第五話 初めての全力回復魔法
もぐもぐもぐ。
「はあ、ケン君の能力を甘く見ていたわ。今まで見た魔法使いの何倍も凄いわね……」
午前中の治療を終え、僕、スラちゃん、女性兵は再び調理場の隅っこにやってきた。
移動中に女性兵から自己紹介され、オレンジ色の癖のあるショートヘアのシーリアと名乗った。
因みに、とある理由で絶賛恋人募集中とも言われた。
うん、どう反応すれば良いのかかなり答えに迷ってしまった。
多分、恋人と喧嘩中なのかもしれない。
そして、シーリアさんが僕を甘く見ていたという話は、僕とスラちゃんが治療施設にある大部屋全体の六割を午前中で治療し終えたことに起因していた。
シーリアさん曰く、軍の治療兵でも大部屋二つに入院している負傷兵を治療出来れば上出来らしい。
スラちゃんと分担したとはいえ、かなり凄いことらしい。
「でも、午前中いっぱい治療したのだから、いっぱい食べてよく休んでから治療を再開しましょう」
シーリアさんの方針に、僕とスラちゃんはコクコクと頷いた。
たくさん魔力を使ったので、少し疲れていたのは間違いなかった。
無理をしては駄目だと、シーリアさんだけでなく調理場のおばちゃんも言っていた。
因みに、おばちゃんたちは体の調子が良くなってとても快適に働けたという。
元気になって、僕もスラちゃんもとても嬉しかった。
こうして昼食も食べて元気になり、午後の治療を始めようとしたところで思いがけない人が治療施設に姿を見せた。
「ケン、かなり頑張っているみたいだな」
部下を引き連れて姿を現したのは、今朝会ったルーカス殿下だった。
どうやら、午前中僕とスラちゃんがたくさんの負傷兵を治療したのを聞いたみたいだ。
そのためか、ルーカス殿下の表情はとても明るかった。
「ケンが多くの兵を治療した成果はとても大きい。皆、とても優秀な兵だ。間違いなく、王国軍の大きな戦力になるだろう」
ルーカス殿下は、僕の頭を撫でながらかなり褒めてくれた。
みんなの力になれて、僕もスラちゃんもとても嬉しかった。
そんな僕たちに、ルーカス殿下はある依頼をしてきた。
「ケン、先に一人治療してもらいたいものがいる。軍の司令官で、個室に入院している」
どうやら、軍にとってとても重要な人物らしく、入院している個室に警備を敷いている程らしい。
僕とスラちゃんは昼食を食べて元気いっぱいなので、さっそくルーカス殿下の後をついて個室に向かった。
コンコン。
「ルーカスです。失礼します」
「おお、入ってくれ」
治療施設の三階は個室で、本当に特別な場所だと分かった。
二階から三階に上る階段にも警備の兵がいて、更に個室の前にも兵がいた。
とんでもなく凄いところに来てしまったので、僕とスラちゃんはかなり緊張してしまった。
因みに、シーリアさんは目的地が分かるやいなや同行を遠慮していた。
うん、今の僕ならシーリアさんの気持ちがよく分かった。
何にせよ、治療しないといけないので僕とスラちゃんは意を決してルーカス殿下の後をついていった。
少し大きめのベッドには、中年男性が寝かされていた。
銀髪のセミロングの髪で、ルーカス殿下に劣らずの筋肉質の体だった。
両足を固定していてそれだけでも痛々しいのに、なんと左腕の手首から先を失っていたのだ。
余りにも痛々しい姿に、僕まで思わず苦しくなってしまった。
「叔父上、報告しましたケンを連れて来ました」
「うむ、ご苦労」
あれ?
