第7話「空っぽの家」
戦いが終わった後、村は静寂に包まれていた。
レイヴンはリリアと共に村を歩いた。
広場から離れ、村の外周を確認していく。
リリアは無言で後ろを歩いている。
疲労の色が濃いが、まだ気を張っているようだった。
「大丈夫か?休んだ方がいい」
レイヴンが声をかけると、リリアは首を横に振った。
「平気です」
短い返事。
感情を表に出さない口調。
炎の残り火がまだくすぶり、煙が夜空に立ち上っている。
散乱した武器、崩れた家屋の瓦礫。
戦場の痕跡が、村のあちこちに残されていた。
レイヴンは村の中央広場を見渡した。
救出された村人たちが互いに抱き合い、無事を喜び合っている。
子供たちの泣き声、女性たちの安堵の溜息、老人たちの祈りの言葉。
「大佐、負傷者の手当てを開始しました」
リオンが報告に来る。
「重傷者は十三名、軽傷者が二十名ほどです。村人の中にも怪我人がいますが、命に別状はありません」
「そうか」
レイヴンは頷いた。
リリアは広場の端で、村人たちに囲まれていた。
村人たちが次々と感謝の言葉を述べている。
「ありがとうございます」
「あなたがいなければ、私たちは...」
リリアは小さく頷きながら、一人一人に応えている。
その時、レイヴンの視線が地面に倒れている魔物の一体に留まった。
狼型の魔物だ。
しかし、何かが引っかかる。
近づいて調べる。
魔物の首に、金属製の首輪のようなものが巻かれていた。
「これは...」
「リオン、こっちに来てくれ」
レイヴンが呼ぶと、リオンが駆け寄ってきた。
「これを見ろ。魔物の首に装着されている」
リオンが首輪を調べる。
彼の表情が険しくなった。
「これは...魔法制御装置です。魔物を人工的に操るための」
「やはりか」
レイヴンの推測が確信に変わる。
「残っている他の魔物も確認しろ。恐らく全て同じ装置をつけているはずだ」
兵士たちが他の魔物の死骸を調べ始める。やがて報告が上がってきた。
「すべての魔物に同様の装置が確認されました」
レイヴンは立ち上がり、村全体を見渡した。
これは偶然の襲撃ではない。
計画的な攻撃だ。
魔物を操ってアルカディア村を襲わせ、混乱に乗じて——何かを奪う。
魔石鉱山への道を開くため?
それとも、別の目的があるのか?
「大佐」
ジョルジュが駆け寄ってきた。
その表情には動揺が見える。
「村人から話を聞いたのですが...リリア様のご両親が行方不明だそうです」
レイヴンの表情が変わった。
「詳しく聞かせろ」
「戦闘が始まった時、ご両親は自宅にいたそうです。しかし、今になって確認したところ、姿が見当たらないと」
レイヴンの脳内で情報が繋がっていく。
魔物の襲撃。
人工的に操られた魔物。
そして、両親の失踪。
すべてが計画的だった。
村を混乱させ、その隙に——リリアの両親をさらう。
「リリア様はご存知なのか?」
「いえ、まだ...」
ジョルジュが言葉を濁す。
レイヴンは広場の方を見た。
リリアはまだ村人たちと話している。
疲れた表情だが、安堵の色が浮かんでいる。
村を守れたという達成感。
だが、彼女はまだ気づいていない。
両親が、いないことに。
「リリア様を呼んでくれ」
レイヴンが言うと、ジョルジュが頷いて駆けていった。
しばらくして、リリアがレイヴンの元に来た。
「何か?」
「リリア様、少しお聞きしたいことがあります」
レイヴンは慎重に言葉を選んだ。
「ご両親は、今どちらに?」
リリアの表情が一瞬固まった。
「両親...?」
彼女の赤い瞳が、何かに気づいたように見開かれる。
「自宅にいるはずです。戦闘が始まった時、そこで避難するように言って...」
言葉が途切れる。
リリアは走り出した。
村の端にある一軒の家に向かって。
