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第6話 裁きの時

1話あたりの文字数が多すぎたので、9話まで分割して再投稿しています。

 目が覚めると、自室だった。豪華な装飾が施された壁には、流れの画家が描いたウェブスター家の紋章の一枚絵が掛けられ、頭上のベッドの天蓋には、これまた家の紋章が刺繍であしらわれている赤いレースカーテンが垂れている。暖炉に目を向けると、薪は片づけられており、煤落としが済まされたレンガが、今年の前半の使命を全うしたことを示していた。

 室内は前から置いていた花の香りに満たされていたが、それとは別の匂いも鼻をくすぐる。──この鉄臭く、数多の死線をくぐり抜けてきただろう戦士の匂い。そちらへ目線をやると、ややくたびれたと言いたげな顔をした老騎士が丸椅子に腰かけていた。


「起きたか、ジョージ」


 武芸の師であるエドワードは呆れた視線をジョージに向けながら、やっと目覚めたなと呟き、続けて、起き上がれるのならすぐに起きろと低い声で言った。


「急な状況だったからの。手荒く止めたことは詫びる……が、今回の件はお前にも原因があるとノエルの小僧から聞いとる」


 ジョージが痛む体を起こしながら、自身が何時間気絶していたか尋ねた。


「2時間といったところじゃの。お前と若をぶちのめ……もとい制圧したのが夕方で、城の連中は先ほど夕飯を食ったからそれくらいじゃろ」


「そうですか……。あと、ぶちのめしも制圧も大して意味変らないのでは……?」


「やかましいわ。他人の揚げ足取り出来る元気があるならさっさと起きぃ!」


 そう怒鳴られて、ジョージはベッドから転がり落ちるように起きた。ふと壁に立てかけられた鏡が目に入り、顔を映すと、右頬に大きな湿布が貼られている他に、顔のあちこちに赤と青の痣が出来ているのが分かる。やりすぎだろ……と口には出さなかったものの、エドワードは鏡越しにその表情を読み取って、若干申し訳なさそうな表情をしていた。

 身支度を済ませ、エドワードと共に自室を後にしたジョージは、どこに連れて行かれるかおおよそ理解していた。なので、先導するエドワードに行き先を尋ねることもなく、隊長の方も、先ほどとは正反対に沈黙を貫いている。5分も経たずにジョージはトーマスの執務室前に到着した。立派な二枚扉の向こうからは、壮絶な言い争いの余波が聞こえる。ジョージはこの時、心の底からフランクの喧嘩を買ったことを後悔していた。


「……どうしても……入らなきゃ……いけませんか……?」


 一縷の望みを賭けてエドワードの方を見上げたが、諦観の目を向け返され、師に促されるまま扉をノックした。

 コンコンコン。……返事がない、というか部屋の主が口論、もとい口喧嘩相手に熱中しているせいで聞こえていないのだろう。もう一度強めにノックすべきか、と逡巡していると、エドワードがスッと一歩進み出て、こうするのだと言わんばかりに扉を押し開けた。

 バタン!と大きな音を立てて二枚扉が勢い良く開かれる。音の鳴り方から、押し開けたというより叩き開けたという方が適切な状況だったが、辺境伯とその甥は一瞥もせずに大喧嘩を続行していた。


「お前はいつも問題を起こしてばかりだが今回は極めつけだ!弱者を複数人でいたぶりに行った挙句、挑発に乗って丸腰相手に剣を向けるとはな!!貴族としての自覚を忘れたのか!?」


「弱者!?あれのどこが弱者だって言うんです?歳上の私を投げ飛ばし、街一番の腕っ節を誇るニコラスと対等に徒手格闘する奴を弱者とは言いません!」


「それはお前たち3人が稽古をサボっていたからだろうが!……ジョージはエドワード隊長の訓練を真面目に受けていたというのに」


「あの爺は容赦がなさすぎる!あんな訓練受け続けたら、命がいくらあっても足りやしない!」


「また言い訳をするか!──だがその点に関しては私も同意見だフランク!隊長のしごきは私も受けていたからよぉく知っている。彼には遠慮というものがない!」


「でしょう!?」


 話がいつの間にかエドワード隊長の訓練の過酷さと、指南役の文句にすり替わっている。なんとも滑稽な状況に緩む口元を抑えながら、ふと当の本人を見やると、彼の目は据わっていた。恐ろしいほどの怒気を孕んで。


(目ぇ怖!!)