いま、ルーカス殿下がベッドで寝ている人を「叔父上」って呼んだ気がする。
ルーカス殿下の父親は国王陛下で、ルーカス様の叔父なのだから……
はわわ、とんでもない人が目の前にいるよ。
僕は、直ぐに自己紹介した。
「は、はじめまして。ギャイン騎士爵家のケンです。スライムのスラちゃんです」
「うむ、とても利発そうな子だ。私はヘルナンデス・ニース、ニース公爵家当主だ。ケンが察した通り、私の兄は国王陛下だ」
ヘルナンデス様は、ペコペコと頭を下げる僕に優しく声をかけてくれた。
とてもダンディーな渋い声だ。
どうやら、何故僕がこの場にいるのかも知っている様だ。
それに、これだけの大物貴族なら厳重な警備をして治療するのも頷けた。
「叔父上は、つい先日起きた馬車事故により大怪我を負われた。犯人を捕まえたのだが、よりによって帝国の関係者だ。ケンなら、どんなことが起きているか直ぐに理解できるはずだ」
王国の有力軍人に大怪我を負わせ、動けなくなったところで奇襲を仕掛ける。
帝国は、リスクを冒してまで王国の戦力を削る作戦に出た。
そして、残念ながら帝国の作戦は見事に成功してしまった。
だからこそ、ルーカス殿下はヘルナンデス様の怪我を治療したいんだ。
僕とスラちゃんは、深呼吸して気持ちを落ち着かせてから治療を始めた。
ヘルナンデス様に軽く魔力を流すが、他にも多くの怪我があった。
間違いなく、命の危機に瀕していたのだろう。
僕とスラちゃんは、お互いに頷いて魔力を溜め始めた。
シュイン、シュイン、シュイン。
「な、なんだ、この魔法陣の数は……」
僕とスラちゃんは、全力で治療を始めた。
ヘルナンデス様を中心に数多くの魔法陣が出現し、ルーカス殿下を始めとする多くの兵が驚愕の声を上げた。
僕とスラちゃんは、尚も治療に意識を集中した。
回復魔法だけでは駄目だ、聖魔法も使わないと。
僕は右手から回復魔法を放ち、左手から聖魔法を放った。
個室の中が、回復魔法の青い光と聖魔法の黄色い光で満たされていった。
大丈夫、いける。
僕は、治療の手応えを感じた。
それは、スラちゃんも同じだった。
シュイン、シュイン、シュイン、ぴかー!
一瞬魔法の光が強くなり、そして段々と光は消えていった。
僕は膝に手を当てながらハアハアと荒い息をし、スラちゃんも僕の頭の上でへんにゃりとしていた。
だが、治療の効果はバッチリだった。
「なっ、そ、そんな。叔父上の失った手が、手が再生している……」
僕とスラちゃんの全力魔法により、ヘルナンデス様の左手を再生することができた。
もちろん、両足や体中の怪我もバッチリ治ったはずだ。
ルーカス殿下のみならず他の兵も啞然としている中、ヘルナンデス様の足の固定が外された。
そして、ベッドから降りるとスッと立ち上がった。
「い、いったいどうなっているんだ? あれだけの大怪我なのに、普通に立っている。左手も動くぞ」
ヘルナンデス様も、自身の手を信じられないという表情で見ていた。
とはいえ、この治療は実は参考にしていたものがあった。
「その、魔法の本に書いてありました。『回復魔法は患者の回復能力を高めて治療し、聖魔法は術者の生命力を分け与えて治療する。二つの魔法を同時に発動し、相応の魔力があれば組織の欠損も治せるだろう』。僕一人では駄目だったので、スラちゃんにも治療をお願いしました」
「原理は分かった、とても論理的だ。しかし、ケンとスラちゃんの膨大な魔力がなければこれだけの治療を実現できなかっただろう」
ヘルナンデス様は、僕の話を聞いても尚も驚きを隠せなかった。
僕も、本番一発勝負だったが本に書いてあることを実践できてホッとしていた。
フラフラ。
「あっ……」
ガシッ。
僕とスラちゃんは、大量の魔力を使った反動で体がフラフラだった。
そんな僕を、ヘルナンデス様が受け止めてくれた。
「あ、あのその、治療したばっかりなのに申し訳ありません……」
「私はケンの治療で元気いっぱいだ。気にすることはない。ケンとスラちゃんは、暫く休むといい」
僕とスラちゃんは、ヘルナンデス様から代わった兵にお姫様抱っこされて個室にあるソファーに座らされた。
そして、あっという間に目の前のテーブルにジュースが置かれた。
嗚呼、甘いものが疲れた体に染み渡るよ……
ヘルナンデス様とルーカス殿下が何か話している間、僕とスラちゃんは偉い人が目の前にいても気にせずまったりとしていたのだった。
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