鴨狩りに行く予定でした
ひんやりとした冬の空気が肌を刺す山の田舎道。空気はとても澄んでいて遠くの山がはっきりと見える。準備運動代わりと山まで歩いてきた体はほどよく暖まっており肺から出る息は真っ白に色づいていた。
見渡す限り見える田んぼを貫く冬のあぜ道を延々と歩いていると横を歩いているはずの未悠の姿が横から消えてしまっていることにふと気づいた。うっかり歩調をそろえずに置き去りにしてしまったかと後ろに振り向いてみると、未悠は何やら近くで農作業をしている老夫妻と話しこんでいた。
「そうなんよ、カラスがよう悪さをするんじゃ」
「あー、判ります。うちの親の実家も農家やってるんでよくそんな話をしてました」
「おー、嬢ちゃんの親類も農家なんか。これも縁じゃしたのめんかの」
どうやら山の麓で農家を営んでいるお爺さんお婆さんからカラス退治を依頼されてしまったらしい。なんでもカラス避けにカラスの死体を釣るしたいいのでちょうど猟銃を持って歩いていた俺達にカラスを取ってくれないか頼んできたのだった。
「にーちゃん、嬢ちゃん、頼むは。2,3羽でええからさ」
「うーん、カラス狩りですか」
「や、カラス避けに吊るしてつかうんじゃ。えーつら、仲間の死体が近くにあると警戒して近づかなくなるからの」
カラスは警戒心の強い頭のいい動物だ。だが幸い俺達はカラスを撃った経験があった。最初の頃は何度も逃げられたりしたものだが(カラスは集団で行動する際必ず見張り役を置くので姿を隠さないと銃を構えた途端に逃げられてしまうのだ)今では多少梃子摺るもののなんとか狩ることができるようになっていた。
せっかく鴨を撃ちにきたのにカラス撃ちかとも思ったが、まあ手早く狩れば十分鴨を撃ちにいけるだろうし、未悠的には身近な親戚に農家がいるので親近感もあるのだろう「人助けなんだから」とすっかり乗り気だった。ごらんの有様で、すっかり外堀が埋められてしまった以上、俺としては他に選択肢を選べるわけも無い。
まあ、いいか。手早く終わらせれば鴨狩りする時間は残っているだろ。
「判りました。では何羽か近場で狩ってきてお譲りしますね」
早速俺達はカラスの群れを探すべく周辺を散策しはじめた。
◆◆◆
――目の前の木々の枝の上で羽根を休めるカラスがいる。
俺達は茂みに身を隠し銃ケースからエアライフルを取り出す。俺は手早く5連発のマガジンに5.5mmのスチィール製のエアライフル用の弾丸(当然エアなので火薬など無い)を入れた。海外では10連発が主流だそうだが日本では法令により5連発迄と決められている。俺のエアライフルは輸入物なので当然マガジンには10発分の穴が開いてるが法令に違反する余分な5発分の穴は埋められ使えないようになっている。
そして銃に付いている内臓のポンプレバーで数回ポンピングし銃にエアを入れる。1,2発ぐらいならポンプを数回動かせばあの距離のカラスを仕留めるには十分だ。俺が準備を終える頃、未悠はとっくに準備を終えていた。彼女の銃は単発式なので俺よりも作業が少ないのだ。
銃を構えスコープを覗き込む。カラスと俺との距離は大体50mといったぐらいか。ヘッドショットを狙いたい所だが正直、この距離から頭を狙うのはできなくはないが正直にいうと少々自信が無い。猟師のおじさん曰く一人前のハンターになるには最低三年はかかるとのこと。俺は部活での経験があるとはいえまだ一年目、まだまだビギナーである。まだ修行中の身なのだ、冒険するよりは安全牌を引いた方がいい。
そう心に決めじっくりとカラスを狙っていると、
「あ、ゴメン圭ちゃん。奥のカラスいただくね」
へっ? と俺が思う間のなくパーンという銃声が響く。その音に俺が狙っていたカラスが反応しビクっと動きこちらに顔を向けた。あ、目が合った。
「ええぃ、南無三!!」
