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誰でもできる異言語習得

転生・トリップした時に使って見よう!

 伊吹 圭改めケイティという異世界の少年へと転生したケイ。

 だが、赤ん坊からやり直しとはいえ、彼等の使う言語を本来の赤子のように習得できるかというとそうではなかった。前世の記憶を持って生まれたケイには既に基礎となる日本語という母国語が成立していたからだ。なまじ知識があったことがかえってこの世界の言語の習得を妨げていた。


 その結果、2歳を過ぎてもまともに言葉を返せず、わけの判らない言葉を返す幼児の誕生という自体が発生した。そんな、両親が自分の子供は他所の子よりも頭が悪いと確信した時期にケイは朦朧とした意識から抜け出しどうにか元の思考を取り戻したのだった。


 さて、言葉が通じないということは誰も翻訳してくれないという事である。さらに不味い事にケイの家には本というものが存在しなかった。この世界に紙がないのか文字がないのか、たまたまここだけないのかは当時のケイには判断できなかったが無いものは無いので仕方が無い。つまり自力で一から単語から文章、文法まで辿り着かねばならないのである。


 ではケイはそこからどうやって言葉を覚えたのだろう?


 結論から言うとケイは苦労はしたが、その実、別に特別な事はしていない。

 古代、他文化圏に漂流した漂流民、異民族に攫われた子供、女性などが自力で多言語を学習した際の方法に比較的早期に辿りついただけであった。まあもっとも、実はその方法をケイ自身は忘れているがかつて学校で習ったことがあるので、存在的に覚えていた可能性もあるが。


 これはケイがこちらの言葉を覚える最初の一歩を踏み出した時の話である。


◆◆◆



「ヨエマハシアカアウアハ?」

「えー、あー、その、うー」


(ああ、こっちの母さんが何か言っているようだけどさっぱり判らないな。単語だけを連呼されれば連想して何が言いたいのかは何とか判るようになったが文章で言われるとさっぱりだ。……単語自体もそれほど覚えていないし)


 そんなケイに痺れを切らしたのかケイの母がそっぽを向いて去っていく。


「カアナハミハナヲッルニベミミオモ」

「あっ……」


 それを見たケイは何とも言えぬ心の痛みを覚えた。毎日根気よく言葉を教えようとケイに話し掛けてくれる母に対して申し訳なさを感じたのだ。彼女の熱意とは比例せずケイの言語習得の効率はあまりにも酷い内容であった。

 極めつけは、彼女は熱心に世話をやいている息子はの中身が他所の世界から来訪したエイリアンなのだ。ケイには彼女の行動がTVで見た、それとは知らずカッコウの雛に餌を運ぶ親鳥と重なり強い罪悪感に苛まれてざるえない。


(うーん、せめて和訳の教科書なり単語帳があればなぁ。物覚え自体は幼児になったからか良くなっているから、覚える足がかりさえあればなんとかなると思うのだが。なんかいい方法はないものか)


 そんな落ち込むケイに対し、母が何か言ってきた。


「コフミミアナトソホベホワンベナッキャミ」

「(外で遊べと言ってるのかな)アイ」


 これ以上、母を困らせるのも嫌だったので、ケイは素直に外に出る。


(せめて『これは何?』という言葉が使えれば……)


 なんとか、言葉を覚える方法を模索しながら。


 さて、このケイが欲している『何?』という言葉。実はこれが一から異言語を学習するにおいてとても重要な言葉なのだ。


 実際にあった話をしよう。幕末より少し前、かの有名なジョン万次郎より半世紀ほど昔。大黒屋光太夫と言う人物が存在した。なお、余談だが日本人で最初に、本格的な欧風紅茶を飲んだ人物と言われている。


 彼は伊勢国(現三重県)を拠点とする船頭だった。だが江戸へ向った彼の船が嵐のため漂流し、アラスカの西の方にある島まで流されてしう。そして、彼を含む船員は毛皮収穫に訪れたロシア人に保護され、その後、帰国まで十年近くの間ロシアで過ごした。

