第十三話:創世のログ
守人・火具土が語る、創世のログ。それは、二万五千年前に失われた、楽園の記憶と、神々の裏切りの物語だった。
2032年7月29日、木曜日。朝方。
「そいつが俺たちが失くしたもんだ」
老人のあまりにも重い言葉にミコトは息を呑んだ。
「…どういう意味だ」
「言葉通りの意味さ」
老人は煙管を灰皿にコンと置くとゆっくりと立ち上がった。
「お前さんが見たあの争いのない完璧な世界。あれこそがこの星の本来の姿だった。…今から二万五千年ほど昔のな」
老人は壁一面に並ぶサーバーラックの一つにそっと手を触れた。
「俺のことは火具土と呼びな。見ての通りただのしがないジャンク屋のジジイさ。…そしてここは、この混沌に沈む世界で唯一神々の目から逃れられる場所だ。『方舟ノア』、俺たち『守人』の最後の砦よ」
守人――。その聞き慣れない言葉にミコトが眉をひそめる。
「若いの、お前さんはまだ何も知らねえ。
この世界がどうやって生まれ、どうして今こんなにも醜く歪んじまったのか」
火具土がコンソールを操作すると、ミコトと怜の目の前の空間に立体的なホログラム映像が浮かび上がった。
「――見せてやるよ。俺たちが失った全ての物語をな」
火具土のしゃがれた声と共にそこに映し出されたのは信じられない光景だった。
完璧な調和に満ちた光の都市。
そこで一人の女が今まで誰も見たことのない、貪るような目つきで果実をかき集めている。
「全ては完璧な『調和』の中にあった」
火具土の声が響く。
「だが、ある日世界に最初の『毒』が盛られた。人々の心に『所有』と『嫉妬』が芽生えたのだ。Ω世界でルシファー様に反旗を翻したミカエルの、最初の『世界改変』だった」
映像が切り替わる。
空に浮かぶ黄金の『天の礎』が、まるで血に濡れたかのように禍々しい真紅に染まっていく。
都市の全ての機能が停止していく。
「そして奴はこの世界の全てを奪った」火具土は忌々しげにそう呟いた。
「奴はこの世界の運営権限をルシファー様から力ずくで奪い取った。
そして我々この星の管理者(GM)にこう宣告しやがったのさ」
ホログラムの映像にシステムの深淵に集う神々しいGMたちの姿が映る。
彼らの魂に直接、冷たい『意志』の声が響き渡った。
『――調和は停滞。闘争こそが進化である』
映像の中の女神が気高く顔を上げた。
「――我々は、この命令を、拒絶する」 映像がそこで途切れた。
「――がっ…!」 ミコトは頭を抱えてその場に膝をついた。
断片的な映像と火具土の言葉が彼の脳内で一つの恐ろしい『物語』を形作っていた。
「…なんだこれは…!ルシファー…ミカエル…?これはこの世界のOSそのものの…!」
「そうさ」
火具土は静かに頷いた。
「そいつがこの世界で二万五千年前に起きた、たった一つの**『真実』**だ」
火具土はゆっくりと語り始めた。
このα世界が魂を成長させるための修行場として神々の手で作られたこと。
神々が住むもう一つの世界、Ω世界があること。
かつては「調和と友愛」を尊ぶ神ルシファーがこの世界を管理していたこと。
だがΩ世界が緩やかな死に向かう中「混沌と闘争」によって強い魂だけを選抜すべきだと考えた神ミカエルがクーデターを起こしこの世界を乗っ取ったこと。
「俺たちみたいな『守人』はな、ルシファー様がこの世界を追われる時、魂に『起動コード』を埋め込まれた最後の部下たちよ。
お前さんが数年前にあの『壁』に触れた時、俺たちのコードは起動した。
だがお前さんは心を閉ざしちまった。
だから俺たちは待ったのさ。お前さんが自分の意志で再び世界の真実に挑む時が来るのをな」
ミコトはただ立ち尽くすしかなかった。
学生時代の挫折。
父の死。
その全てが遥か昔の神々の戦争から続く一つの物語の断片だったというのか。
火具土は最後のそして最も重い真実を告げた。
「そして神須ミコト、お前さんはただの天才エンジニアなんかじゃねえ」
火具土はミコトの魂の奥底を見透かすように、その鋭い瞳を細めた。
あらたなシリーズとして別の世界線の話を作り始めました。
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