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第1話 はじまりの日

お久しぶりです。ボチボチやっていきます。

 ラングリッジ王国。アグネス教世界においても最大級の版図を誇るこの王国の東部には国境防衛の為に初代国王が創設し、臣下に授与した領土が存在する。ヘンズリー家が代々治めるオルグレン辺境伯領である。

 聖暦295年2月10日。その首都オルグレンへ夜も明けぬうちに早馬が駆け込んだ。


「早馬は国境のベルダー村から派遣されました。隣村のクラガン村が革新派の連中に襲われたらしく、ベルダー卿が手勢を率いて救援に駆け付けた時にはもう……」


 寝間着の上にガウンを羽織っただけの侍従長が、落ち着かない表情で主人を見つめながら報告を読み上げる。その視線の先にはヘンズリー家の当主で、この地を治めるオルグレン辺境伯トーマス1世がいた。今年40歳になる彼は、自慢のあごひげをさすりながら耳を傾けるも、終始微動だにしなかった。


「年が明けてから間もない期間に、革新派による同様の襲撃が既に3件起こっております。……閣下、何か追加の対処を採られるべきではないでしょうか?」


 悲報を受けてから適切なリアクションを返さない主人に、侍従長は焦りを隠せない。こう何度も革新派の略奪を許せば、保守派有力諸侯としての家名に傷がつく。

 しばらくの静寂の後、やっと口を開いたトーマスは侍従長の心配とは別のことを口にする。


「ダニエルの最期はどうだったか聞いているか?」


「は……クラガン村を守る為に部下の兵士数名と奮戦し、立派な最期を遂げられたようだと使者は申しておりました」


「……そうか、あいつならそうするだろうな」


 あごひげをさする手を止め、トーマスは目を伏せた。もう一度、そうかと呟いた彼の言葉には納得と哀悼がにじんでいた。

 職責を果たした家臣への追悼を済ませ、統治者としての顔に戻った辺境伯は何かを思い出したように目を見開いて確認した。


「ウェブスターの奥方どうなった?それと、息子もいたはずだが」


「えぇと、……奥方は焼け落ちた屋敷の中でご遺体が見つかったそうです。またご子息のジョージ殿は救出されたのは確かなのですが、意識を失っていると聞いております」


 家臣の忘れ形見は無事だった。彼の父母は命をなげうって村民と自分たちの息子が逃げ出せる時間を稼いだのだ。被保護者の甥とたった一人の娘を持つ親として、トーマスは自身もそうありたいと思わずにはいられなかった。

 親の鑑ともいうべきウェブスター夫妻に、改めて尊敬の念を覚えたトーマスは何かを決心したように何度も頷き、ゆっくりと椅子から立ち上がって窓辺に寄り、差し込む朝日に顔を照らされながら呟いた。


「村から逃げ出した難民は前回同様、城下に向かわせよ。しばらく保護した後、復興に充てさせる。それと新規巡回の騎兵隊を編成し、領地の警備に就く用意をするようにエドワード隊長に伝えろ」


「御意」


「それから……」


 退室しようとする侍従長に親の顔を見せたトーマスは言った。


「ジョージは私が後見人となる。この城の一部屋に住まわせて教育し、いずれは甥のフランクの側近となってもらおう。記憶違いでなければジョージは今10歳のはずだ。14歳のフランクの良い友になってくれるかもしれん。今回の件も含めて多忙のところ悪いが彼の部屋を手配してくれ」


 一礼して去る侍従長を見送った後、トーマスは己を責めた。2度目の村襲撃を受けて巡回隊を組織した。だが、結果として3度目が起きている。その上、信頼する家臣の1人を失った。職務を全うしての戦死と言えば聞こえは良いが、残された子供にとって名誉の戦死がいったいどれほどの慰めになるというのか?ウェブスター夫妻が、親の義務を果たせずにこの世を去るという結果を招いたのは領主たる己の手落ちである。同じ親としての義務感から、たった一晩で両親を失った子供の親代わりを申し出たものの、彼にどんな顔をして会えばいいかわからない。


「だが、これも私の責任だ。ダニエル、ジョージはしばらくそちらには送らん。……悪いがしばらく待っていてくれ」


 トーマスは自身に言い聞かせるつもりでひとり言葉をこぼした。辺境伯として、またひとりの親として、責務を全うする思いを固めた冬の寒い朝の出来事だった。

 2日後の12日、ベルダー卿の部下に護衛された難民たちがオルグレン城に到着した。土地と家を失った彼らには郊外のキャンプが用意され、村の復興の目途が立つまでここで生活する。一方で騎士爵家の忘れ形見であるジョージには、トーマスの要望通りオルグレン城内に部屋が用意された。しかし、到着したジョージの容体は予断を許さない状況に陥っていた。


「意識がまだ戻っていないだと?」


「加えて昨日より謎の高熱が続いており、医者が言うには今夜が山場だそうです」


「発熱まで……」


 執務室でジョージの来着と危篤状態を同時に知らされたトーマスは、驚きのあまり手に持っていた羽ペンを床に落とし、その狼狽ぶりを見た侍従長は慌ててフォローに入る。


「もちろん医者にはあらゆる手段を用いて処置にあたらせます!あとは神に祈りましょう……」


 医者の懸命の看病のおかげか、神に祈りが通じたのか、ジョージは翌日を迎えることができ、さらに3日後の昼に目を覚ましたという報せがトーマスのもとにもたらされる。報せを聞いた辺境伯は転びそうになりながら、執務室を飛び出してジョージの部屋に駆け込んだが、その異様な雰囲気にトーマスは言葉を失った。

登場人物

・ジョージ・ウェブスター……革新派の襲撃を受け、両親を失った。

・トーマス・ヘンズリー……オルグレン辺境伯爵。魔法使用に制限を設けたい保守派有力貴族。娘がいる。

・フランク・ヘンズリー……前オルグレン辺境伯爵の遺児。

・エドワード隊長……オルグレン辺境伯軍の隊の1つを預かる老将。

・ダニエル・ウェブスター……クラガン村を治めていた騎士。革新派の襲撃に善戦するも、息子を残して戦死した。

・ベルダー卿……ベルダー村を治める騎士。クラガン村の救援に駆け付ける。

・侍従長……トーマスに仕えるオルグレン城の管理人。

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