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私の日常はこいつらが破壊し尽くしている

作者: 日光さんDX

 今日は良い天気である。雲一つない青空。

 私はそんな天気の中でお茶をすする。そのお茶は程良い温かさで身体のあらゆるところに温かさが浸透していく。そして、心まで温まっていくようだ。

 お茶を味わった後もお茶独特の苦みと渋みが口に広がる。小学生の時はこの苦さと渋みが嫌いであったが、今ではそれも旨みの一つだと堪能できた。

 私は和室の中でただ静かにお茶を飲んでいる。和室にある障子と障子の間から見える景色を楽しみながら時間が緩やかに過ぎている。私が見る景色は決して特別なものではないが、その場所に価値が存在しているのは確かだ。

 私の眼に映る景色はただ一点。鹿威しだった。

 竹筒に水を溜めて満杯になるとその重さで竹筒は傾き、元に戻るときカラーンと良い音が鳴り響く。

 私はこの音がとても好きだ。風鈴が自然に吹いてきた風でチリーンと鳴るくらいに和らいだ。


 なのだが。


 今、この和室にその景色を奪おうとしている奴がいた。そいつの外見は和室に似つかわしくない金髪少女の外国人であり、私の庭でうろうろと動き回っている。


「おおー。これが噂に聞くシシオドシデスかー」

 ボキッ。竹筒が折れる。


「おおー。これは取り外し可能なんデスねー。さすがシシオドシ!」

 グシャドカバキ。どんどん鹿威しの原型がなくなっていく。言うまでもないが、私の鹿威しは取り外し可能ではない。


「こ、これがジャパニーズスタイルルームなのデスねー」

 和室に向かって勢いよくスライディング。畳が徐々に傷んでいく。さらに靴を履いたまま部屋に入ってきたので畳は土だらけになっている。


 ぷちん。


「てめえええええ、この野郎表出やがれええええぇぇぇ! サムライなめんなゴラアアアアアァァァァァ!!」

 ついに私はブチ切れた。




 コロネ。それが私の和室を台無しにした奴の名前だ。外見は15、6歳ぐらいで日本語ペラペラな外国人である。それ以外、一切不明な謎の少女だ。

 毎回コロネは私の家に居候している身分なのにもかかわらずいつも私の日常を破壊しつくしている。

 なぜコロネを家に住まわせることになったか。それは今になっても思い出すことができる。

 いきなり母親から連絡があり、


「あんた暇でしょ? いまからホームステイしたいっていう子をあんたのところに送るから歓迎してやりなさい」

 と急に言われた。

 両親と私は別居していることを良いことに押し付けてきやがり、この状況に至る。


「ごめんなサイ……」

 私の説教が終わり、コロネはシュンと身体を縮こませる。深く反省していると感じ取られたので、コロネを解放させる。


「次から気をつけろよ」

 私は平和が好きだ。愛していると言っても良い。このまったりとした日常が私にとって生きがいだったはずなのに。

 そう今でも思い続けているはずなのに。


「うー。お茶を淹れますネ」

 私のご機嫌取りのためか自分のだけではなく、私の湯呑みにまでお茶を淹れる。

 私の中で和室イコール日本人という固定観念にとらわれているのか、彼女がお茶を淹れる姿が全く合っていない。やっぱり、和室は日本人が合う代物だと私は再認識した。


「どうぞ、お茶デスが……ってあ!?」

 コロネはお茶を淹れたところまでは良かったものの、予想以上の熱さだったのか驚いてお茶をひっくり返す。

 お茶が飛び散っていく。どこに? 和室に。誰に? 私に。

 私は一瞬にしてスローモーションのような感覚が襲われる。予期せぬことだったので避けられず、お茶がほぼ顔に直撃した。


「ぐわあああぁぁぁぁ!! 熱いいぃぃぃ!」


「あわわわわ、すみまセン」

 和室で熱さに荒れ狂う私に謝り続けるコロネ。

 平和を好んでいたはずが、とんだうるさい空間に成り果ててしまった。

 全くかなりの困りものである。


「すみまセン。すみまセン」


「わかったから。わかったからタオルを持ってきてくれ」

