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浅い息が連続して辛かった。
激しい運動のせいではない。緊張、そして興奮から胸が勝手に高鳴るのだ。
闘争に体が適応しようとして、血流を加速し、思考を強引に引き上げている。
それでも見えない。
センサーを必死に追っても、視覚素子に頼っても、次にどこから衝撃が来るか分からぬ恐怖にべったりと嫌な汗が噴出した。
脂気の多い、恐怖が形になったような汗が額を滴る。スキンスーツが吸収している背中の汗も似たような物だろう。
次は何処から。いや、どうやって。
「きゃあっ!?」
気が付けば自分は天を仰いでいた。青々とした嫌味なまでの晴天には、雲の一つも浮いていない。まるで汗まみれで、装甲を下生えと泥で汚した自分を笑っているかのようだった。
「えっ、ちょっ、まっ……」
そして、鉄槌を振りかぶる影が見えた。逆光補正をかけて尚も暗い顔はよく見えず、ただ口だけがにんまりと笑っているのが分かった。
そして、轟音が機体と世界を揺らす。
死。
自分の頭が熟れすぎた石榴のように割れる幻覚を見て、ぎゅっと目を閉じたが、痛みはやってこなかった。それだけ迅速に終わりが訪れたのだろうか。
いや、鉄槌は振ってきたが、紙一重の厚みで頭部の横に振り下ろされたのだ。側部視覚素子によって拡充された視界を見れば、地面を薄く抉った戦槌の頭が見えた。
『情け、ない、ですね。それでも、女、ですか』
地面に突き立った戦槌の石突きに両手を添え、顎を乗せているのはベリアリューズであった。
白兵戦闘に関しては自分よりも何枚も上だろうから、ちょっと〝可愛がって〟やってくれとコウヅキに頼まれ、西方人のスペックを体で理解させるべく乱取りをしていたのだ。
いくらスナイパーといえど、不意の遭遇によって肉薄されれば格闘戦を辞せない場面もある。敵は「君は遠距離が得意なんだね! 正々堂々やろうか!」などと己の土俵に乗ってくれるはずもなし。
むしろ、自分の得意レンジで戦うべく、遮蔽や移動速度を用いて間合いを詰め、砲や銃で狙う余裕のない距離を強いてくるのが普通である。
そうなった時、慌てないで済むよう、圧倒的な格上である先輩諸氏が新兵を揉むのは軍隊において恒例行事である。
コウヅキも新兵過程においては、外骨格のおかげで怪我をしづらいからと数え切れないくらい地べたを舐めさせられ、立ち上がるのが遅かったらジャイアントスイングを食らって、20m以上をブン投げられたこともあるほどだ。
この洗礼を受けていない陽菜乃に戦場を分からせるのに、ベリアリューズは正に最適な相手だった。
たしかに彼女は優速の戦士ではないが、それは上澄みの中での話であって、列島人ではどう足掻いても追いつけない速さで動くことができる。
コウヅキ風に言うのであれば、低レベルの速度振り戦士よりも、超高レベルの熟練戦士の速度ステータスが優越しているのは当たり前の話なのだが、パラミリモデル外骨格で持ち上げられない槌を担いで素早く動かれるのは、陽菜乃にとって理不尽でしかなかった。
『少し、転がされた、くらいで、反撃を、諦めては、いけません』
見下ろしてくるリズは半笑いのまま講釈を垂れる。実際、彼女は自らの頑強性に頼って攻撃を受けきり、逆劇の一撃を叩き込む戦術を取っている以上、想定より威力の高い攻撃を貰って吹き飛ばされることは間々あった。
そういう時、どう対処するかで生死が分かれるのだ。
『まず、転がって、直ぐに、場所を、離れなさい』
「ウッス……」
『コウヅキ、なら、今の一撃は、お腹に、蹴りを、もらっていました』
「ウッス……」
『いえ、転ばされたと、気付いた、瞬間、地面を蹴る、なり、手を、付く、なり、して、離脱していたでしょう』
「勉強になります……」
クロスカントリー部では決して習わなかった〝命のやりとり〟。その情報密度はあまりに濃すぎて、一つ学ぶ度に青痣ができる。
だが、先達達は手を抜かない。
実線では青痣では済まないからだ。仮にリズが本物の野盗であったならば、外骨格のヘルメットは煎餅のようにぺちゃんことなり、コウヅキは陽菜乃の殉職報告書を本国に送るハメになっていたのだから。
痛くなければ覚えませぬ、とは昔の人が言ったそうだが、事実その通りであり、訓練とは〝痛い〟で済ませることによって死を避ける最良の方法なのだ。
故にベリアリューズも加減はするが、手を抜かない。
『立って、ください。あと三秒で、立たないと、蹴り、飛ばし、ます』
「ッス!」
陽菜乃は足を腹に向かって畳み、油圧サーボが生む生身とは比べものにならない力でお跳ね上がろうとした。寝床から気合いを入れて起き上がる時の所作だが……。
「ぐぇっ!?」
起き上がる体を唐突にラリアットが襲った。
言うまでもなく下手人はリズだ。
『誰が、いつ、終わりだと、言いましたか? 敵が、隣に、いるのに、まっすぐ、立ち上がる馬鹿が、いますか』
「げっほ!? ごっほ!! おぐぐぐぐぐ……」
まだ訓練終わりとは言っていない。そこで隙を晒したならば、叩かれるのは当たり前のことだ。稼働のために積層炭素繊維でしか守られていない弱い首は、軽く叩く程度の衝撃であっても喉を酷く痛めつける。
咳をしながらゴロゴロと転がる様を見て、ベリアリューズは大きく溜息を吐いた。
列島の女はどうにも〝のんびり〟し過ぎていて困ると。
たしかにコウヅキから聞いた通り、列島では一般人は武装しなくても生きていけるくらい平和なのだろう。兵士以外は戦う必要もなく、義務教育とかいう謎の精度があって、誰しもが十八歳までは勉学をするのが当たり前だと聞かされた時は驚いたものだ。
しかし、そんな平和な環境にドップリであれば、女としての根っこができていないのも無理はないかと思いもする。あまりに〝雄々しくて〟使い物にならない。
ならば、一端の女にしてやるのは自分の仕事だと、喉を押さえて悶えている陽菜乃の尻を蹴り上げた。
「ぶぇっ」
『苦しいなら、一方向に、転がって、逃げ、なさい。敵の、間合い、で、苦しんでいたら、殺され、ます』
優しく尻を蹴り上げて、損害を受けたら直ぐ逃げるという行為を反射にするべく叩き込む。
リズも似たような鍛錬を傭兵団で受けていた。
まぁ、あの時は普通に棍棒でたこ殴りにされて、必死に逃げ回っていたので、訓練というよりもリンチに近かったのだが。
それに比べたらなんと優しいことか。
コウヅキもリズにしては手ぬるいなぁと思いつつ、あまり使うことのない拳銃をギルドハウスの東屋で眺めているし、隣で最初は厳しく監視しようとしていたアゼリアも「あの子も先輩らしくなりましたね」と既に注意を外してハーブティーを楽しんでいた。
そして、甲高い悲鳴が一刻ほどは止むことなく空に響き渡ったのだった…………。
同じ姿をしているのに格段に脆いと言われても納得行かない現地勢。
尚、一応の手加減はしている模様。




