第9話 養父の苦悩
1話あたりの文字数が多すぎたので、9話まで分割して再投稿しています。
ジョージとエドワードが話している間、トーマスは私室で空になったワイングラスを片手に、革張りの椅子に深く身を沈ませていた。
様々な苦悩に頭を悩ませていると、扉がノックされる音がトーマスの意識をかき乱す。
「……誰だ?」
陽が沈み、城の中は静寂に満ちている。衛兵が定期的に見回りをしているが、その鋲付きブーツの足音は聞こえなかった。一体誰が訪れてきたのかと訝しんだが、返ってきた声でこの疑念はすぐに晴れる。
「わたくしです、父上」
「あぁ、キャシーか。入りなさい」
侍女も付けず、寝間着のまま入ってきた娘にトーマスは呆れてブランケットを手渡した。
「まだ雪解けが済んでいないというのに、なんだその薄着は」
「わたくしはこのくらいの寒さが一番好きなのですよ」
受け取ったブランケットを半分広げて肩に掛けたキャサリンは、空いているグラスと机の上に置かれたボトルを見て表情を曇らせる。
「……またお酒ですか、父上」
「飲まんとやってられんのでな。──好きにさせてくれ」
トーマスはぶっきらぼうに吐き捨てながら、ボトルに手を伸ばすと、それをキャサリンが一足早く取り上げる。ムッとしたトーマスが娘を睨むと、キャサリンは心底呆れたと言いたげな顔をしながら彼の手からグラスを奪い去り、ボトルの蓋を閉めて、父の座る椅子から正反対のローチェストの上に置いた。
「悩みがあるのなら、お酒に逃げないでわたくしに話して下さらないのですか?」
「悩みなど……掃いて捨てるほどある。それをいちいち全部、お前に愚痴っていたらキリがない」
右手からグラスを奪われたトーマスは、代わりに自身の顔に頬杖を突き直しながら苦笑する。そんな父の前に座ったキャサリンは、月明かりに照らされた不敵な笑みを浮かべながら、トーマスの悩みを言い当てた。
「ジョージのことでしょう?」
「……!──なぜ分かる。フランクの将来を憂いていた可能性もあるだろう?」
「クリフォード卿の悩みなど、日常茶飯事ではありませんか。それに、子爵ともあろうお人が起こす問題行動に父上が頭を悩ませることではありませんわ。彼自身で解決すべきです」
婚約者からバッサリと切り捨てられたフランクの不憫さがツボに入ったトーマスは、声を出して笑った。
「ハハハ!確かに、あいつの世話を焼きすぎだな、私は!ハッハッハ!!」
「……」
キャサリンは返事をせずに、じっと笑う父を見つめる。思い切り笑ってスッキリしたトーマスは、一転感情を沈ませて独語した。
「……そうだ。世話を焼きすぎたんだ。甘やかした。大目に見た。本来の立場に過分な待遇をジョージにしてしまったんだよ。だからフランクはジョージに嫉妬して毛嫌いするし、ジョージも私の庇護があると大きく出てしまった」
項垂れながら後悔を吐露する父の姿に、キャサリンは肩の力を抜いて息をゆっくりと吐く。溜め込んでいた感情の発露に、娘として、キャサリンは安堵した。
「正直、ジョージの罪は情状酌量の余地があると思いますが」
「分かっているさ。元はと言えば無理にフランクに仕えさせようとした私の落ち度だ。……それに、あいつの父には命を救われた恩がある。ジョージを預かると誓った手前、本当に自分を情けなく思う」
唇を嚙みしめるトーマスに対し、キャサリンは気丈な態度を崩さない。
「前半はともかく、後半はジョージのしたことに何ら関係ありませんから離して考えてください、父上。サー・ダニエルも、立場を弁えなかったジョージのことを情けない息子と言っているでしょう」
キャサリンの冷静な指摘が、今度はジョージを襲った。
「お前はいったいどっちの味方なんだい、キャシー」
娘の口から飛び出す切れ味抜群の言葉のナイフに対し、トーマスは疑問を抱く。この父の疑問を、キャサリンは毅然とした態度で回答した。
「どちらの味方でもありませんわ。ただわたくしは、今回の件の落ち着くところとして、良案があると申し上げているのです」
「……拝聴しよう」
10日後、謹慎を終えて転居のために部屋を片付けているジョージのもとへ、フランクがやってきて、少し不満そうな顔で思いもよらない言葉を言い放った。
「狩りに行くぞ」
登場人物
・トーマス・ヘンズリー……オルグレン辺境伯爵。魔法使用に制限を設けたい保守派有力貴族。
・キャサリン・ヘンズリー……トーマスの愛娘。フランクの非公式の婚約者。
・ジョージ・ウェブスター……革新派の襲撃を受け、記憶と両親を失った。
・フランク・ヘンズリー……前オルグレン辺境伯爵の遺児。




