに、妙に敏感なところがある。

 私は他の犬からも吠えられないように注意を払いながら、真夏だと言うのに着込んでいる黒のコートのポケットに両手を突っ込み前方を見据える。


 緩やかに傾斜している道を下っている私の目の前に、一人の男が歩いていた。

 歳は、六十過ぎだろうか。

 遺伝からくるものなのか、気苦労からくるものなのか、はたまた両方か。

 薄くなっている頭頂部を気にすることなく晒し、僅かに残る髪もそのほとんどが白くなっているにも関わらず、ボサッとした髪型のままで放置している。

 服装も同じくボサッとしたもので、一目で頻繁に洗濯されてはいないだろうと言うことがわかる。

 げんに、住宅地には似つかわしくない格好の中年男は、目立っていた。

 明らかに避けるような距離を取り、通り過ぎて行く人々。

 一度だけチラリ、と男へと視線を寄越しながらも、関わりたくなさそうにそそくさと遠ざかって行く。

 中には、興味ありげに、またはバカにしたようなそんな視線をズケズケと注いでいる学生の姿も見受けられるが、ほとんどの人間が静かに視線をそらしていく。

 その瞳に、同情や憐れみといった感情はなさそうだった。

 ただ、自分たちのテリトリーにみすぼらしい姿の男が歩いていることに対して快く思っていないだけのようだ。

 けれど男は、そんな周囲の視線を気にすることなく歩いている。


 彼は特定の場所に住む家を持たない、いわゆるホームレスだった。

 資源ゴミを業者に売って僅かながらの収入を手にしている男は、僅かながらの食料を買い、細々と生活をおくっていた。

 今、男の住まいはここから少し離れた場所にある大きな公園だ。

 そこにブルーシートを屋根にした簡単なテントを作り、寝床として使っている。

 何度か近隣住民からの苦情を受けているようだが、男に退去する気はさらさらないようで、日々、日常で使う道具が増えているという有様が続き、住人との関係にさらなる亀裂を走らせているらしい。