咄嗟の判断で俺は引き金を引く。俺が狙っていたカラスは今にも飛び立とうとしていたが間一髪で俺の射撃が間に合い「ヵァッ~~」という哀れな声をあげ地に落ちた。地に伏したカラスはまだピクピクと体を動かしている。そんな落ちたカラスを気遣ってか周囲のカラスの群れから数羽が落ちたカラスの周囲に集まってきている。
落ちたカラスはまだ息があるのかそれとも反射で体が動いているだけなのかここからではよく判らない。俺は近くによって生きているなら手持ちの剣鉈で止めを刺しておこうと体を起こそうとしたのだが、
「あ、圭ちゃん、今動いたら危ないかも、だからちょっとだけ待ってね」
さきほど俺より二,三十メートル程遠方のカラスの頭を射抜いた未悠が慣れた手付きで弾丸をセットしながら俺に静止を求めてきた。彼女の細長い指が踊るように動いて彼女の愛銃は再び息を吹き返した。いや息を吸い込み終わったと表現するべきか。
長い睫毛に縁取られたアーモンド型の双眸がスコープごしにカラスを射抜く。流れるような動作で構えられたその銃は鉛玉を吐き出し、打ち出されたそれは獲物の脳天へと吸い込まれる。地に伏したカラスの傍らに寄り添っていた群れの一羽が倒れる。周囲のカラス達は空へと舞い、その場に二つのカラスの体が横たわることとなった。
「これで仕留めたカラスは計三羽。ノルマ完了だね」
……銃声が三回、玉が三発で落ちたカラスが三羽。はっきり言ってできすぎである。ぶっちゃけ俺の仕留めた奴が一発で済んだのは多分にマグレの要素が強い。なにせ俺は半ば引き金を引きつつも半矢(弾を当てたにもかかわらず獲物を逃がす事)になることを覚悟していたのだから。だが未悠は違う。あれはおそらく仕留める確信をもって引き金を引いていた。相変わらず高校時代の部のエースの腕は衰えないどころかますます磨きがかかているようだ。
「……未悠、お前やっぱりどっかの大会に出た方がいいんじゃないか」
「私のはあくまで趣味だしね。それに私ぐらいの人は掃いて捨てるほどいるって」
俺から見たら練習次第じゃオリンピックも夢じゃないじゃねと思うんだがな。
「それにオリンピックのエアライフルの競技って射程10mだからねー。私が得意なのって長距離だし」
「なんというか生まれる時代と国を間違えた奴だよなお前」
案外、現代日本に生まれなければ意外と名を成したかもしれない。
なお、俺が撃ったカラスは剣鉈片手に直に見に行ってみると既に死んでいるようだった。まだピクピク動いているようだったがただの反射のようなのでしばらくしたら収まった。
数が揃ったのでさっそく俺達は計三羽のカラスを手に持って老夫妻の元へと向かう事にした。いやはや、思ったより手早く片が付いたものだ。ほとんど未悠の手柄だったりするけどね。
「あの、三羽ほど獲ってきたんですけどこれだけの数で足りますでしょうか?」
「おぉ!! あんちゃん若いのに腕ええな。ありがとな、ありがとな」
「いえいえ、結構楽しかったですし」
獲ってきたカラス見せるととお爺さんは
こうも熱烈に感謝されては俺もまんざらでもない気分へとなる。自分でも自覚していたが未悠より「”顔がドヤ顔になっているにも程がある!”ってぐらい緩んでいたよー」などと顔を突かれてしまった。未悠さん、恥ずかしいから止めてください。なんにせよ老夫婦のお二人が喜んで頂けて幸いなことでした。
「にーちゃん、嬢ちゃん、ちーと待ってえな。おーい婆さん!!」
その後、穴場ポイントへと到着した頃、俺達のバッグザックの中身は鴨を狩る前にいささか膨らんでいた。なんでかっていうとザックの中にジャガイモやら玉ねぎやらトマトやらが詰まっているのだ。狩りにきておいて畑仕事をしてきたのかと誤解されかねない荷物ではあるがこれはれっきとした狩りの成果である。この野菜達はカラス狩りの成果のお礼なのだ。
