第12話「軍法会議」
朝日が窓から差し込んでいた。
レイヴンは執務室の窓際に立っていた。
外を見つめている。
アルカディア村から帰還して、一晩が過ぎた。
ノックの音。
「入れ」
扉が開く。
二名の憲兵が入ってきた。
「レイヴン・アッシュフォード大佐」
憲兵が一歩前に出る。
「貴官を拘束する」
レイヴンは振り返った。
表情は変わらない。
「何の容疑だ」
「命令違反、独断専行、その他」
憲兵が手錠を取り出す。
「中央司令部への出頭を命じる」
レイヴンは静かに両手を差し出した。
カチャリ。
手錠がかかる音が響く。
冷たい金属が手首に食い込む。
その時、扉が勢いよく開いた。
「何をしている!」
リオンが駆け込んでくる。
息を切らしている。
「命令だ、リオン・ウィルソン副官」
憲兵が淡々と答える。
「貴官も証人として召喚される」
「......]
憲兵に促されてレイヴンは部屋を出る。
廊下には早朝だが兵士たちが整列していた。
皆驚いた顔で見ている。
「大佐...」
ジョルジュの声が聞こえる。
アストリアが唇を噛む。
レイヴンは彼らに小さく頷いた。
階段を降りる。
中庭に出る。
そこにリリアが飛び出してきた。
「大佐!」
レイヴンは立ち止まる。
「リリア」
「なぜ手錠を...」
「軍法会議だ」
レイヴンは静かに答えた。
「心配するな」
「でも...」
「待っていてくれ。すぐ戻る」
リリアは言葉を失う。
馬車が用意されていた。
レイヴンが乗り込む。
馬車が動き出す。
リリアは握りしめた拳を震わせていた。
(大佐......)
蹄の音が遠ざかり、やがて門の向こうに消えた。
中央司令部。
大会議室。
円形劇場のような構造。
上段に裁判官席。
中央に被告席、柵で囲まれている。
周囲に傍聴席、多数の軍人が座っている。
レイヴンが中央に立たされる。
手錠をかけられたまま。
柵に囲まれた被告席。
傍聴席から多数の視線。
レイヴンは表情を変えない。
冷静に前を見据えている。
(この配置は不利だ)
レイヴンは冷静に分析した。
(上段の五名の将軍。傍聴席は約二百名)
(敵対的な視線が......八割以上か)
(味方は、いない)
上段、中央のダルトン元帥が立ち上がる。
七十代、白髪、威厳ある老人。
「これより、レイヴン・アッシュフォード大佐の軍法会議を開廷する」
静まり返る会議場。
「書記官、罪状を読み上げよ」
書記官が立ち上がり、紙を読む。
「被告、レイヴン・アッシュフォード大佐」
「グランディア王国軍法典に基づき、以下の罪状で審問する」
「第一条、軍法典第四十三条違反」
「上官の命令なく配置を離れ、任務を放棄した」
「具体的には、要塞防衛の任務中、独断で一千五百名の兵力を率いてアルカディア村へ向かい、要塞を第二大隊のみの守備とした」
ざわざわと声が広がる。
「第二条、軍法典第五十七条違反」
「権限を越えた軍事行動の実施」
「具体的には、上層部への事前報告なく、敵国領内のグレンツ砦への夜間奇襲を決定、実行した」
傍聴席のざわめきが大きくなる。
「第三条、軍法典第十二条違反」
「健康状態の虚偽申告および不適格な状態での指揮」
「具体的には、落馬事故による記憶喪失の疑いがあるにも関わらず、軍医の診察を受けず、三千名の指揮を継続した」
「第四条、軍法典第六十一条違反」
「軍機密の無許可開示」
「具体的には、天然の魔法使いリリア・クローデルを、中央司令部の許可なく軍の保護下に置き、軍事機密にアクセス可能な状態とした」
会議場が騒然とする。
ダルトン元帥が木槌を叩く。
「被告、これらの罪状に間違いはないか」
レイヴンは答える。
「間違いありません」
会議場が静まり返った。
自ら罪を認めた。
(否定しても無駄だ)
レイヴンは冷静に判断していた。
(すべて事実。証拠もある)
(ならば認めて、情状酌量を狙うしかない)
「では、審問を始める」
木槌が再び叩かれる。
グレイ将軍が立ち上がる。
見た目は五十代、厳格な顔つきだ。
「レイヴン・アッシュフォード大佐」
低く、重い声。
「まず、第一条について問う」
グレイが書類を掲げる。
「これは当日の配置記録だ」
「バスティオン要塞、午後八時」
「第一大隊および第三大隊、要塞を離脱」
「残存兵力、第二大隊のみ、約千名」
「通常配置の三分の一だ」
グレイがレイヴンを見る。
「もし、この間に要塞が襲撃されていたら?」
レイヴンは答える。