 私は袖でお茶を拭いながら、コロネに命令した。そうしなければ、謝ってばかりで何もしないからだ。

 特に身体に別状はない。熱かったのは最初だけで時間が経つごとに熱さが消えていた。


「どうぞ、タオルデス」

 コロネが私にタオルを手渡す。

 ん? 何か思っていたのと違う感触だ。私は薄目を開けてそれを確認する。


「ほほー。これはこれはギザギザとしていて切れ味がよくなりそうなヤスリじゃないか……ってアホかっ! 俺の顔を血塗れにする気かっ!」

 私はヤスリを床に叩きつけながら、コロネを睨む。

 危ないところだった。確認しなかったらここは血の海だったぞ。こんなところで血塗れになるより、献血した方が断然平和に繋がるって。

 コロネに悪気はなかったようで慌てて謝ってくる。


「申し訳ないデス。では、改めて違うヤスリを持ってきマス」


「そこじゃねえよ! 顔面からの流血はヤスリを変えないと免れないからな!?」

 これでまたヤスリを持ってきたら一発ブン殴ってやろうとも考えたが、ようやくタオルを私に手渡す。私はタオルで顔を拭き、拭いたタオルをテーブルに置く。


「とりあえず、コロネは自分の汚した和室を綺麗にしておくように」


「わかりましタ!」

 コロネは見事な敬礼をして、私の指示に従う。テキパキと仕事をこなし始めた彼女に私は邪魔だと感じその場から離れる。

 とんだ厄介者を拾ってきてしまったもんだ。しみじみと思ってしまう。

 一時は両親に送り返そうと考えたが、コロネが断固拒否をした。梃子でも動かないと柱にしがみつく程である。相当な理由があったと感じさせる。私は特に詮索をすることもなく、彼女を居候させた末路がこれだ。

 偽善者になるのはこれっきりにしておこう。私はそう学習した。

 

 ピンポーンと家の呼び鈴が響く。すぐさま私は玄関の方へと向かった。

 何か頼んだかなと宅急便の予想をしつつ、玄関の前に立ちドアを開く。

 開かれたドアの前に奴がおり、


「よお、久しぶり」

 と軽快な挨拶を仕掛けてくるのでそっとドアを閉めた。

 見てない。見てないよ。私は何にも見ていない。


「ちょっ!? なんで閉めんだよ!」

 しかし、現実はそう甘くない。むこうの方から再びドアが開く。私の知り合いである藤本ふじもと 光秀みつひでが私の前に立っていた。

 こいつも私の日常を破滅へと追いやるイレギュラー因子である。


「いや、なんかノリで閉めた」


「ノリで閉めるなよ!? なに俺のことが嫌いなの?」


「嫌いっていうか……苦手かな」

 私は苦笑いする。自分でも口元がヒクヒクと動くのが分かった。


「要らない! そんな中途半端な気遣い要らない。そんな言い方なら嫌いの方が良かった!」


「わかった。じゃあ、嫌い」


「ぐはっ!!!!」

 藤本に無限大のダメージ。もう彼のライフはゼロである。

 だが、彼のライフは無限大だったようで私にまだ話しかけてきた。


「それよりお前の家から女の香りがするんだが?」

 藤本が目を閉じてクンクンと匂う。エスパーかと疑いたくなる勘の良さだが、こいつを部屋に入れるわけにはいかない。入れたら、コロネと合わせて完全にカオスな状態に成り果てる。

 私は玄関で話を片づけようと目論む。


「そんなことはどうでも良い。それで? 何か用か?」


「いや、来たかったから来ただけだけど? それじゃ、お邪魔しまーす!」

 俺の返答に構いもせず、自分の家に入るかのような足取りで家へと足を踏み入れる。不法侵入だ。今から警察に連絡すれば絶対勝てる。けれど、今は彼を止めることが優先だろう。

 声で制止するような奴ではない。私はそう判断し、彼の背中を追う。

 勿論、藤本が足で蹴り放った靴を綺麗に揃えてから向かった。私は几帳面なんだよ。なんか一部だけバラバラになってたら、気になるだろ。


「待て! 藤本!」

 私は駄目だとわかっていながら、声を出す。当然と言うべきか藤本が足が止まる気配もない。

 藤本はコロネのいる和室にピンポイントで入った。怖れていたことがっ!!