お爺さんがお婆さんを呼び出すとお婆さんは判ってましたよとばかりに玄関先にもう用意しておいたビニール袋を持ってきたのだ。そこにはビニール袋いっぱいに詰めこまれた野菜の山。これは今晩はカレーにしろという神のお告げなのだろうか。沢山の野菜をもらった俺達は老夫妻にお礼をいうと本来目的であった鴨がいるというポイントへと向かった。少々時間をくってしまったが狩をするのに問題あるまい。
「こんなに沢山いただいてすいません」
「うわぁ、ジャガイモでかっ! お爺ちゃんありがとー」
「あんちゃん、嬢ちゃん、最近やこー行方不明になる人間が多発しとるとかTVでニュースでいっとるからあまり奥までいかんようにするだで。山で遭難とかになったらでーれーじゃけんな」
「ありがとうございます、気をつけて入りますんで」
俺達は爺さまに手をふりながら俺は山の中に入った。
◆◆◆
俺は焚き火を前にして座っていた。
「……よわったな」
特に意識したわけでもなく自然と愚痴が口から飛び出る。現在の状況からいささか憔悴した感の心情を吐露してしまう。もっとも憔悴といってもそれは精神的なもので体力的にはまったく問題はない。ただただ今現在の現状から途方にくれていたのである。
辺りは外灯一つ無い山の中、しかも今、俺が座っているのは山道ですらない獣道である。光源は目の前の焚き火と夜空の月と星々のみ。空は近々師走に差し掛かるだけあって冷えきっており星がよく見える。いかに地元が都会とはいえない田舎だからといってまずお目にかかることはない夜空である。もっともそんな美しい星空も今の俺にとってさして慰めにはなってないのだが。
「はぁーー」
俺は胸のうちに抱えている鬱憤を噴出すかのように改めて大きな溜め息をついた。
「いつまでも溜め息を吐かない。男の子でしょ?」
「もう男の子なんて年じゃないよ。だって仕方が無いだろ」
俺は焚き火の火に引き寄せられ寄って来た虫を払いのけながら周囲を見渡し目の前の幼馴染に答えた。はい、皆さんもうお分かりですね。
「まさか真夜中になるまでに下山できないなんて……」
――迷いました。
「ああ、ちゃんと道を憶えていればこんなはめには……」
山からの帰路の際、いつまでたっても麓に戻ることがなく明らかに覚えのない場所に着いてしまった。そこで俺達はやっと自分が道を間違えたことに気づいた。どうやら戻る道を間違えてしまっていたらしい。
道といっても狩猟をするような山中での道など獣道でしかない。当然そこはもともと獣道は動物が通りやすいところを何度も通ることで土が踏み固められ自然にできたものなので判りやすい目印などない。なので帰路は経験と記憶力で判断して歩まねばならないのだ。
だがしかしそもそもこの山は俺にとって普段歩きなれた山ではなかった。
「少し薄暗くなったぐらいで道に迷うとはね」
「折角だから鴨を狩ってから帰ろうとちょっと粘りすぎたのが悪かったな」
初めての地理なのだから移動は慎重にしなければならなかったというのについつい欲目を出して居残り、獲物を見つけた後も追跡に夢中になり道を覚え間違えしてしまった。
「これは野宿かね」
「ライトもあるし無理すれば下山できると思うけど?」
「夜目がきかない山中で動いて谷とかに落ちたらどうするの。危険過ぎると思うけど」
幸いなことにこの数日晴れの日が続いていたので土はぬかるんでなく木の枝もちゃんと乾燥している。ライターなどで火がつけるには不自由しないだろう。だが俺が言いたい事はそういうことではなく未婚の男女が野宿で一泊というのはいかがなものかということなのだが。
「いや拙いだろこのまま野宿は色々。世間的に良識的に」
「キャー、やめて! 私に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」
「駄目だこいつはやくなんとかしないと」
新しく憶えたネタを無理して使おうとするんじゃない。このこのニ○房が!
