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長い夜会を除き、一度お開きとして場を仕切り直す二次会に男性を参加させないことは、この地において殊更珍しいことではない。
野卑な地下の者達であれば本当に気に入った男児がいれば、早々に連れ出して二次会なんてほったらかしているし、貴種のそれであるならば、政治に関わらせないのが原則である男を排除して本気の話をする舞台であるからだ。
故に、この一党においてもリズが潰れず、常識的な時間でお開きになった場合、コウヅキが最初に帰るのは普通のことであった。
当人は勘違いしている節があるものの、これは決して嫌がらせではない。
コウゲツを〝清らかな男児〟だと信じて他ならない三人は、あくまで紳士として、まだ早い内に彼を帰らせているのである。
しかしだ。二件目に選ばれた〝鷲の安息所亭〟において始まった二次会は、とてもではないが和気藹々、女だけだからできる話が交わされている雰囲気ではなかった。
なにせ、殺気にも似た剣呑な空気が卓に満ちているのだ。隣に座っていた探索者グループは、ヤベェと思って早々に場を切上げ、本来ならチップ目的で遊弋し、貰えるものを貰えたら尻の一つでもませてやるかという、おおらかな男給達でさえ「お前行けよ」「やだよ、お前が行けよ」と押しつけ合うくらいであった。
その中で、とりあえず席料として頼んだ酒をぐいっと一気に呷った後、ベリアリューズが据わった目で口火を切った。
「どう思うよ」
「……どう……って?」
あまりに具体性の欠いた問いに、理論だった会話を尊ぶフェアルリリムが問い返す。
しかし、彼女も分かっていた。
話の議題が、自分達に見せないような顔を、声音を、初見の、それを向けられた、列島の概念に準えて言えば〝チャラ男〟に属する〝あの女〟であることは間違いなかっただろう。
「知り合ったばっかりって距離感じゃなくね? フツー、男ならあそこまでにじり寄られたら嫌だろ。あんだけ乳放り出した下品な女に」
「まぁ、そこは同意いたしますけども。品のない女性ではありましたね」
「……列島じゃ、普通とか……?」
あれがぁ? という顔をした二人であるが、列島の情報というのは、ここ西方において少ない。
というのも、列島語が表音文字でない上、そもそも言語基系が全く違う、つまり文法が違うこともあって習得が困難なのだ。
勿論、読文が可能な人間もいるにはいるが、それは外交筋の特権。彼等にとって列島語で手紙を書けるというのは、輸出入に対して便宜を図って貰う一種の特別な技であるため、広くに読ませるための教本など作られてはいなかった。
そして一二世紀から一六世紀の人間にスマホを渡しても、急に使いこなせるかと言えば全く否であるように、携帯端末も他の道具と違って全く普及しなかった。
まぁ、自明である。また、仮に普及したとして、通信帯は基本的に列島人向けの情報に溢れており、列島語は直截な物言いを避けて含意のある表現を好むため、Webが読めるようになったとしても飽きられるのは早かったはずだ。
この地で現地語に翻訳できる極めて高度にして、サブスクリプション料金が高価なソフトの入った端末を持っている人間は、外交的に付き合いを持たねばならない外務卿および、その配下くらいであろう。
なればこそ、列島人とは探索者としてもチラホラと見かけるが、列島そのものの文化を知る者は少ない奇妙な国となっているのだ。国交を樹立した国は多く、友好国宣言をした国家も数多あるとはいえ、まるで鎖国しているように情報が入ってこない。
そんな不思議な国の内情において、ありあが〝ギャル〟と呼ばれる人種であり、別段珍しくも反社会的な存在でないことの認知も難しかろうて。
それに、この紙全盛の西方において、余程の好事家でもなければ、紙の本を求めなくなった列島の知識は、殆どがネットに格納されている。
知ろうとしても、知るための門扉に錠が下りておらずとも怖ろしく堅いため、彼女達にとっての普通はコウヅキの態度から知るしかないのである。
「しかし、他にも列島人はいたのに、何故彼女だけがコウヅキに……」
「簡単にヤれそうだと思ったからとか?」
「なっ!? なっ、な、なんてことを!!」
唐突にとんでもないことを抜かるベリアリューズに、アゼリアは場所が場所でなかったら拳を振るっていたかもしれない。
あの低く、甘い蜜のような声をした清純な彼が、簡単に股を開くなどとは――女性上位の社会において“体位”が異なるのは自明であった――王侯貴族であり紳士であることを自認するアゼリアには看過しがたい発言であった。
「取り消しなさい!」
「いや、だってアイツ、色々とガード甘いじゃん。ぴっちぴちのさー、胸板が強調される上着だけで出てきたりよぉ」
