第13話「判決」
「待て、グレイ将軍」
クロンウェル大佐。
三十五歳、中央司令部・監察官。
改革派で知られる男。
グレイが振り返る。
「何か異論があるのか、クロンウェル大佐」
「大いにある」
クロンウェルが一歩前に出る。
「確かに、アッシュフォード大佐は独断で行動した。しかし、結果を見ろ」
クロンウェルの声に、力がこもる。
「結果?」
「要塞は無傷だ。村も救われた。魔法使いの保護にも成功した」
クロンウェルの声が会議場に響く。
「死者は、村民を含めてゼロ」
「これは失敗ではない、完璧な成功だ」
「結果論だ」
グレイが反論する。
「いや、戦術的判断だ」
クロンウェルが説明する。
「アッシュフォード大佐は、敵の意図を見抜いた」
「要塞への攻撃は陽動」
「本命は村だった」
「証拠もある」
クロンウェルが書類を掲げる。
「諜報部の報告によると」
「敵は事前に村を調査していた」
「目的はリリア・クローデル」
「天然の魔法使いの拉致だ」
傍聴席がざわつく。
「もし大佐が村を救援しなければ」
「リリアは敵の手に落ちていた」
「魔法使いを敵に奪われる」
「それこそ、国防上の大失態だ」
グレイは黙る。
「さらに言えば」
クロンウェルがレイヴンを見る。
「大佐は第一大隊を側面攻撃に回した」
「これにより、少数で敵を撃退」
「要塞の守備隊は温存された」
「つまり、要塞を守りながら村も救った」
「これを成功と言わずして、何と言う」
傍聴席の空気が変わる。
「結果的には完璧だ」
「記憶喪失についても言わせてもらう」
クロンウェルが続ける。
「確かに、記憶は失っている」
「しかし、戦術眼は健在だ」
「南門の戦闘、村の救援、すべて完璧な指揮だった」
傍聴席が静まる。
クロンウェルがレイヴンを見る。
彼の言葉が、会議場の空気を変えた。
「リリア・クローデルを呼べ」
ダルトン元帥の声が響く。
扉が開く。
リリアが入ってくる。
傍聴席がざわつく。
「魔法使い...」
「本物だ...」
リリアが中央に立つ。
「リリア・クローデル」
「はい」
「貴女はアッシュフォード大佐に保護されたと聞いている」
「はい」
「貴女は、この男を信頼しているか?」
リリアは迷わず答える。
「はい」
グレイが口を挟む。
「しかし、彼は記憶を失っている」
「そんな男を信頼できるのか?」
リリアはグレイを見る。
その目は、強い。
「記憶があるかないかは、関係ありません」
「何?」
「大佐は、私の両親を救おうとしてくれました」
声が震える。
「しかし間に合わなかった。父も母も死にました」
傍聴席が静まる。
「でも」
リリアの声が強くなる。
「大佐は最後まで諦めませんでした」
「危険を冒して救出作戦を実行してくれました」
「そして私に生きる理由をくれました」
レイヴンを見る。
「私は、この人についていきます」
「記憶があろうとなかろうと」
「この人は、信じるに値する人です」
「感情論だ」
グレイが言う。
「違います」
リリアの目が鋭くなる。
「私は魔法使いです。一国に十数名しかいないと言われている希少な存在。私が誰を信頼し誰についていくか。それは貴方達にとっても重要なはずです」
ダルトン元帥が身を乗り出す。
「そして私は、レイヴン・アッシュフォード大佐を選びます」
会場が静まり返る。
魔法使いの宣言。
その重みが、空気を変えた。
「もし大佐を解任するなら」
リリアが続ける。
「私も、軍を去ります。これは、選択です」
リリアは真っ直ぐにダルトン元帥を見る。
「私は大佐と共に戦いたい。それだけです」
沈黙。
長い、沈黙。
やがて、ダルトン元帥が立ち上がった。
老元帥の決断が、すべてを決める。
「分かった」
会場が息を呑む。
「アッシュフォード大佐の解任は、見送る」
「元帥!」
