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第九話:二万五千年の断片

神々のログが明かす、文明の定期的な『剪定』。だが、その真実にたどり着いた瞬間、二人は神が仕掛けた罠に囚われる。

 2032年7月28日、水曜日。深夜。

「――神々の、指紋をだ」 ミコトのかすれた声が静寂の中に響いた。

怜は言葉を失い、ダイブチェアの上で抜け殻のようになったミコトの姿を、ただ見つめることしかできなかった。

彼の瞳にはかつて一人で壁に絶望したあの夜と同じ、深い闇の色が再び浮かんでいた。

「…しっかりして、ミコト!」

怜はミコトの肩を強く揺さぶった。

ミコトはハッと我に返ると堰を切ったように激しく咳き込み始める。

精神が肉体との接続を必死で取り戻そうとしている。

「…大丈夫か…」

「ええ…なんとか…」

ミコトは怜の肩を借りてふらつきながら立ち上がるとメインコンソールのスクリーンを睨みつけた。


スクリーンに表示されていたのはイカロスが命懸けで持ち帰った神々の「記憶」のほんの**『断片』**だった。


[SYSTEM LOG: TIMESTAMP... ERROR] [Est. Date: -18,241y 4m 28d] ...EVENT: [CIVILIZATION_COLLAPSE_SIMULATION_08]... INITIATED BY [ADMIN: MICHAEL]. ...REASON: [PARAMETER_STAGNATION]. ...RESULT: [SUCCESSFUL_EXTINCTION]...


[SYSTEM LOG: TIMESTAMP... ERROR] [Est. Date: -11,559y 9m 02d] ...EVENT: [GREAT_FLOOD_SEQUENCE]... INITIATED BY [ADMIN: MICHAEL]. ...RESULT: [TARGET_CIVILIZATION... ATLANTIS... ERASED]...


「…これが、あなたが見たものなの…?」

怜が息を呑む。

「ああ…」ミコトは頷いた。

「これはただのログじゃない。この世界で過去に『実際に起きたこと』の消せない記録だ」 二人は言葉を失った。

一万年以上も昔に『ミカエル』と名乗る管理者が意図的に文明を崩壊させアトランティスを大洪水によって消去した。

父、神須創が生涯をかけて追い求めた「世界の悪意」の正体。

それはちっぽけな陰謀論などではなかった。

神あるいはそれに準ずる絶対的な存在による『文明の定期的な剪定せんてい』。

それが二人がたどり着いた最初の「答え」だった。


「…じゃあ怜、お前が見つけた『ノイズ』は…」

「ええ…」

怜の顔が恐怖に青ざめていく。

「今まさに私たちの文明が次の『剪定』の対象として選ばれようとしている、その兆候…」

だがまだ分からないことだらけだった。

『ミカエル』とは何者なのか。

なぜ彼はそんな残酷なことを繰り返すのか。

ログに記された『パラメータの停滞』とは一体何を意味するのか。

そして何より自分を絶望させたあの『二万五千年の壁』とこの一万数千年前のログはどう繋がるのか。 断片的な情報は謎を解き明かすどころか、さらに巨大な底なしの謎を二人の前に突きつけただけだった。 「…怜。もう一度ダイブする。

もっと深くへ…。今度こそ全ての記憶を…」

ミコトがそう言いかけたその瞬間だった。


ウウウウウウウウウウッ! ラボ全体に今まで聞いたこともないけたたましい警報音が鳴り響いた。

全ての扉が分厚いシャッターによって物理的に封鎖されていく。

「なっ…!」

「嘘でしょ…!?どうして今…!」

メインコンソールのスクリーンが赤一色に染まる。

そしてその中央に一つの冷酷なメッセージが表示された。


[INTRUDER ALERT] UNAUTHORIZED ACCESS TO [CORE_ARCHIVE] DETECTED. ADMINISTRATOR [MICHAEL] HAS BEEN NOTIFIED. ACTIVATING... COUNTER-MEASURE PROTOCOL...


(そういうことか!)

ミコトの脳裏で散らばっていた全てのピースが、一つの冷たい結論へと収束していく。

退社したはずの自分のキーがまだ生きていたことの意味。

全てはこの瞬間のために仕組まれていた罠だったのだ。

(…でもなぜ?なぜわざわざこんな罠を?ターゲットが俺なのは間違いない。だが何が目的だ…?)

自分たちが神の指紋に触れるのを敵はずっと待ち構えていた。

その答え合わせのように。 スクリーンの文字が切り替わる。

それはこの世界の新しい支配者からの初めての直接的なメッセージだった。


『警告:監視対象による特級アーカイブへの不正アクセスを確認。

プロトコルを『監視』から『消去』へ移行する』


そのあまりにも無機質な宣告を見てミコトは全てを理解した。

(…なるほどな)

奴らは俺がここに侵入することもお見通しだった。

だがそれは問題ではなかったのだ。

俺の存在はただの『監視対象』。

泳がせておくだけで害はないと判断されていた。

だが俺がこの『特級アーカイブ』に触れて世界の秘密を知ろうとしたその瞬間。

プロトコルは『監視』から『消去』へと切り替わった。

ミコトの口元に自嘲とそして底なしの怒りが入り混じった獰猛な笑みが浮かんだ。

「…どうやら俺たちは、神様の、逆鱗に触れてしまったらしいな」

あらたなシリーズとして別の世界線の話を作り始めました。

もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

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