 私も藤本の後に続けて入る。和室は土だらけだったが、若干綺麗になっていた。コロネが和室にあった土をビニール袋に詰めていたところだったらしい。


「おおおおおぉぉぉ! こ、これは美少女じゃないか! やい、藤本。説明しろ。そして、紹介しろ!」

 藤本は私が入ってきたのを確認してからそう訊ねた。真剣な顔で。

 とりあえず、興奮するのをやめましょう。鼻息も荒いです。ほら、見ろよ。コロネが引いてる顔をしてるぞ。


「突然、なんデスか。この人誰デスか? いやらしい目つきで見られているんデスけど……」

 コロネはサッと両手で自分の身体を隠す仕草を見せる。


「悪いな、コロネ。そいつは不法侵入者だ。しかも変態な狼なので気をつけろ」


「いい加減な情報を流すな。人聞きが悪い」

 どこがいい加減だよ。不法侵入は確かだろう。


「コ、コロネちゃんっていうんだね。俺は藤本 光秀。これから仲良くしよう……グヘヘ」

 藤本、顔がゲスいぞ。

 コロネにじりじりと近づいていく藤本。コロネは藤本が近づくたび後ろへと後退していく。


「イ、イヤ。来ないでくだサイ」


「グヘヘ。グへへへへ」

 コロネは泣きそうな表情で身体をひどく震わせていた。このままコロネが襲われても気分が悪い。私はそろそろ止めようと思い、藤本を止めようとしたが、


「イヤアアアアァァァ――――――」

 最初に動いたのはコロネだった。

 土が入ったビニールを藤本に向かって投げた。すかさず難なく避けた藤本だったが、すぐ後ろには私がいた。

 あれ。これさっきのお茶と同じ感覚だ。

 ビニール袋が私の顔に直撃した。


「「あっ」」

 藤本とコロネの声が被る。ビニール袋は土を吐き出し、またもや和室に散らばった。

 私はニッコリと笑顔で彼らに、


「そこに直れ」

 と静かに言う。二人は動揺を隠せぬまま黙って私の言う通りに従った。




「折角、掃除していたのに邪魔するから」


「ごめんなさい」

 藤本とコロネは共に和室の掃除をしている。私はその監視を担っていた。


「手が止まってんぞ。口を閉ざしてきびきび動け」

 私は心の中で溜息を吐く。こいつらは平然と私の静かな暮らしを破壊する。いったいどうしたら良いものか。

 単純な話、こいつらを追い出せばよい。それで解決するんだ。

 だけれども、どこか満たされている私がいて。

 この日常が好きな私がいて。壊れてほしくない私がいる。

 それって物凄い矛盾だ。

 私はそんな物凄い矛盾を理解しながらも深く追求せず、このままで良いと一人頷く。結論を急いではいけない。まだ時間はある。彼らともう少し過ごしてみても良いかもしれない。

 彼らの監視をしながら改めて良い天気だなと感じ空を見上げていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 期待通りのお話でした、凄く面白かったです! ドタバタコメディ、いいですよね。 こういういい意味で軽く、そして楽しい日常のお話っていうのは、自分の求めるものでもありますので、参考にさせていた…
[一言] いい感じのドタバタ活劇でした。 >すかさず難なく避けた藤本だったが、すぐ後ろには私がいた。 何となく予想は出来ましたが、想像したらクスッとなりました。(笑) 子供になんで笑っているのと……
[良い点] 何というか、静かな日常を愛しながらも騒がしい日々を日常として受け入れ始めている主人公がリアルな人間臭くていいですね。 短編とはいえ、よい感じで纏まっていたと思います。 [一言] ところで…
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