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第2話 新しい家族

お待たせしました。第2話です。

 まぶたを少し持ち上げると、暖色に彩られた世界が目に飛び込む。壁には豪華な装飾、頭上のベッドの天蓋には、金色の刺繍があしらわれた赤いレースカーテンが掛けられている。薪が爆ぜる音に引き寄せられて視線を向けると、綺麗に灰掃除された暖炉が、部屋に灯りと温もりをもたらしている。鼻をくすぐる甘い香りに誘われて、ベッドサイドを見ると、変な形の花瓶に不釣り合いな美しい花が生けられていた。名前は何というのだろう。

 よく見てみようと思い、上半身を起こそうとして腹筋に力を込めると痛みが走った。腹だけではなく全身が痛い。加えて怠さも感じる。

 身体の異常から自身が病人だと察したが、身に覚えがない。

 混乱する脳を叩き起こすために、何度もまばたきをした。ぼやけていた頭と視界がクリアになってから、改めて部屋全体に目を向ける。


「どこだ、ここは……?」


 何度見ても、どこを見ても知らない部屋だ。そんな見慣れない内装を不思議に見つめていると、不意に扉が開いた。


「……え?」


 入ってきたのは年配の女性で、目を覚ましている僕を見て息を呑んだ。──驚きたいのは僕の方なのだけど。

 そのまま数秒の沈黙が部屋を支配していたが、耐え切れずに声を掛けた。


「あの……」


 呼びかけで我に返った老女は、両手に持っていた陶器の水桶を地面に落として部屋を立ち去った。ガシャンと不快な音に遅れること数分、静寂に包まれていた建物が揺れ始めるのを肌で感じる。どうやら僕が起きたことがそんなに重大なことらしい。

 10分もすれば、大勢の人が僕のいる部屋に押し掛けて、皆一様に不安そうな顔を僕に向ける。──そんなにジロジロ見ないでくれないかな……。そう思っていると医者を名乗る小柄な男が、人混みをかき分けて目の前の丸椅子に腰掛ける。


「やぁ、目が覚めて良かった良かった。体調はどうだね、痛みや辛い所はあるかな?」


 笑みを浮かべる医者の質問に、全身に筋肉痛の様な痛みがあることと怠さを訴えると、彼は首をかしげる。


「はて、身体の怠さは発熱からきているとして、筋肉痛……?」


 疑問符を顔に映し出した医者はしばらく考え込んだが、肩をすくめる。


「まぁ目覚めたことだし、とりあえず問題ないだろう。峠を越えたことは間違いない」


 といい加減な診断を下し、また笑顔に戻って妙なことを口にした。


「とにかく、ジョージ君が目覚めて本当に安心したよ。お父君の忘れ形見を救えて、私も肩の荷が下りたというものだ」


 そう言って立ち上がりかけた医者に対し、僕は当然の疑問をぶつける。


「……ジョージって僕のことですか?」


***


 トーマスがジョージの部屋に足を踏み入れた時、室内は不穏な雰囲気で満ちていた。そこにいた全員は困惑の表情で凍りついており、彼の来訪にすら気づいていないようだった。


「……何かあったのか?」


 恐る恐る声を発したトーマスに視線が集中し、最奥の医者が駆け寄って小声で退室するように促した。言われるがまま外に出たトーマスに、医者は不確定だが、と付け加えて話し出す。


「ジョージ君は……その、記憶を失くしているかもしれません」


 ──記憶喪失だと?そんな馬鹿な、と反射的に口から出そうになった言葉をトーマスは押し殺した。


「……どういうことか説明してくれ」


 トーマスは落ち着いた声色で言い直したつもりだったが、にじみ出る辺境伯の圧に気圧されて、医者は慌てて根拠を提示した。


「閣下がお越しになる前、私はジョージ君にこう言いました。『ジョージ君、目が覚めて本当に安心したよ』と。……しかし、あの子は『ジョージとは僕のことか』と返したのです。その時は寝ぼけているだけだろうと思い、お父君のダニエル・ウェブスター様の名をお借りして『君はダニエル様の息子のジョージ君だろう?』と聞き返したのですが……」


