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グランディア戦記  作者: aik


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第6話「出逢い」

レイヴンは一瞬の躊躇もなく駆け出した。


「大佐!」


 リオンの制止の声が背後から聞こえたが、足を止めなかった。

 剣を握りしめたまま、炎に照らされた村の道を走る。

 崩れた壁、倒れた荷車、地面に散らばる生活用具。

 しかし、それらはすぐに背後に消えていく。

 視線の先には、ただ光だけがある。

 光は村の中央広場から立ち上っている。

 近づくにつれて、その輝きが増していく。

 まぶしさに目を細めながらも、レイヴンは速度を落とさない。

 広場の入り口に差し掛かる。

 そこで、レイヴンは立ち止まった。

 光の中から、人影が浮かび上がった。

 銀髪の少女だった。

 その髪は月光のように美しく輝き、赤い瞳が暗闇の中で宝石のように光っている。

 年齢は十代後半だろうか。細身の体に、旅人のような簡素な服を纏っている。

 

 少女の周囲に、複雑な魔法陣が展開されていた。

 ──これは……

 魔法陣は三層構造になっており、それぞれが独立して回転している。

 外側の円環には古代文字が刻まれ、中層には幾何学模様が描かれ、最内層には純粋な光の粒子が渦を巻いている。

 ジョルジュやアストリアが使う魔法陣とは、複雑さの次元が違う。

 まるで精密機械と手作りの道具を比べるような差だった。


「下がってください、邪魔です!」


 少女の声が、戦場に響いた。

 透明で、しかし力強い声。

 感情を抑えた、冷静な口調。

 レイヴンは数歩後退した。

 部下たちも、本能的に少女から距離を取る。

 少女の白い指が、杖の柄を握った。

 その瞬間、杖の表面に刻まれた文様が淡く光り始める。

 胸の前へ。

 杖の先端の宝石が、心臓の鼓動に合わせるように明滅した。

 その瞬間、魔法陣の回転速度が上がった。

 三層の円環が猛烈な速さで回り始め、光の粒子が激しく明滅する。

 空気が震え、地面が微かに振動した。

 光の波が生まれた。

 少女を中心に、同心円状に広がっていく。

 最初の一メートル、二メートル、五メートル。

 広場の端に到達する。

 そこで止まることなく、さらに路地へ、家々の間へ。

 波は魔物を見つけるたびに、一瞬だけ輝きを増す。

 そして、その命を消していく。

 その光は、まるで生きているかのように標的を選別していく。

 魔物に触れた光は眩い白に変わり、次の瞬間には魔物を消滅させる。

 しかし村民に触れた光は、優しい金色に変化して包み込むだけだった。


「ギャアアア!」


 魔物たちの断末魔の叫びが響く。

 狼型の魔物、熊のような巨大な魔物、そして空を飛ぶ鳥型の魔物。

 すべてが光に触れた瞬間、塵となって消えていく。


「ば、馬鹿な……」


 強化魔法使いが動揺の声を上げる。

 少女の赤い瞳が、動いた。

 視線が空間を切り裂く。

 強化魔法使いは、その視線の意味を理解した。

 防御魔法を展開しようとする。

 杖を掲げる。

 遅い。

 光が生まれた。

 一本、二本、三本。

 矢となって、空気を裂いて飛ぶ。

 胸。腹。額。

 三つの光が、三つの点を貫いた瞬間。

 世界は、再び動き始めた。


「ぐあっ……」


 強化魔法使いが倒れる。

 土煙が上がり、やがて静寂が戻った。

 魔物は全て消滅し、敵の魔法使いも戦闘不能。

 アルカディア村の戦いは、たった一人の少女の魔法で終わった。

 広場に立つ一人の少女。

 その周囲に、塵となって消えていく魔物たち。

 さらに外側には、呆然と立ち尽くす兵士たち。


「すげぇ……」


 ジョルジュの唇が震えた。

 声が漏れる。

 額の汗が一筋、頬を伝う。

 瞳孔が開いたまま、少女を見つめている。

 握り締めた杖を持つ手の指が、小刻みに震えていた。

 自分たちが必死で戦っていた敵を、一瞬で殲滅した少女の力。


「あんな魔法、見たことが……」


 アストリアも震える声で言った。

 彼女の手が、無意識に自分の杖を握りしめている。

 同じ魔法使いとして、圧倒的な力の差を見せつけられた衝撃。

 リオンがレイヴンの隣に駆け寄ってきた。


「大佐……あの少女は……」


 リオンの声は緊張していた。


「魔法使い、です。天然の」


 天然の魔法使い。

 一国に十数名しか存在しないと言われている、生まれながらの魔法使い。

 モデルナ帝国によって量産された強化魔法使いとは比較にならない、圧倒的な力を持つ存在。

 彼女はその存在の中でも抜きんでていた。

 少女は疲れた様子で、膝をついた。

 魔法陣が消え、周囲の光も薄れていく。

 あれほどの魔法を使えば消耗も激しいのだろうか、それとも安堵で腰が抜けているのか。

 レイヴンは少女に近づいた。


「大丈夫か?」


 手を差し伸べる。

 しかし少女は、その手を取らずに一人で立ち上がった。

 銀髪が風に揺れ、赤い瞳がレイヴンを見つめる。


「私は、リリア・クローデルです」


 短く、簡潔な自己紹介。

 感情を表に出さない口調は、どこかレイヴン自身に似ていた。


「あなたは?」


 リリアが問う。


「私はレイヴン・アッシュフォード。グランディア王国軍大佐だ」


 レイヴンは冷静に答えた。

 自分で名乗っておいて鼻で笑いたくなってくる。

 いつまでこの役を演じるのだろう。

 そんなことを考え、視線を少女に移す。

 ──天然魔法使い。

 ──推定年齢十七歳前後。

 ──魔法の威力:強化魔法使い十名分以上。

 ──戦略的価値:極めて高い。

 ──保護の必要性:最優先。

 論理的な分析が次々と浮かぶ。

 しかし、それと同時に。

 何か言葉にできない違和感があった。

 この少女の赤い瞳。

 どこか寂しげな、孤独を抱えたような眼差し。

 まるで、かつての自分を見ているような。


「大佐!」


 リオンが近づいてくる。


「村の安全は確保されました。負傷者の手当てを開始します」

「ああ」


 レイヴンは頷いたが、視線はリリアから離れなかった。

 村人たちが、恐る恐る広場に集まってきた。

 彼らの顔には、感謝と畏怖が混じっている。

 魔物を倒してくれた少女への感謝。

 しかし同時に、あれほどの力を持つ存在への恐れ。


「ありがとう……」

「助けてくれて……」


 村人たちが口々に礼を言う。

 しかし、誰も近づこうとはしない。

 まるで、触れてはいけない存在であるかのように。

 リリアは無表情のまま、小さく頷いただけだった。


「リリア・クローデル様」


 レイヴンが改めて彼女に向き合った。


「もしよろしければ、村の状況を確認したい。一緒に来てもらえるか?」


 リリアは少し躊躇した。

 その赤い瞳が、レイヴンの顔を観察するように見つめる。

 リリアの視界には、大佐の顔が映っている。

 疲労の色を隠した、冷静な表情。

 しかし、その瞳の奥に何かが揺れている。

 リリアは、それに気づいた。

 数秒の沈黙。

 やがて、彼女は静かに頷いた。


「……ええ」


 短い返事。

 炎に照らされた夜の村。

 レイヴン・アッシュフォードとリリア・クローデル。

 二人の出会いが、ここから始まった。

 それは物語の、静かな幕開けだった。

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