第5話「光」
暗闇の地平線を視線がゆっくりと辿る。
最初は何も見えない。
やがて遠くに小さな赤い光が浮かび上がる。進んでいくと、それが炎であることが分かる。
さらに近づくと、炎に照らされた村の輪郭が見えてくる。
屋根の形、壁の影、逃げ惑う人々のシルエット。
夜の帳の中で、アルカディア村が地獄のような赤に染まっていた。
村の向こうに立ち上る炎の光が、闇を赤く染めている。
レイヴンは手を上げて部隊を停止させた。
「偵察班、村の状況を報告しろ」
先行した斥候兵が戻ってくる。
「村は完全に包囲されています。魔物が最低でも三体、それに強化魔法使いが一名確認されました」
レイヴンの脳内に立体地図が展開される。
村の家屋、住民の避難場所、敵の配置。
すべてが光る点となって浮かび上がった
「住民は?」
「村の中央広場に集められているようです。魔物が周囲を取り囲んで、人質として利用されています」
狡猾な作戦だった。
住民を盾にされては、魔法による一斉攻撃はできない。
「敵の狙いは?」
「恐らく、我々を不利な状況で戦わせ、消耗させることでしょう。魔石鉱山への道を開く前段階として」
リオンが分析した。
レイヴンは頷いた。
「ジョルジュ中尉、アストリア中尉」
「はい!」
二人の魔法使いが前に出る。
「住民を巻き込まずに魔物を倒せるか?」
ジョルジュは困った表情を浮かべた。
「炎の魔法は範囲が広すぎて......住民の近くでは使えません」
アストリアも同じような表情だった。
「水の魔法も同様です。敵と住民が近すぎます」
魔法使いの力を封じられた状態での戦い。
これが敵の狙いだった。
「それでも、やるしかない」
レイヴンは決断した。
「第一大隊は東側から、第三大隊は西側から包囲する。ただし、住民に近づくな。まずは外周の魔物を倒していく」
「承知!」
「ジョルジュ、アストリア。君たちは強化魔法使いを相手にしてもらう。ただし、住民から十分距離を取って戦え」
「了解しました」
作戦が決定される。
困難だが、やるしかない。
「全軍、配置につけ!」
兵士たちが闇の中に散っていく。
足音を殺し、慎重に村を包囲していく。
レイヴンも剣を抜いた。
金属の冷たさが手のひらに伝わる。
今夜は、より多くの命がかかっている戦いだった。
風に乗って、か細い声が届く。
子供の泣き声だ。
レイヴンの視線が音の方向へ向けられる。
暗闇の中、炎に照らされた広場が見える。
そこに小さな影が見えた。母親に抱きしめられた幼い子供。
震える肩、涙に濡れた頬。
「助けて! 誰か!」
女性の悲痛な叫びが夜空に響く。
その声が、レイヴンの胸を鋭く突き刺した。
「攻撃開始!」
夜の闇を切り裂いて、グランディア軍の攻撃が始まった。
しかし、敵も準備していた。
魔物たちが一斉に吠える。
その声は夜空に響き、恐怖を煽った。
住民たちの悲鳴が上がる。
「きゃあああ!」
「助けて!誰か!」
狼型の魔物が地を蹴る。
土が跳ね、爪が地面を削る。
魔物の筋肉が躍動し、唾液を滴らせる牙が月光を反射する。
一方、レイヴンは動かない。
剣を構えたまま、冷静に敵の動きを見極めている。
距離が縮まる。
三メートル、二メートル、一メートル——
レイヴンが動いた。
半歩下がり、剣を一閃させる。
刃が魔物の首筋を捉えた瞬間、血飛沫が月明かりの中で弧を描いた。
「ギャウ...」
魔物が倒れる。
しかし、次の敵がすぐに現れた。
熊のような巨大な魔物だった。
その爪は鋼鉄のように光っている。
「うおおおお!」
部下の一人が魔物に襲われそうになる。
レイヴンが駆けつけ、魔物の背中に剣を突き刺した。
「大佐!」
「無事か?」
「はい!ありがとうございます!」
一方、ジョルジュとアストリアは強化魔法使いと対峙していた。
ジョルジュの肩越しに、強化魔法使いの姿が見える。
黒いローブに身を包み、不気味な笑みを浮かべている。
その背後には、怯える村人たちの姿。
「住民から離れろ!」
杖を握りしめるジョルジュ。
怒りに燃える瞳、食いしばられた歯。
だが、その表情には焦燥も浮かんでいる。
村人を盾にされては、全力で戦えない。
「卑劣な!」
ジョルジュが叫ぶ。
しかし、強化魔法使いは住民の近くから動こうとしない。
強化魔法使いが土の弾丸を放つ。
ジョルジュは横に飛んでかわしたが、反撃できない。
炎の魔法を使えば、住民を巻き込んでしまう。
「アストリア!何とかできないか!」
「住民を避難させることができれば...」
その時だった。
村の中心部から、突然強烈な光が立ち上った。
光は天に向かって柱となって伸びていく。
闇を切り裂き、夜を昼に変えるような、圧倒的な輝き。
すべての者が、その光に目を奪われた。
レイヴンが呟く。
「何だあの光は......」
レイヴンの驚愕した表情。ジョルジュとアストリアの呆然とした顔。
動きを止めた兵士たち、魔物たち、村人たち。
すべてが一斉に同じ方向を見つめている。
炎に包まれた家々、中央から立ち上る光の柱、その周囲を取り囲む小さな人影たち。
この夜、アルカディア村で何かが始まろうとしていた。
すべての運命が、この一点に収束していく。