 言いよどむ医者に、トーマスは若干の苛立ちと不安を内包した言葉を掛ける。


「それで、ジョージは何と?」


「『ダニエルという名の人も、ウェブスターという家名も知らない。人違いではありませんか?』と言われました」


 「気の毒だ」と顔に書いている医者の言葉を、トーマスはすぐには信じられなかった。しかし、今も室内からはジョージに問いかける声が聞こえてくるが、その返事はすべて同じだった。


「知らない」

「分からない」

「覚えていない」


 だんだんとか細くなる返事を耳にして、トーマスは天を仰いだ。何という不幸、不運だろう。あの子は両親だけでなく自身の記憶までも失ってしまった。神よ、なぜ彼にこれほどの罰をお与えになるのでしょうか?

 気づくと頬を涙が伝っていた。トーマスは袖でそれを拭い、結果はどうであれ仕事をした医者に労いの言葉を掛けた後、もう一度ジョージの部屋に入る。


「悪いが皆、部屋を出ていってくれ」


 ジョージの周りを囲んでいた者たちを追い出すと、親の顔をした辺境伯はジョージにゆっくりと歩み寄った。野次馬の連中は、善意で記憶を取り戻そうと話しかけたのだろうが、トーマスには「お前は記憶を失っている。誉ある父も母も、家名でさえも忘れてしまった」と、突きつけるように思えた。

 だが、トーマスは行動を間違えなかった。上体を起こして俯いたまま動かないジョージの肩に、優しく触れる。トーマスのごつごつした手で触れられたことに気づいたジョージは、顔を上げ、その目には涙を溜めていた。周囲の声に感情を揺さぶられていることを察したトーマスは、無責任な連中に腹を立てたが、その怒りを少年に悟られないように慎重に言葉を選んで話しかけた。


「……あまり気に病むな。皆に色々と言われて不安だろうが、忘れてしまったことを絶望することはない。忘れたものはいずれ思い出せるかもしれんし、これから取り戻すことも出来る。……なにせ、お前はまだ10歳なんだよ。人生はこれからというものだ」


 トーマスはジョージに正しい言葉を与えられたか自信はなかった。だが、記憶を失ったこの少年をいくら問い詰めたところで、彼が思い出すわけでも、彼の死んだ両親が生き返るわけでもないことは事実。とすれば、今ジョージに必要なものは安心感だ。そう考えたトーマスは少年の背中に手を回し、自身に引き寄せて抱きしめた。


「お帰りジョージ。今日からここがお前の家だ」


 そう耳元で囁かれた少年の目からは涙がこぼれ、それは次第に堰を切ったように溢れ出す。大泣きする少年に胸を貸しながら、トーマスはここまで精神的に追い詰めた馬鹿共の処分をどうするかを長い間考えていると、ようやく泣き止んだジョージがトーマスの名を尋ねる。


「……あなたの名前は何というのですか?」


 問われたトーマスは穏やかな表情を見せ、ゆっくりと名乗った。


「トーマス・ヘンズリー。このオルグレン辺境伯領の領主であり、これから先の人生を送るお前の後見人だ。後のことは私に任せてゆっくりお休み、ジョージ」


 この瞬間、トーマスにとってジョージは実の子も同然となった。安堵して眠りにつく少年の寝顔を見守りながら、トーマスは己の双肩に彼を導き育てていくという新たな責任がのしかかるのを感じた。

登場人物

・ジョージ・ウェブスター……革新派の襲撃を受け、記憶を失った。トーマスの被保護者。

・トーマス・ヘンズリー……オルグレン辺境伯爵。魔法使用に制限を設けたい保守派有力貴族。娘がいる。

・フランク・ヘンズリー……前オルグレン辺境伯爵の遺児。

・ダニエル・ウェブスター……クラガン村を治めていた騎士。革新派の襲撃に善戦するも、息子を残して戦死した。

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