 だが、当時をつづる漂流記には彼等は保護された当初の半年間の間、まともにロシア人と言葉を通じさせることができなかったと書かれている。


 そんなある日の事、ロシア人達は光太夫達の衣服を指し「エートシトウ」と言ってきた。もちろん、光太夫達は彼等が何を言っているのか分からない。ロシア人達はよく光太夫達に同じ言葉を投げ掛けたらしいが当時の光太夫達は何を言っているか分からなかったのだ。


 だがその日は船員の一人が気まぐれを起こした。その言葉、「エートシトウ」を近くの鍋を指差して使ってみたのだ。するとどうだろう。ロシア人はそれに対して「カチョール(鍋)」と答えたではないか。


 ロシア語でいう「シトウ」と言う言葉は日本語で言う「何?」に当たる。つまり「エートシトウ」とは「それは何?」という意味のロシア語だったのだ。その日、光太夫達は遂にそのことに気がついたのだった。その日を境に、光太夫達は様々な物を「エートシトウ」と質問し言葉を覚えだしたという。


 光太夫達はこのように偶然に『何?』という言葉に辿りついた。ではケイの場合はというと。


◆◆◆


「だぁーー」

「オサキホフメ」


 ケイはひたすら地面に絵を書いていた。さして上手いものでもなかったが、絵を描くと母が喜んでくれたので、夢中になって描いた。


(なんのお詫びにもならないけどこれくらいは)


 犬、猫、鳥、両親、花、その他、この世界で見た生き物達。だがしかし、ついにはケイの持つレパートリーも尽きてしまう。


(うーん、後は、後は何かないかな。後は絵描き歌ぐらいだけどいいのかな? うーん、まあいいか、所詮子供のやる事だし)


「~~♪ ~~♪ ~~♪」

「???」

「~~♪ ~~♪ ~~♪」

「ヨエマシハ?」

「うん?」


 体の年齢に引っ張られたのか気持ちよくお絵かきに熱中していたケイに母が何か言ってきた。聞き取れなかったケイは首を傾げて母を仰ぎ見た。


「ケイティ、ヨエマシハ?」


 母は自身が書いた謎のアヒルのコックに対して指差し、再び『ヨエマシハ?』と尋ねている。直感的にケイはこの絵が何かを聞いている事に気づいた。


(え~、何て説明しよう。そもそもコックとか料理人って専門職な概念ってあるんだろうか。コレは何かと聞かれても……、うん?)


「えー、よえましは?(絵を指差す)」

「(こくこく)ヨエマシハ」


「……」

「……」

「……」


「ああああああああああああああああ!!」

「(びくっ!)ヒョッソ、シハ、シハハオモ!」


 飛び上がる母を無視して、ケイはそこらへんに落ちている石を指差した。


「よえましは? しはよえ?」


 そして、「よえましは?」と言葉を発しながら目の前の石を指差す。そうすると彼女は少しだけ目を大きくして自身の驚きを表現した後、その言葉に答えた。


「キミ、ヨエマ、キミ」

「きみ?」

「ホフ、キミ」


 ケイはその後も繰り返し石を指差し『よえましは?』と尋ねてみたが全て『キミ』と返事が返ってきた。どうやら『よえましは?』という言葉が『コレは何?』に該当する言葉であったらしい。


(よっしゃーーっ!! これで言葉が覚えられるぅ!!!)



 因みにこのエピソードと似たような話が実はある。それはアイヌ語を学びに行った金田一京助博士がアイヌの子供と地面に絵を書いて単語収集兼遊びをしていた際に、博士が適当に書いたを絵を指差したアイヌの子供が「ヘマタ(それは何?)」という言葉を発した。

 博士はそれが「何?」という言葉だと気づき、その後、それを使ってアイヌ語研究が進展したというエピソードだ。


 なお、このエピソード、戦後直ぐに国語の教科書に採用されている。「心の小径』というタイトルで中学一年の国語の教科書に今も載っているはずだ。もっとも授業で使われなかったので読んだ事がないという人もいるかもしれないが。因みに、ケイは授業で習った事があった。だが、残念な事に潜在的にはともかく表面的にはすっかりその話を忘れているようだ。