 あの目は明らかに、後で2人をどうしようか……と考えている目だ。ジョージは普通に戦慄したが、しょうもない口喧嘩を続ける貴族たちと静かにキレる隊長のシュールな対比に耐え切れず、思わず笑いがこぼれた。

 この笑い声に、白熱していたトーマスとフランクの口喧嘩は遮られ、2人の視線がジョージに向けられた瞬間、自身も当事者であることを思い出してジョージの顔が引きつる。──まずい、絶対怒られる……と背中に冷や汗をにじませ始めたその時、背後の扉をノックする音が静かに執務室中に響いた。

 トーマスは一度ジョージに目を向けたが、すぐに扉の外にいる来訪者へ誰何した。


「……誰だ?」


「あなたの大事な一人娘ですわよ、父上」


 瞬時の返答にトーマスは片眉を上げ、フランクはうへぇと言いたげな表情を見せた。トーマスは少し考える素振りを見せたものの、諦めた様子で入室を許可する。間もなくして二枚扉が侍女たちによって開かれ、ウェーブがかった濃い茶髪を肩まで垂らした若い女性が、朱色のドレスを翻して入ってきた。


「執務室の前の廊下だけじゃなく、城中に響いておりましたわ。……どうせまたクリフォード卿が何かしでかしたのでしょうけど、お声は抑えていただきませんと」


 入室して早々に父親を窘めつつ、クリフォード卿──フランクが保有する子爵位。──への達観した皮肉を放った彼女の名はキャサリン・ヘンズリー。トーマスの愛娘であり、非公式ながらフランクの婚約者である。ジョージも何度か挨拶は交わしたが、冷たい怖さを持っている苦手な相手だ。フランクも心なしか部屋の端に寄ってキャサリンの視界に入らないようにしているように見える。そんな怯える2人から離れて娘に歩み寄ったトーマスが開口一番、騒動の謝罪を口にした。


「すまん、キャシー。少しばかり興奮しすぎた」


「……まぁ、いつものことと言えばその通りですけれど、流石に今日は騒がしすぎましたわね。何があったのです?」


「それはだな……」


 40歳のトーマスが16歳のキャサリンに事情を説明している様子を傍から見ると、妻に尻に敷かれている夫のようにジョージの目には映った。早くに母を亡くしたキャサリンは、若くして城の女主人を務めることになったとエドワードから聞いていた。なので、ジョージの目に映る親子の姿が、夫婦のように見えることは、キャサリンが上手く女主人を演じられていることの表れであるのかもしれない。

 ジョージが2人のやり取りを眺めていると、ふとフランクの側にノエルがいることに気づく。主人たちの存在感を前にして完全に委縮してしまっており、先刻より幼げな印象を受けた。案外と歳が近いのかも……とジョージが余所見をしていると、キャサリンへの説明を終えたトーマスが手を叩いて整列を促した。


「ジョージも来たことだし、今回の件の状況整理を行うぞ……先にフランクから事情を聞こうと思っていたのだが、結果はさっきの通りだ。なので、ジョージ。お前から時系列に沿ってどういった経緯で喧嘩に発展したか説明していきなさい。」


 椅子に座ったトーマスから指名されたジョージが、自身の非をどう言いつくろうかと考えようとした時、トーマスの隣に立つキャサリンが口を挟む。


「あなたが見たこと、されたこと、したこと。全てを正確に報告しなさい」


 彼女の目は鋭くジョージを貫いた。その黒く美しい目は何者にも媚びず、へつらわず、妥協しない厳格な女主人を体現したかのようで、邪な隠蔽を試みたことを見透かしているようにジョージは感じた。全身にのしかかる強烈な圧に手が震える。やはり、この人は苦手だと再認識した時、別の圧を敏感になっている肌が感じとった。


(小父上が、いつもの小父上じゃない……)


 少し前の辺境伯とは思えない醜態から一転して、トーマスは厳しい目をジョージに向ける。娘の前というのもあるだろうが、トーマスからすれば、自身の後継者と目するフランクと、被保護者のジョージが血を見るまでに戦ったことは領主として看過出来ない。当事者たちの証言を聞き、両者に相応の裁定を下すことが彼の責務だ。


(嘘を吐いたり、取り繕ったりするのは無理だ……)


 この時点で、ジョージの邪念は心の隅に追いやられた。何年も父を支えたキャサリンと、いつにも増して威厳あふれるトーマスを相手にジョージは場数の差を見せつけられ、言い訳をする余裕を失ってしまう。


(逆にフランクは、この2人によくもまぁ何回も歯向かえるな)