「あははは、まあ圭ちゃんにそんな度胸、あるわけないから安全だよ。ある意味信頼しおりますゆえ」
「何故だろう信頼されているはずなのに胸が痛くなるのは」
まあ、今更こいつ相手にどうこうするなんて確かに無いけどさ。ぶっちゃけ女という前に家族といった感じだし。思春期のいざこざ何それ美味しいのな感じで接してきたからな。
「……まぁ冗談抜きで言うと明日には下山できないとヤバイけどね。何せ私も圭ちゃんもアパートに一人暮らしでしばらく帰宅しなくても騒ぎにならない状況だしね。今年は私、帰省しない予定だったし。圭ちゃんは?」
「俺も今年は帰省する予定はなかったな。その事は大学の友人にも話してはいるけど例え帰省してない友人がアパートに遊びに来ても予定を変更して帰省したと思われるのが落ちだろうな」
つまり、遭難届けは出る予定はないと。
「しかし、お互いもてないな」
どちらかに彼氏、彼女でもいたら危険を察してくれてただろうに。まあ、その場合はこいつと二人で狩りなんて行けなかったわけだが。
「……まぁ、そんな調子じゃ圭ちゃんの春は遠そうだね」
「いや、お前もだろ」
お前が彼氏できたなんて聞いた覚えが無いぞ。
「いや、私は女の子ですからどうとでも。少なくともベランダで鳥の羽をむしるような男の子を理解してくれる女の子の数はまずいないと思うよ」
「少なくとも狩猟趣味なんて理解してくれる女の子なんて私ぐらいなもんだよー」と自慢げに胸を張りながら論破完了する未悠女史。むむむむ、反論の仕様が無い。しかし、それはお前は一生独身だという意味でしょうか未悠さん。
まぁもうどうでもいいよ、ああ、腹減ったなぁ……。とりあえず非常食用のカロリーメイトでも食べるか。折角獲ったカモだが流石にこんな屋外で調理する気にはなれん。一応、遭難したとき用に塩コショウはリュックの中に常備はしているから味付け自体は問題ないが。
「非常食は持ってる?」
「まあ多少は」
ごそごそとリュックの中からカロリーメイトを取り出し口に入れる。因みにフルーツ味です。チョコ味やチーズ味よりフルーツ味の方が好みなのだ。もごもごもきゅもきゅ。さらに追加で手持ちの水筒とは別口に持参したホットコーヒー入りの魔法瓶のポットをリュックより出す。
「コーヒー飲むか?」
「もちろん!」
ポットから注がれたコーヒーから湯気が出た。注いだ器を掴む手にじんわりと熱が伝わった。温まるな。口に含んだコーヒーブラックの苦味と喉を通る熱さが俺の心を癒してくれる。
「ぶっ!! ちょっと圭ちゃん、砂糖かガムシロップは持ってきてないの!?」
「悪いが俺はブラック派だ」
砂糖とかガムシロップとかミルクなんぞ入れてしまったら折角のコーヒーが台無しになってしまうじゃないか。日本茶に砂糖やミルクを入れるか? 入れんだろう。ストレートが一番だということだ。
しかし、戦争物映画の兵士が持っているようなウィスキーを入れたスキットルでもあれば更に雰囲気が出て最高だったな。残念ながら流石にそれは用意していないが。いやいや、流石に自家用車でここまで来ているというのにアルコールを持ち歩くというのはいかんとですよ。
「ん? やっぱりここでも電波が届かないか」
「ああ、やっぱり駄目だよここは」
山の中でも位置によっては反響かなにかで通じるとこもあったりするんだがな。逆に言えば数十メートル先でばっちり電波が通じたとしてもちょっと奥に移動した途端に使えなくなったりもするが。
「繋がってくれれば「現在こんな状況に陥ってしまってさぁ」と笑い話にできるんだがな」「なんともネタにもならない酷い状況ですよ隊長」
ビシィ! と敬礼しながらおどけた事を言う目の前の相棒、同感である。ようするにジタバタしてもしょうがないってことだな。
「駄目だこりゃ。仕方が無いので朝までモンハンっすか」
「ヤッフー!」
狩人がリアルじゃなくてデジタルの中で狩りをするって皮肉がきいてるってもんだな。しかも森の中でである。わびしいのぅ。
…
……
「うっし! レアゲット!!」
むむむ、なんだかんだと心の中で愚痴ときながら、いざプレイしだしたら結構夢中になっていましたよ。……何やってんだろなとは口には出しません、だって涙がでちゃうもの。あいつもそれが判ってテンション上げているのだろう。……いや、そんなことねーな。こいついつもどうりじゃね? なんという極太神経、、、、いやいやそんなこと思ったりせんでもなかったりしているのは内緒ですよマジで偶にあいつすごく勘がするどいからな。
ん?
「なんかあっちで光が見えたような」
ひょっとして救助隊か何かか? いや、俺達を捜索なんてするわけがない。誰にもここに来てるなんて言ってないからな。となると実は里近くまで降りてきていたのかか?
