第十二話:方舟の主
「――そうか。それを見たか」煙管を燻らす老人は、ミコトの問いに答えず、ただ全てを知るかのように静かに語る。
2032年7月29日、木曜日。朝方。
「――っ、はあっ、はあっ…!」
ミコトはハッと目を覚ました。
目の前に広がるのはさっきまで見ていた光り輝く理想郷とは真逆の、薄暗く埃っぽいサーバー室だった。高い天井にはむき出しの配管が走り回り、壁一面には新旧様々なサーバーラックが墓石のように立ち並んでいる。 ひやりと冷たいオイルの匂いが混じった空気が肺を満たした。
(…夢…?いや、あれは夢じゃない…。もっと生々しい記憶そのものだ…)
隣を見ると怜がまだ気を失ったまま静かに寝息を立てていた。
キセルをカン、と叩く硬い音がした。
ミコトが弾かれたようにそちらを見ると、少し離れた場所のコンソールデスクに一人の老人が腰掛けていた。
油に汚れた作業着。
顔には深く皺が刻まれている。
だがその瞳だけが老獪さと、底知れぬ深淵を湛えた鋭い光を放っていた。
その手には古風な煙管が握られ紫色の煙が静かに立ち上っていた。
「…気がついたか」
老人のしゃがれた声。
ミコトは混乱しながらも問いかける。
「ここはどこだ…?いやそれより、さっき俺が見たあの光景は一体…!争いのない完璧な世界…。あれは何なんだ!?」
老人はミコトの問いには答えず、ただ憐れむような、
それでいてどこか懐かしむような目で彼を見つめていた。
そしてゆっくりと煙を吐き出すと静かに答える。
「――そうか。それを見たか」
その声はまるで、忘れ去られた幾星霜の重みを響かせていた。
「そいつが俺たちが失くしたもんだ」
あらたなシリーズとして別の世界線の話を作り始めました。
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