「...要塞は陥落していたでしょう」
「そうだ」
グレイの声が大きくなる。
「貴官は、三千の部下の命を」
「王国の防衛線を」
「たかが一つの村のために賭けた」
傍聴席がざわつく。
「次に、第二条」
グレイが別の書類を掲げる。
「中央司令部への通信記録」
「アルカディア村救援についての事前報告——なし」
「グレンツ砦奇襲についての許可申請——なし」
「貴官は、誰の許可を得て敵地に侵入したのか?」
レイヴンは沈黙する。
「答えろ」
「...誰の許可も得ていません」
「独断だな」
「はい」
グレイが傍聴席を見渡す。
「諸君、聞いたか」
「この男は、軍の指揮系統を完全に無視した」
傍聴席から怒りの声が上がる。
「さらに問題がある」
「第三条、記憶喪失の件だ」
「証人を呼べ」
ダルトン元帥が命じる。
「リオン・ウィルソン副官、前へ」
リオンが証人席に立つ。
その顔は蒼白だった。
「貴官は、大佐の記憶喪失を知っていたか?」
グレイが問う。
リオンの唇が震える。
「...はい」
「それを、いつ知った?」
「落馬事故の翌朝です」
「なぜ報告しなかった?」
リオンが言葉に詰まる。
「戦闘が始まり、時間が——」
「言い訳は聞いていない」
グレイの声が冷たい。
「貴官は、記憶を失った上官が三千の兵を指揮することを黙認した」
「これは共犯に等しい」
リオンの拳が震える。
爪が掌に食い込む。
傍聴席の後方。
ジョルジュが立ち上がろうとする。
アストリアが慌てて押さえつける。
「大佐は何も悪いことを——」
「今は抑えて、ジョルジュ」
ジョルジュの肩が震えている。
レイヴンは彼らを見た。
(すまない)
心の中で謝罪する。
(お前たちまで巻き込むわけにはいかない)
「証人、大佐の様子はどうだった?」
グレイが続ける。
「いつもと違いました」
「どう違った?」
「以前は冷徹でしたが......優しくなられました」
「つまり、人格が変わったのだな?」
「それは......」
リオンが答えに窮する。
「答えろ」
「......はい」
会議場が騒然となる。
グレイがレイヴンに向き直る。
「記憶を失い、人格が変わった男」
「こんな者に、三千の兵を任せられるか?」
傍聴席から同意の声。
「答えろ、アッシュフォード大佐」
「貴官は、自分が正常だと言えるのか?」
レイヴンは静かに答える。
「記憶は失いました」
「しかし、判断力は健全です」
「判断力?」
グレイが嘲笑うように言う。
「要塞を留守にすることが、正常な判断か?」
「村を優先することが、軍人として正しいのか?」
レイヴンは何も答えない。
(反論できない)
レイヴンは冷静に状況を分析した。
(罪状はすべて事実。証拠は揃っている。傍聴席の9割が敵対的)
結論は明白だった。
(勝算はゼロ。詰んでいる)
これは氷川静也が得意としていた、冷徹な現状分析。
その分析が、自分の終わりを告げている。
「答えられないか」
グレイが一歩、レイヴンに近づく。
柵のすぐ外まで。
「つまり、貴官は自分の異常性を認めるのだな」
沈黙。
「返答なしと記録する」
グレイが傍聴席を見渡す。
「諸君、見たか。この男は弁明すらできない」
拍手が起こる。
グレイが書類を掲げる。
「よって、私は以下の処分を求める」
グレイが書類を読み上げる。
「レイヴン・アッシュフォード大佐の即時解任」
「精神鑑定施設への無期限送致」
「第三師団の解体および再編」
レイヴンの呼吸が、わずかに変わった。
(第三師団の解体...)
リオン、ジョルジュ、アストリア。
部下たちの顔が浮かぶ。
「保護下の魔法使い、リリア・クローデルの王都への強制移送」
その瞬間。
レイヴンの手が、わずかに震えた。
手錠の鎖が、かすかに音を立てる。
(リリアを......)
「彼女は戦略的価値が高い」
グレイが続ける。
「中央で管理すべきだ」
「精神的に不安定な状態の魔法使いを、解任された大佐の影響下に置くことはできない」
(約束した)
レイヴンの唇が、わずかに動く。
(強くすると、ともに戦うと)
傍聴席の大半が拍手する。
賛成の声が会議場を満たす。
レイヴンは立っている。
手錠が、冷たい。
(だが、すべて終わりだ)
(選択し、戦った結果がこれか)
(人生とは本当にままならないものだ)
冷静に、自分の運命を受け入れようとした。
糾弾の声が会議場を満たす中、レイヴンは一言も反論しなかった。
その時。
一人の男が立ち上がった。




