第3話「初陣」
午後の日差しが戦場を照らしている。
レイヴンは驚くほど冷静だった。
戦場を見渡すと、東門から回り込む第一大隊、中央で激突する兵士たち、南門で構える魔法使いたち。
レイヴンの視界に光る線が現れた。
敵兵の位置が赤い点となって浮かび上がり、味方は青い点で示される。
地形の高低差が等高線のように描かれ、最適な進軍ルートが黄金色の矢印となって現れる。
脳内の透明な地図が、戦場の状況を立体的に描き出していく。
すべてが手に取るように見えていた。
「第一大隊、側面攻撃開始!」
レイヴンの声が戦場に響く。
東側から回り込んだ部隊が、敵の右翼に突撃を開始した。
「ジョルジュ中尉、アストリア中尉!敵の強化魔法使いを叩け!」
「了解!」
ジョルジュの瞳が一瞬、オレンジ色に燃え上がった。
炎の魔法使いの証。
汗の一粒が頬を伝い、握り締めた拳の指関節が白くなる。
その眼差しには、部下を守ろうとする意志が宿っている。
握り締めた拳から、微かな熱気が立ち上った。
アストリアの青い瞳には、深い湖のような静寂があった。
しかし、その奥底で小さな波紋が揺れている。
「炎の槍よ!」
ジョルジュが杖を振り上げた。
大気が震え、巨大な炎の槍が空中に現れる。
それは矢のように敵の強化魔法使いに向かって飛んだ。
敵もまた魔法で応戦する。
青白い電撃が炎の槍を迎え撃った。
炎の槍と青白い電撃が宙で出会った瞬間、時が止まったように感じられた。
二つの力がせめぎ合い、やがて爆発的な光となって四散する。
その隙に、アストリアが動いた。
「みなさん、お下がりください。水流よ」
彼女の周囲に透明な水の壁が立ち上がる。
敵の魔法攻撃を受け止め、味方の兵士たちを守った。
レイヴンは全体の戦況を把握していた。
脳内の地図上で、青い矢印が敵陣に食い込んでいく。
第一大隊の側面攻撃が功を奏している。
敵は予想外の方向からの攻撃に混乱していた。
「今だ!全軍、突撃!」
レイヴンは剣を抜いた。
指が柄を握る。金属の冷たさが手のひらに伝わる。
刀身が鞘から滑り出る瞬間、微かな金属音が響いた。
不思議なことに、手に馴染んでいる。
(体が覚えているということだろうか。興味深い現象だ)
敵兵が剣を振り下ろしてくる。
レイヴンは半歩後ろに下がり、相手の剣を受け流した。
そのまま反撃の一撃を敵の胸に叩き込む。
「うっ...」
敵兵が倒れる。
次の敵に向かおうとレイヴンが駆ける。
地面を蹴る足音、風を切る剣、敵兵の驚愕した表情。
すべてが流れるように過ぎていく。
氷川静也の冷静な判断力と、レイヴン・アッシュフォードの戦闘技術。
二つが見事に融合していた。
部下たちの士気が上がる。
上官が前線で戦う姿は、兵士たちに勇気を与えていた。
西日が魔法の光と混じり合い、戦場を赤く染めていく。
一方、魔法使いたちの戦いは熾烈を極めていた。
ジョルジュが真っ先に敵の強化魔法使いに突進していく。
一対一の勝負を挑むように向き合った。
彼の周囲に炎の渦が巻き起こった。
しかし、敵の強化魔法使いも負けてはいない。
土の魔法で地面を隆起させ、炎の攻撃を防いでいる。
「小癪な...」
敵が反撃してくる。
土の弾丸が連続でジョルジュに向かって飛んだ。
「危ない!」
アストリアが慌ててジョルジュの前に割り込み、水の盾で土弾を防ぐ。
しかし、二人がかりでも敵一人と互角の戦い。
強化魔法使いといえど、侮れない相手だった。
「アストリア、連携だ!」
「分かりました!」
ジョルジュが炎を、アストリアが水を同時に放つ。
炎と水が混じり合い、灼熱の蒸気となって敵を包み込んだ。
土が湿気を含んで重くなり、魔法の制御が利かなくなる。
「ぐあああ!」
敵の強化魔法使いが悲鳴を上げる。
視界を奪われ、さらに得意な土魔法も封じられた隙に、ジョルジュが決定的な一撃を放った。
炎の刃が敵の胸を貫いた瞬間、強化魔法使いの目が見開かれ、口から息が漏れる。
膝から崩れ落ち、やがて地面に倒れ込んだ。
「やりました!敵の息の根を止めてやりました!」
ジョルジュが息を荒くしている。
魔法の連続使用で消耗が激しい。
アストリアも同様だった。
「ジョルジュさん、大丈夫ですか?無理は禁物ですよ」
二人の連携が、戦況を大きく変えた。
敵の主力である強化魔法使いが倒されたことで、モデルナ軍の士気が崩れ始める。
「敵勢力が崩れています!」
「追撃しますか!」
「いや、深追いは禁物だ」
レイヴンは冷静に判断した。
脳内の地図が、敵の退路を示している。
「敵を逃がせ。我々の目的は要塞の防衛だ」
「承知!」
モデルナ軍が撤退していく。
南門の戦いは、グランディア軍の勝利で終わった。
戦場に静寂が戻る。
太陽は西に大きく傾き、戦いが数時間近く続いていたことを示していた。
剣のぶつかり合う音が止んだ。
魔法の爆発音も消えた。
戦場全体を覆っていた喧騒が嘘のように静まり返り、ただ風だけが血の匂いを運んでいく。
レイヴンは剣を鞘に収めた。
手の震えは止まっていた。
初めての実戦を、なんとか乗り切ったのだ。
「大佐!」
部下たちが駆け寄ってくる。
「見事な指揮でした!」
一人の声が上がると、それに呼応するように他の兵士たちからも声が飛んだ。
輪になって集まった部下たちの顔には、敬意と安堵の表情が浮かんでいる。
称賛の声が飛び交う。
レイヴンは複雑な気持ちだった。
確かに勝利した。
しかし、それは自分の実力というより、神から与えられた特殊能力のおかげだ。
氷川静也としては、映画でしか知らない戦争を実際に体験したに過ぎない。
「損害報告は?」
リオンが手帳を確認しながら正確に報告する。
「軽傷者が十名、重傷者が三名です。死者は...」
一瞬言葉を詰まらせ、
「ゼロです」
リオンの報告に、レイヴンは安堵した。
部下を一人も失わずに済んだ。
それが何より重要だった。
「敵の損害は?」
「強化魔法使い一名を含む、約五十名が戦闘不能です」
圧倒的な戦果だった。
「皆、よく戦った。これで一息つけ......」
その時だった。
地平線の一点に黒い影が現れた。
やがてそれは馬と騎手の姿を現し、蹄の音が次第に大きくなっていく。
汗と泥にまみれた斥候兵の顔には、緊急事態の深刻さが刻まれていた。
「大佐!緊急報告です!」
馬から飛び降りた斥候兵が、息を切らしながら叫んだ。
「アルカディア村が襲撃されています!魔物の大群です!」
レイヴンの表情が一変した。
アルカディア村。
リオンの顔が青ざめる。
「まさか...南門は陽動だったのか」