これは全くの余談であるが、男性の胸部も西方ではセックスシンボルとして通じる。
というのも、男の胸板は、女の乳房と違って特に何の役割もないが〝快感を得る〟という機能を持っているため、世界で最も淫靡な器官であると語る論客もいるくらいなのだ。
どっとはらい。
「それはっ……そう、ですが……」
「アタシは尻と太股派だけど、あれはたまにクラッと来るぜ? 肌は一切見えてないのに、ラインだけ見えるような服作るとか、列島人はどんだけすけべぇな民族だと何度思ったか」
知らぬところでとんでもない風評被害を受けている列島人なれど――性に開明的なので、当人達からすると抗議しづらかろうが――こちらの貞操観念でいれば、コウヅキのガードが緩すぎるのは事実であった。
暑かったらスキンスーツがあるとは言え平気で服の前を開けるし、仲間内の時だけでは鎧を脱いで、けしからん脚線美を見せる下半身まで晒すことがあるのだ。
その上、考えごとをしてぼぅっとしている時は無防備にも程がある。普通の警戒心ある男児であれば、もう少しこう、悪さをされたり拉致されないよう隅っこに座るなどして然るべきだ。
たとえ彼が戦士として錬磨され、身を守るための武器を常に携帯していたとしても。
やろうと思えば、簡単に浚ってしまえる三人だからこそ、この無防備さには、たしかに物申したいところがあった。
「あの女、そこを見抜いて粉かけに来たとかじゃね? アイツ、押しに弱いしさー」
「……リズがいうと、説得力あるね」
「どういう意味だよ」
「……お金借りたり、カードで巻き上げたり……」
フェアルリリムに突っ込まれて、趣味が飲むのと打つのであるリズは何も言い返せなかった。コウヅキに出会うまでは、そこに〝買う〟も入っていたため、浪費癖は多少マシになったとはいえど、酷いことに違いはない。
そして、仕方ないなぁと微笑んで現地通貨を融通してやるコウヅキは、駄目女製造機としての才能があるのは事実だった。
「ま、まぁ、だからそこを見抜かれてだな。お前らもその節ちょっとあるだろ?」
「……一緒にされては酷く業腹なんですが。死にたいんですか……?」
「そんなことはありません!!」
ぐっと拳を握りしめながら、椅子を蹴立てながら立ち上がったアゼリアは酒場中に、いやさ、満天下に響かせるように演説を打ち始めた。
「花は手折られていないから美しいのです!!」
残った僅かな客と、同卓者は何言ってんだコイツという顔をした。
「彼の横顔! ふっと笑う仕草! 整ってはいるけれど、華美すぎない東の顔付き! 耳を蕩かす低くて甘い声! あれぞ正に百合の花!!」
「おい、コイツなんか気が付いたらスゲー飲んでないか」
「……え、うわ、ほんとうだ……いつの間に……」
「華は高嶺に咲いてこそ!! そして、美しい花であるが故、手折られているはずがないのです!!」
「うわ、出たよ……拗らせ王女様の持論が……何食って育てばこうなるんだ?」
「……その論法、無理がありすぎない……?」
フェアルリリムとベリアリューズは半眼で、声高らかに、猥談半歩手前の持論をブチ上げる女を見て「これが自分の税金を納めてる国の王女様かぁ……」と微妙な気分になった。
何と言うか、一応この二人にも貴い人間には、そらしく振る舞ってほしいという普通の価値観はあるのだ。たとえそれが、王位継承権なんぞあってなきに等しい、臣籍降下が決まっている七女であってもだ。
「いえ、でもコウヅキは人が良くて対応が柔らかく、距離が近いのもいいですよ!? 我々のことをよく理解してくれていますし、友人としての扱いは同性のようで心地好くもあります! ですが! その! 手が届きそうなのに、届かない! ギリギリの断崖に咲いているような美しさが尚良いのであって!!」
「早口キモ」
「……やめてあげ……いやまぁ、気持ち悪いけど……」
「だからコウヅキは、あんなちゃらちゃらした女にどうこうされるはずがない! それが彼なのです!!」
そして、ここで王女の演説を、ぶん殴ってでも止めなかったことを、二人は後悔することとなる。
何故なら、詩的にして解釈が難しい言葉を多用し、あまつさえ聖典を引用してまで童貞の概念的美しさと、それがコウヅキと如何に合致しているかをうんざりするほど、それこそ店主が「いい加減帰ってくんねぇかな?」と肩を叩くまで、延々と打ち続けたのだから…………。
「ぶわーっくしゅい!!」
私は沈痛な空気と共に終わった一次会から帰ったあと、シャワー上がりに凄まじいクシャミをしてしまった。
「ぶわーっくしゅい!!」
春先とは言え、流石に風呂上がりを浴衣一枚で過ごすのは薄着過ぎたかな? つっても、汗でベタベタしたくないし、どうせ寝る時には暑苦しくなるから着込んだって脱ぐんだけどさ。