 調子に乗ったケイは更なる情報収集を始めた。まず木の棒で三つの円を地面に描く。そしてその三つの円にそれぞれ1つの石、2つの石3つの石が集まっている3つグループを作成する。その3つのグループを数が少ない順に指差した後、最初の1つの石が置いてある円を指差しそれが何か尋ねる。


「よえましは?}

「キミ」

(うーん、惜しい。聞きたいのはそれじゃないんだよ)


 ケイは母の「石」という答えに対し首を横に振る。そして改めてもう一度3つのグループを順番に指差した後にそれが何か尋ねた。


「よえましは?」


 改めて聞いてくるケイに対して困惑顔をするケイの母。彼女はしばらく眉間に皺を寄せて考え込んでいたが、しばらくして悟ったかのような表所を浮かべた後、ケイが指差した石を指差し『ヒミ』と答えた。

 それに対してケイは我が意を得たりといわんばかりの顔をしてうんうんと首を大きく縦に動かした。その後、ケイが石を指差すと、石の数が1つだけの場合は『ヒミ』、二つの場合は『シ』三つの場合は『ソラ』という返答がきた。


(ふむふむ、『ヒミ』が1で、『シ』が2、『ソラ』が3、ってとこかな。というか、やっぱり数の概念はあるんだな。まあ当然だよね、流石に数の概念がないとか、古代人馬鹿にし過ぎだよね)


「(1つの石を指差し)ひみ?」

「(コクコク)ホフ」

「(2つの石を指差し)し?」

「(コクコク)ホフ」

「(3つの石を指差し)そら?」

「(コクコク)ホフ」


「う~~ん、(1つの石を指差し)し?」

「ギハト」

「ぎはと?」

「ホフ。ギハト」

(ホフが肯定でギハトが否定かな)


 次々に言葉が判明していく! ケイは興奮状態で次々と矢継ぎ早に質問を繰り返し続けた。だがしかし、教える方の時間も忍耐も有限だった。特に寛容さは。


「(太ってる人の絵を指差し)よえましは?」「ソヤリ」

「(痩せている人の絵を指差し)よえましは?」「ホロッヒョ」

「シハタッセンガネヤトヒサ」


 母がケイに質問攻めにあってるなか、畑仕事から父が帰ってきた。

 それを見たケイは「面白いアイディアが頭に浮かんだぞ」とばかりににやりと唇を横に歪めて悪い顔を作る。そして父と母の顔を交互に繰り返して覗き込むような動作をした後、母を指差してこう言い放った



「(母を指差し)そやり?」

「ハハッハ、ホフガハ、ンチミラヒョッソ、ソヤリアハ」

「ほふ、ほふ」

「「ハハッハハッハハ」」


 和訳すると「母さん太った?」「ははっは、ちょっぴりそうかもな」という感じである。親子同士の他愛も無い話に笑いあう父子。だがしかし、それからしばらくした後、彼等は周りに漂う冷気に気づき即効で口を噤む。


「ハ・シ・ア・ミ・ッサ?」


 漫画風に表現するならばゴゴゴゴゴゴゴとでも言う様な活字の擬音を背景に幻視させながら、彼女は満面の笑みを浮かべている。満面の笑みwith青筋である。怖い、途方もなく怖い。


 その姿を前にお互いに体を抱き合わせる父子。


「フダヒ!! ヒョッソ、ゴフミフイミベヌア!」

「ホフ!」「ほふ!」


 母の烈火の怒りを静めさせる為に、言われるがままに正座をする男性陣。いつの時代でも乙女の尊厳を踏み躙った罪は重かったのであった。


 その日、ケイは「それは何?」という重要な言葉と共に、異世界でも正座が通じるという事と、案外、開き直ればニュアンスだけでも会話が通じるということを学習する事となったのだった。

今回はここまでです。

金田一博士の「心の小径』は皆さん学校で習いましたでしょうか。

少なくとも私が学生の頃には教科書で読んだ経験がございます。

さてさて、ケイはこれで言葉を覚えましたが「あっち」の方はどうなってることやら。


ではでは、これから、また数話分書き溜めてまた投稿させていただきます。

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