「あっちで何か光ってるけど何だろな?」
「光? 私には見えなかったけど」
俺がいう光の方角へ未悠は目を凝らすが未悠にはその光が見つけられないようだ。むしろ「本当にあるの?」と頭を傾け不信顔をする。はて、こいつこんなに夜目が効かなかったっけ。いくらか細い光とはいえこんな闇夜の中の光なら目立つ物だと思うのだが。
「夜に動くのは危ないけどちょっとだけ様子を見に行くか」
ひょっとしたら山小屋か何かがあって人がいるかもしれないしな。
光が見える方向へとライトを当てる。藪をくぐりながら道なき道を進んで、俺達はあの光の正体を確かめまいと傍へと近づくべく歩いた。もちろん足元には最大限注意をはらってだ。一歩道を踏み外したら崖でしたでは溜まらない。多少の危険は覚悟して動いてはいるが俺だってまだ命は惜しい、最大限、注意ははらうさ。
がさり、がさりと落ち葉を踏みしめながら、枝を掻き分けながら進んだ先にあったものは、
――宙に浮かぶ光の玉だった。
「ひ、人魂!!!?」
な、なんだよこれ!! 人魂? でもここは墓地じゃねえぞ。あれって確か死体の燐が燃える現象じゃなかったけ。あ、それなら今時の墓場にもでねぇじゃねえか。いまどきの仏さんは全部火葬で灰になってるので人魂がでるとは思えない。いや、実はでるのか? まあどっちにしてもここで見るのはおかしい。別に辺りに動物の腐乱死体もないし。
「何だよこれ、人魂じゃなければ妖精か何かですか超常現象ですか。何だよ、何だよこれ」
謎の光る物体を前にテンパった俺は未悠の様子に気づかない。俺は「おい未悠お前はどう思う?」と背後の未悠に問いかける。だがしかし、
「何を言ってるのかな圭ちゃん。そこには何もないよ」
――えっ。
…
………
………………
俺はその時客観的に見てたっぷり5秒は固まっていたのだろう。体感的にもっと長めに感じてはいるのだが流石にそこまで長々と俺を放置するほど未悠のやつも薄情ではあるまい。
固まる俺を前にして未悠の奴は腰を折って体を突き出しながら「う~ん?」と光の玉の方に目を凝らす。
その姿はふざけている様にも嘘を言っているようにも見えない。……あれ、もしかして俺って今まで自覚はなかったけど霊とか見える人だったりしたのだろうか。
突然突きつけられた霊能力者宣告にさらにテンパった俺は「あれじゃあ郵便局の片隅で見えたあれって見間違いではなく本物?」「そういや田舎の婆ちゃんの実家って神社…」などと頭を抱えブツブツと言い始める。
「ちょっ!? 圭ちゃんどうしちゃったの!? ぶっちゃけ怖いんですけど!? 信じるから! 信じるから帰ってきてええぇぇぇ!!」
そんな独白が見るに耐えなかったのか俺の肩を両手で掴んでグラングランと揺らしてきた。だいじょうぶだぞ~、おれはしょうきだぞ~~。酔っ払いの俺は酔ってないと同じぐらいの信頼度かもしれないが俺は正気だぞ~~。
「……まあ、いい加減そろそろ現実に向き合うとしてマジで見えてない?」
「うん」
「マジで!?」
「マジで、というか何処らへんにあるのそれって?」
うわぁ、マジで俺にしか見えてねえや。なにやら未悠が俺が見えている光の玉の位置を具体的に知りたいらしいので玉の周りを適当に手で示しながら位置を伝える。それを見た未悠は無造作に玉の方に近づいてきた。ちょっ、触って大丈夫か!? 何やら楽しそうだなこいつ、心霊スポットに肝試しにきた学生のようである、まあ俺らは本当に学生なのだが。
「ふ~む、ここにねぇ。圭ちゃんの様子から見るに本当に嘘は言ってないようだけど。やっぱり何にも見えないなぁ」
未悠は俺が示した辺りを適当に腕を突き出したりしている。そして数度に一回、光の玉に直撃したりカスったりしているがどうやら何の手ごたえも感じていないらしい。
「本当に何も感じないのか?」
「う~ん、言われてみればほのかに暖かいような気もしたりしなかったり」
未悠が光の玉の辺りに手をかざしながらなんともあやふやな事を言った。だが、しっかり位置は確認できているということは確かになんとなくは感じているのかもしれない。
俺は少々震えながらも恐る恐る指をだし浮いている光の玉に触れてみようとした。結論から言うと未悠のいうような熱など感じなかった。いや正確には熱いとか冷たいとか感じている暇など感じている間も与えられなかったのだ。
俺がその光の玉に触れた瞬間、玉は強烈な光を放ったのだ。
「!?」
「圭ちゃん!?」
光の玉は光を強め一瞬で俺を飲み込むように大きく口を広げる。巨大化した光の玉はあっという間に玉に触れようとした俺の腕を飲み込むほどのサイズへと変化した。そしてとてつもない大きな力が玉より生まれ俺は玉の中に引き込まれてしまった。
――とっさに俺を掴みこんだ未悠を道連れに。