レイヴンとジョルジュがその後を追う。
家の扉は開いたままだった。
リリアが中に飛び込む。
「父さん! 母さん!」
声が、空っぽの家に響いた。
リリアが扉を開ける。
寝室——誰もいない。
次の扉。
台所——空っぽだ。
また次の扉。
物置——ここにも。
最後の部屋。
扉を開ける。
誰も、いない。
レイヴンが家の中を調べる。
戦闘の痕跡はない。
窓は閉まっている。
しかし、裏口の扉が僅かに開いていた。
外に出ると、地面に足跡が残っている。
数人分。そして、引きずられたような痕跡。
「ここから連れ去られたようです」
レイヴンが静かに言った。
リリアが裏口に出てくる。
その表情は青ざめていた。
「戦闘に気を取られている隙に、何者かがご両親を連れ去ったようです」
「そんな......」
彼女は地面に手をついた。
銀髪が顔にかかり、表情が見えない。
「戦っていて......気づかなかった......」
自責の念が、彼女の声に滲む。
「村を守ることに必死で......両親のことを......」
震える肩。
握りしめられた拳。
地面を叩く。
一度、また一度。
土が爪の間に食い込む。
レイヴンは静かに彼女の隣に膝をついた。
「あなたのせいではない」
その声は穏やかだが、確固としていた。
「あなたは村を守った。多くの人々の命を救った。それは間違いない」
リリアが顔を上げる。
今にもこぼれそうな涙をためた瞳が、レイヴンを見つめた。
レイヴンが続けた。
「魔物を操って村を襲わせ、混乱に乗じてご両親をさらう。すべて計画されていた」
彼は立ち上がり、リリアに手を差し伸べた。
リリアの視界に、一つの手が入った。
傷だらけの、大きな手。
「今できることは、ご両親を取り戻すことです」
リリアはその手を見つめた。
迷いが瞳に浮かぶ。
白い指が、ゆっくりと伸びる。
やがて、彼女はその手を取った。
「連れて行ってください」
リリアの声には、強い決意が宿っていた。
「私も一緒に行きます。両親を...取り戻したい」
レイヴンは頷いた。
「分かりました」
二人は家の外に出た。
そこにはリオンとジョルジュ、アストリアが待っていた。
「大佐、どうされますか?」
リオンが尋ねる。
レイヴンは少し考えてから答えた。
「リリア・クローデル様を、我々の保護下に置く」
リオンの眉が上がる。
レイヴンが説明する。
「彼女の戦略的価値は計り知れない。敵もそれを知っている。だからこそ、ご両親を人質に取ったのだろう」
リオンは考え込むような表情を見せたが、やがて頷いた。
「確かに、あれほどの魔法の力を持つ方は見たことがありません。我が軍にとって、大きな戦力になります」
「ジョルジュ、アストリア」
レイヴンが二人の魔法使いに向き直った。
「君たちはどう思う?」
ジョルジュが真っ先に答えた。
「異論ありません。リリア様の力があれば、多くの仲間の命を救えます」
アストリアも頷く。
「私も賛成です。それに...」
彼女はリリアの方を見た。
「一人で悲しみを抱えるべきではありません。私たちが支えます」
リリアはぎこちなく、小さく微笑んだ。
「ありがとうございます」
レイヴンは空を見上げた。
夜が明け始めている。
東の空が白み、新しい一日が始まろうとしていた。
「村に必要な物資を残し、負傷者の手当てを完了させろ。出発は明日の朝だ」
「承知しました」
兵士たちが動き出す。
レイヴンはもう一度リリアを見た。
彼女は家を見つめている。
銀髪が朝日を受けて輝いている。
赤い瞳には、悲しみと決意が混じっていた。
彼女の両親を取り戻すこと。
それが、レイヴンの新たな使命となった。
アルカディア村の夜が、ゆっくりと明けていく。
地平線の向こうから差す光が、新しい旅の始まりを告げていた。