 並々ならぬ叔父への反抗心と精神力にある種の尊敬を抱きつつ、ジョージは自身が発する言葉ひとつひとつを慎重に選択し、当時の状況を説明した。

 続いてフランクの番がきた。フランクも叔父の責務を重々承知している。いつになく真剣なトーマスか、従姉のキャサリンの冷たい視線か、あるいはその両方か。フランクの説明はぎこちないものの、堂々と自己の主張を弁明した。彼の主張は、当然のことながら自身が被害者だとする証言ではあったが、嘘の証言はせずに正直に話したことにジョージは安堵する。

 次に、負傷しているニコラスに代わって従者のノエルにもトーマスは証言を求めた。ノエルは汗をその都度ハンカチで拭き、フランク以上にどもりながら話した。その内容は事実に即しているが、


「無調法者がフランク様に喧嘩を売ったことが原因だ」


 と言っているものであり、フランクと歩調を合わせてジョージに非があると訴えた。

 最後に現場の騒ぎを静めたエドワードが当時の状況を振り返る。


「わしは2人の喧嘩を止めただけで、どういった経緯で2人がやりあったのか存じませぬ。……じゃが、2人とも己を見失うほど怒りに身を任せておった。あそこまで怒っとる若を見たのは初めてじゃ。ジョージも同様に。……これらのことは、若たちがジョージの父、ダニエル・ウェブスターと家の名誉を傷つけたこと。ジョージがフランクの怪我を嘲笑い、挑発し返したこと。この両者の過失が原因であることは疑いありますまい」


 冷静な分析と鋭い指摘、客観的な状況説明にトーマスは深く頷き、フランクとノエルは返す言葉もないようで俯いている。全面的に庇ってくれたわけではないが、エドワードの報告が決定打となり、トーマスは今回の件を喧嘩両成敗とすることに決めた。


「今から神の御名において裁定を言い渡す。不服があったとしても、遮ることはまかりならん」


 形式ばった言い方を慣れた様子でこなしたトーマスは、まずフランクを呼んだ。呼ばれたフランクは一歩前に進み、不安そうな顔をトーマスに見せた。


「フランク・ヘンズリー。卿には、5日間の謹慎と同期間における職務停止処分を言い渡す」


「……御意」


 不服そうな返事をしたフランクを、トーマスは下がれと促す。続いてジョージの番だ。


「ジョージ。前へ」


 緊張する手足をぎこちなく前へ出し、危うい足取りで進んだジョージは、自身が今どんな顔をしているか分からなかった。心配。恐怖。怯え。期待。楽観。あらゆる感情が理性の鎖から解き放たれようと暴れているのが理解出来た。自身が選んだ選択がどういった結果をもたらすのか。……気分は、最悪だ。


「ジョージ・ウェブスター」


 ぐるぐるする思考に囚われているジョージの名が呼ばれる。ハッとして顔を上げると、依然厳しい表情を崩さないトーマスと目が合い、その瞳の中にほんの少しの後悔が浮かんでいるように見えた。

 しかし、後悔の感情はすぐに消え、すぐに真剣な眼差しに染まる。その目はキャサリンとそっくりの黒目で、彼女と同じような責任感に溢れた漢の目だ。目の周りは皺が寄り、隈が出来ている。40歳とは思えない苦労が顔に現れているが、今まさに、彼に苦労を与えている要因の1人になっていることを知ったジョージは、顔をゆがませる。

 数秒見つめ合った後、トーマスは冷静に裁定を下した。


「お前には10日間の謹慎と、私、トーマス・ヘンズリーとの扶養関係を解除することを言い渡す」


 扶養関係の解除。つまり、「お前の面倒はもう見ない」と大好きな養父から告げられた。

 全身が震える。歯がガチガチと鳴り出して止まらない。慈悲を求めてトーマスの目を見るが、彼は目をそらして下がれと手を振る。しかし、中々動かないジョージを見かねて、エドワードがジョージの服の襟を掴んで無理矢理退室させた。二枚扉が閉められるその瞬間まで、トーマスは決してジョージと目を合わせようとはしなかった。

・ジョージ・ウェブスター……革新派の襲撃を受け、記憶と両親を失った。

・フランク・ヘンズリー……前オルグレン辺境伯爵の遺児。

・トーマス・ヘンズリー……オルグレン辺境伯爵。魔法使用に制限を設けたい保守派有力貴族。

・キャサリン・ヘンズリー……トーマスの愛娘。フランクの非公式の婚約者。

・エドワード隊長……オルグレン辺境伯軍の隊の1つを預かる老将。

・ノエル……フランクの側近。父が男爵。

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