それにしてもデッカいクシャミが出た。二回すると噂されていると言うが、三回目は風邪の兆候だ。それだけは避けたい。
何せ私は健康保険料を徴収されているにもかかわらず、こっちじゃ病院にいけないんだよ。
理由は単純明快。健康保険証が使える病院なんて、アルテンハイムに存在していないからだ。
まぁ、割と当たり前の話、傭兵がポツポツ来てるくらいのところに列島の医者が来るはずもなし。何かあったら持ち込んだ簡易診察ユニットと抗生物質などの常備薬で耐えねばならぬ。
しかも、仕事に穴を開けることになるので、本当に気を付けなくては。
「つっても、この型落ちトレーラーの暖房はアテにならないんだよなぁ」
とりあえず室温を少しだけ上げてから、冷蔵庫に向かう。冷凍庫の中でキンッキンのトロトロに冷えている、亀の甲羅のような模様が刻まれたウイスキーの瓶を取りだして、冷蔵庫の上に伏せておいたウイスキーグラスに指一本注ぎ込む。
とりあえずストレートで一口。
カッと灼けるような味に、安っぽいがウイスキーらしいっちゃらしい味。そう、これこれ。あすこのビールも悪くなかったけど、やっぱり酒と言えば米酒かコレだね。
「おっ、零様の配信今日だったか。二次会ないのもいいことがあるもんだ」
ガシガシと頭をタオルドライしていると、私用のラップトップが通知アイコンを光らせていた。何だろうと立ち上げると、推しのライブ配信通知が来ているではないか。
割と忘れがちなんけど、時差の都合で丁度この頃に始まるんだよな。
私がクリックしたのは総合動画配信サイト、ヨロズ・ビジョン、通称ヨロビ。動画のジャンルを問わない場所で、ゲーム実況から歌ってみたのような分かりやすい物、果ては錆だらけの謎の物品をレストアしてみたりとジャンルは実に多用。
そして何より、列島転移前から続くバーチャルアイドルの主戦場である。
斯く言う私も、いわゆるVのファンでね。今の一推しは撃鉄・零様だ。私と同じ退役軍人系個人Vヨロバーで、ウルフカットのおっぱいがついたイケメンと評するのが似合ったビジュに、酒と煙草で掠れたハスキーボイスが堪らない。
登録者は五万人くらいと最大手に比べれば控えめだが、パラミリ系装備配信の造型が深く、その道の人が惹かれない道理が思い当たらぬ現場を知り尽くしたバーチャルアイドルなのだ。
「あーい、こんBANGわー、配信はじめてくぞー。因みに今日の晩酌は再現された北摂酒房のズブロッカ。冷蔵庫でガンガンに凍らせたぜー。お供のアテは、いつもの金鳶12mmー」
「きちゃー」
しかも、酒カスヤニカス、煙草をアテに蒸留酒を飲む怠惰属性というのが私にぶっ刺さりだよ。しかも、第一狂ってる団こと、緊急即応中央集団の空挺上がりってのが憧れるよなぁ。
「かぁー、うんま! 企画忘れそうになるくらいいいわ、これ! あ、ベロベロになって忘れる前に初めんと。えーと、今日は録画ながしまーす。案件動画でーす。お金貰ってデッカい機材をオモチャにしてきましたー、ぱちぱちー」
「お? 零様に案件? 珍し。どこだろ、サードパーティー……」
「えー、何をトチ狂ったかー、豊発重工様が「おめぇちょっとレクシアMk-Ⅲ乗ってみろよ」とかいうので、思いっきりブン回させて貰ってきましたー。いやー、メール来た時、普通に詐欺かと思ったよね」
「ぶふっ!?」
れっ、れれ、レクシアMk-Ⅲ!? 現行採用型の主力外骨格、センチュリアMkⅣのモンキーモデルとかいいつつ、ほとんどソフト面しかダウングレードされてないと噂の怪物機!?
ナンデ!? 人気があるとはいえ、なんで零様にそんな仕事が!?
「いやー、すごいのなんの。これ現役の時に欲しかったわーとかいったらさ、なんかしれっと自衛軍の広報官いて再任官パンフ寄越してくんの。こえーこえー。いやもう予備役で勘弁してほしいわ。年四回の空挺訓練でも怠いのにさー」
トークと共に流れる動画。映し出される洗練された3m級の大型外骨格! その拡張性! 暴力的なペイロード! そして他を圧倒する重装甲と同居した機動力に、大型スラスターによる短距離飛翔能力の圧巻さといったら!!
うぉあー! かっちょぇぇぇぇぇ!!
「うっ、うらやましぃぃぃぃ……」
雑な語り口ながら、私達のような元軍人が「そこを聞きたかったのよ!」という点を絶対外さないトーク!
私は嫉妬と憧憬に焼かれながら、半ば自棄酒をかっくらいつつ、このために働いているとばかりに赤スパを飛ばすのであった…………。
いつもコメントありがとうございます。やはり反応を見られるのは嬉しいし楽しく、支えになっております。
貞操が真逆の世界と、普通の貞操観念の世界が交流すると、こういう摩擦もおきるのだろうなぁと……。はい、アゼリアは純愛を拗らせた処女モンスターです。