グレイが声を上げる。
「ただし、条件がある」
ダルトン元帥がレイヴンを見る。
「第一」
「貴官は、今後すべての行動をクロンウェル大佐に報告すること」
「独断行動は二度と許さない」
レイヴンは答える。
「...承知しました」
「第二」
「週に一度、軍医の診察を受けること」
「記憶が戻らなくても構わない」
「しかし、精神状態の監視は続ける」
「承知しました」
「第三」
ダルトン元帥がリリアを見る。
「リリア・クローデル」
「はい」
「貴女は第三師団、アッシュフォード大佐の部隊に正式配属する」
「待ってください、元帥」
グレイが立ち上がる。
「記憶喪失の大佐に、魔法使いを預けるのですか?」
「だからこそ、監視をつける」
ダルトン元帥がクロンウェルを見る。
「クロンウェル大佐」
「はい」
「貴官が、アッシュフォード大佐とリリア・クローデルの監督責任を負え」
クロンウェルは頷いた。
「...承知しました」
「月に一度、状況を報告すること」
「アッシュフォード大佐に異常があれば、即座に介入する」
「リリア・クローデルの安全を最優先とする。いいな」
「はい」
「アッシュフォード大佐、貴官は、リリア・クローデルを守れ」
「彼女は国にとって重要な存在だ」
老元帥の目が鋭くなる。
グレイが最後の抵抗を試みる。
「しかし元帥、これでは甘すぎる」
「グレイ将軍」
ダルトン元帥が、グレイを見る。
「結果を見ろ」
「要塞は守られた」
「村も救われた」
「魔法使いも得た」
「これは成功だ」
「確かに、手順は問題があった」
「しかし、戦争中だ」
「結果が全てだ」
グレイは黙る。
「ただし」
ダルトン元帥が全員を見渡す。
「次に独断行動があれば、容赦しない。分かったな、アッシュフォード大佐」
「はい」
「では、これで閉廷する」
木槌が叩かれる。
ガン。
重い音が響く。
憲兵がレイヴンの手錠を外す。
カチャリ。
金属の音。
自由になった手を、レイヴンは見つめた。
(これで、終わったのか)
いや、まだ終わっていない。
これは始まりだ。
監視下での新しい戦いの始まり。
裁判は終わった。
しかし、本当の試練はこれからだった。
会議場を出る。
リオンが駆け寄る。
「大佐!」
「すまない、心配をかけた」
「いえ、良かった」
ジョルジュとアストリアも来る。
「大佐、お疲れ様です!」
リリアが近づいてくる。
「大佐」
「リリア」
「改めてよろしく頼む」
「はい。一緒に、戦えるんですね」
「ああ」
その時、クロンウェルが近づいてくる。
「感動の再会の邪魔をして悪いが」
「クロンウェル大佐」
「アッシュフォード」
「はい」
レイヴンはこの男を見る。
改革派で知られる監察官。
保守派のグレイとは対立関係にある。
(この人が自分を助けた理由は......)
クロンウェルが口を開く。
「お前の戦術は面白かった。側面攻撃、敵の陽動を見抜く判断。記憶を失ってもお前は優秀だ。だが」
表情が引き締まる。
「月に一度、報告書を出せ」
「お前の行動、リリアの状態」
「すべてだ」
「そして、独断行動は二度とするな」
「次は、俺でも庇えない」
「承知しました」
(グレイへの対抗と実力主義か。ならば、結果で応えるしかない)
「それと」
クロンウェルがリリアを見る。
「リリア・クローデル」
「はい」
「お前はアッシュフォードの部下だ。しかし、俺の監督下でもある。何か問題があれば俺に直接報告しろ」
「...はい」
「お前を守るのは軍の義務だ。忘れるな」
クロンウェルが去っていく。
「リリア」
「はい」
「重荷をかけてすまない」
「いえ、自分自身で決めたんです。戦うと」
廊下を歩く。
レイヴンとリリアが先頭。
リオン、ジョルジュ、アストリアが続く。
夕日が差し込み影が長く伸びている。




