第十話:方舟の導き
外部からの介入、そして古の歯車。神が仕掛けた罠を破ったのは、神さえも知らない、もう一人のプレイヤーだった。
2032年7月28日、水曜日。深夜。
「…どうやら俺たちは、神様の逆鱗に触れてしまったらしいな」
ミコトが獰猛な笑みを浮かべたその直後だった。
ラボの壁の一部が音もなくスライドし、そこから蜘蛛を思わせる無機質な多脚歩行ドローンが複数滑り込んできた。
その先端には銃口よりも冷たい青白い光を放つデータ消去用のターミナルが搭載されている。
同時に天井のパネルが開き、自動式の防衛タレットがその銃口を寸分の狂いもなく二人へと向けた。 『対象の生命活動に影響はありません。
ただ、あなた方の『存在』に関する全ての情報を、この世界から完全に『消去』します』 スピーカーから響く合成音声のあまりにも無機質な宣告。
父が社会から「いなかったこと」にされた、あの静かなる抹殺。
ミコトは、その言葉の本当の恐ろしさを直感で理解していた。
「怜、時間を稼げ!イカロスを、連れていく!」
ミコトは叫ぶと自らの『Atelier』をメインコンソールに接続し、膨大なプログラムの強制ダウンロードを開始した。
「無茶よ!」 怜もまたミコトの意図を即座に理解し、もう一体のコンソールへと飛びついた。
彼女の指が常人には認識できないほどの速度で、空間に投影されたキーボードの上を踊る。
「ここの防壁だけじゃ数十秒ももたない!奴らの思考ルーチンをハックして、同士討ちさせる!」
怜はドローンたちの制御システムに侵入すると、敵の攻撃命令を別のドローンへ無理やりリダイレクトさせる。
数体のドローンが火花を散らして互いを攻撃し始めた。
だがそれもほんの数秒の足止めにしかならない。
ダウンロード進捗:32% ミコトの『Atelier』のスクリーンに絶望的なほど遅々として進まないプログレスバーが表示されている。
「怜、まだか!」
「こっちが聞きたいわよ!」
怜の額から滝のような汗が流れる。
タレットの銃口が赤いレーザーポインターで二人の心臓を正確に捉えていた。
怜は最後の力を振り絞りラボの空調システムを暴走させる。
マイナス数十度のありえない冷気が一気にラボ内へと噴射された。
ドローンの精密なセンサーが急激な温度変化に一瞬だけエラーを起こす。
ダウンロード進捗:89% だが、それも限界だった。
一体のドローンが怜が作り出した全ての偽装を突破し、ついにミコトの背後へその消去ターミナルを突き出した。
「ミコト!」
怜の悲鳴が響いた、その瞬間だった。
ガツンッ! 突如ラボ全体が大きく一度だけ揺れた。
それと同時に二人を囲んでいたドローンとタレットの全ての機能が一斉に停止した。
ミコトの『Atelier』がダウンロード完了を告げる甲高い電子音を鳴らす。
ダウンロード完了:ICARUS_CORE_PROGRAM
「…え…?」 怜が呆然と呟く。
ミコトもまた信じられないという顔で自らの『Atelier』のスクリーンを見つめていた。
[EXTERNAL INTERVENTION DETECTED] [UNKNOWN... ANCIENT_CODE... OVERRIDING_SYSTEM] [ACCESS_LEVEL: ???]
(外部からの介入…?俺じゃない、怜でもない。…なんだこのコードは…古すぎる。
まるでこの世界のOSが生まれる前の…神話の時代の遺物か…)
ミコトが混乱していると、メインコンソールのスクリーンに一つの古風な「歯車」のアイコンが表示された。 そしてその下にたった一行のメッセージが現れる。
『――時は、来た。地下へ、走れ』 次の瞬間、二人の足元の床が大きな音を立てて下へとスライドしていく。
そこには今まで存在しなかったはずの、地下へと続く暗いメンテナンス用の通路が口を開けていた。
「…ミコト、これ…!」
「…分からない。分からないが…」
ミコトは『Atelier』をコンソールから引き抜くと、立ち上がった。その瞳には絶望の淵から這い上がろうとする藁にもすがるような強い光が宿っていた。
彼は怜の手を強く掴んだ。
「…もう俺たちには、これしか残ってない」
二人は一瞬だけ顔を見合わせる。
そして覚悟を決め、眼下に広がる得体の知れない闇の中へと、共に身を躍らせた。
二人が飛び込んだ直後、床は何事もなかったかのように再びその口を閉じた。
ラボの中には機能停止した機械の残骸だけが静かに残されていた。
あらたなシリーズとして別の世界線の話を作り始めました。
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