 らしい、という曖昧な表現をしたのは私も他人から聞いた情報に過ぎず、あまり知らないからだ。


 男が何者で、誰にどう思われていようが、私には関係ないし、興味もない。

 今、こうやって住宅街を徘徊する男の後を追っているのだって、ただ己の仕事をこなしているだけだ。

 仕事でなければ、ホームレス男の背後など眺めはしない。

 私はこう見えて、勤勉なのだ。


 ――――死神。

 それが、私の肩書きだった。

 生命の死を司り、魂を冥界へと運ぶ存在。

 人間世界において『死神』とは命を狩る存在として、恐れられているが、別に私は人間に近付き大きな黒い鎌で命を盗るような、そんなことはしない。

 肉体から離れようとしている魂を保護し、次なる命へと繋げる――――それが私に課せられた仕事だ。


 肉体を得てこの世に生を受けた魂は、存在の時間に差はあれど、必ず終焉を迎える。

 そして終わりを遂げた魂は輪廻に乗り、新たな生へと渡る。

 魂は、生き死にを繰り返すのだ。

 人として生きていた中で育った魂の色は、たとえどんな色に染まっていようとも真っ白な状態に戻され、新たな命へと生まれ変わっていく。

 そしてそれは、けして人間に限ったことではない。

 この世界に息衝くすべての命ある存在が繰り返す、流れだ。


 だがしかし、たまにその流れを乱される事がある。

 それは肉体が死してなおこの世に未練を残し、彷徨うことを望む魂だ。

 それらはこの世に強い執着心を持ち漂い続け、幽霊と呼ばれるものへと化していく。

 ただ漂うだけならば問題ないのだが、良くも悪くも強い想いを宿すそれは、時として厄介な存在となる。

 魂を次なる流れへと運ぶ死神を、拒絶するのだ。

 力任せに魂を捕獲することは可能だが、下手をすれば魂自体が破壊され、消滅してしまう恐れがある。

 それこそ、狩るようなものだ。

 かと言って、根気よく説明&説得をして素直に従うような、そんな人のいい(人ではないが)存在ではない。

 力の行使は最終手段としている私にとって、あまり関わり合いたくはない相手である。

 故に、私は基本的に霊と遭遇しても見てみないフリをする。

 死神としてそれもどうかとも思うのだが、私の仕事はあくまで終えようとしている生命を次へと繋げることにある。

 そして今回の対象者が、目の前の男、というわけだ。

 事故なのか、病気なのか、自殺なのか、はたまた他殺か。

 男の死因が何なのか、そしていつ命を落とすのか、私は知らない。

 だが、近々、男は確実に死ぬ。

 これは、避けられない事実だ―――― 


 ほどなくして、男は小さな公園へと入って行った。

 遊具もなくベンチのみが置かれている飾り程度の小さな公園は男意外の人影はなく、閑散としていた。

 しかしゴミ箱にゴミが溜まっていることから、訪れる人間はいるようだ。

 男はベンチに腰かけると背を丸め、ぼんやりと前方を眺める。

 その視線は一応、住宅街へと注がれてはいるが、意識を内へと沈めているのだろう、心ここに在らず、といった表情を浮かべている。

 ガサガサの肌に、痩せた身体。

 歳の割にはシワの多い顔は血色も悪く、覇気がない。

 何らかの病気を持っている可能性は高く、死因は病死かもしれないな、と私は木に背を預けながら思う。

 その時。

 ふいに、女の声が生まれた。


「ねぇ、貴方が葉月ちゃんのお父さん?」

 若い、女だった。

 歳の頃は二十歳未満。

 腰まで伸びる緑の黒髪が印象的な、少女。

 少女はホームレス男の前に仁王立つと、躊躇いなく話しかけていた。

 私は、おや、っと眉をひそめた。

 不審者とも見える男に正面から堂々と話しかけるなど、なかなか度胸のある女だ。

 僅かながらの興味を覚えた私は預けていた背を離し、二人のやり取りを観察するために、近付いて行く。

 彼女は、美少女だった。

 髪と同色の瞳が、力強く輝いていた。

 スラリとした体躯を動きやすそうな服装に包み、どちらかと言うと派手さには欠けているにも関わらず、ひどく注意を注がれる、不思議な存在感を放っていた。

「誰だ、あんた……」

 突然と話しかけれらた男は、特に驚いた風もなくゆっくりと首を上に動かして少女に焦点を当てて、やや鬱陶しそうに言った。

 二十歳以上年下の小娘に話しかけられ、相手をするのが面倒くさい、そんな態度だった。

「あたし、葉月ちゃんから貴方に渡して欲しいっていう手紙を預かってるのよね」

 唐突に、名乗りもせずに言った。

「……は、づき……?なぜ……」

 『葉月』という言葉に反応した男の目に、動揺が走る。

「彼女と友達なの」

 にっこり、と少女は笑った。

 おそらく『葉月』というのは彼の娘の名だろう。

 何故、娘のいる父親がホームレスとなってしまっているのか、もちろん経緯など、私は知る由もない。

「はい、これ手紙ね」

 持っていたバッグから手紙を取り出し、男へと差し出す。

「……………………」

 けれど男は受け取らず、不審そうに手紙と少女を交互に眺める。

 それもそうだろう。

 いきなり見知らぬ少女に手紙がある、と声をかけられて即座に「ありがとう」と返せるはずがな。

 それ故に。

 全身から不審感を漂わせている男が、一人の少女に不審感を抱いて警戒するという、何とも滑稽な図が出来上がっている。


「あのさ、わざわざあたしが貴方を探して手紙を持ってきてあげたのよ?さっさと受け取ってくれないかな?」

 手を伸ばそうとしない男に、少女は少しだけ苛立っているような、そんな口調で言い放った。

 何とも、上から目線の物言いだろう。

 もともと、座った状態でいる男と立ったままの状態で会話をしている二人。

 ビシッと佇む少女から放たれる強めの言葉は、猫背気味に見上げている男にとって、あまり気持ちのいいものではないだろう。

 男は、あからさまに嫌そうな顔を作る。

「葉月の友達かは知らないが、今の俺には関係ない。帰ってくれ」

 口調こそ力強くはなかったけれど、はっきりとした言葉で拒絶を示した。

「あたしに消えてほしいなら、さっさと手紙を受け取ることね」

 しかし少女は、変わらずの不遜な態度で返した。

「…………読むつもりはない」

 頑なに、男は拒む。

「あらそ。まぁ、別にいいんじゃない?あたしはただこの手紙を渡したいだけだから、その後は貴方の勝手にすればいいわ。燃やしてもいいしビリビリに破ってもいいし、お好きにどうぞ」

 ひらひら、と手紙を揺らしながら、少女は言った。

 口調や振る舞いこそ軽やかだったが、それが冗談ではなく本心だということが伝わってくる。

「………………」

 男の目が、再び揺らぐ。

 どうやら、迷っているよだ。

「………………」

「あ~もう!ほら、受け取った受け取った!」

「!」

 迷い続けている男に痺れを切らし、少女が男に手紙を押し付けた。

 どん、と胸の当たりに押し付けられた手紙を、男は慌ててキャッチする。

「お、おい。いきなり何をするっ」

 少女の乱暴な行動に、さすがの男もカチン、ときたようだ。

 怒りを滲ませた目で少女を睨み、ベンチから立ち上がる。

「触るのも嫌なら、そこのゴミ箱にでも捨てればいいでしょ。読むも読まないも、あんたの勝手なんだし」

「なっ……」

「だけど、少しでも読む気があるんだったら、早めに読んだ方がいいわよ」

 ビシッと指を指し、少女は目を細めた。

「?どういう意味だ」

 怪訝そうに、聞き返す。

「だって、死んじゃったら読みたくても読めないでしょ?」

 にやり、と笑った少女に、

「!」

 私は、息を呑んだ。


(今、何と言った……?)







 続く








ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

『死神』って、なんだかとっても惹かれるワードですよね!

死神が登場する世界を書けて、難しいけど楽しかったです。

それにしても、そろそろ『花言葉』でタイトル考えるのが、大変になってきた…(;´∀`)アハハ


誤字・脱字がありましたらごめんなさい。

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