第66話:「Third-Rate Tragedy」
蒼の閃光が、世界を塗り潰す――
だが、その刹那。
――乾いた銃声。
荒野を裂く轟音が、閃光を押し返すように響いた。
ゼノの左掌に、灰色の弾丸が叩き込まれた。
「……っぐ」
蒼光が歪む。
命中点から、黒い粒子が逆流するように周囲へと広がっていく。
ゼノの掌は、たちまち侵食されていった。
それはただの鉛ではない――ナノマシンの群体。
「……これは……!」
収束していた光は異常なノイズを帯び、制御が阻害される。
膨張しかけたエネルギーは押さえ込まれ、指先が痙攣し、掌の構造がうねるように変形していく。
瓦礫の影から姿を現したのは――
古びたリボルバーを構えた男。
「邪魔させてもらうぜ……」
ジンだ。
硝煙を吹き払うように銃口を傾け、不敵に笑う。
『……ナノマシン弾!?
ゼノの制御システムを内部から食い破ってる!』
アリアの驚愕の声が響く。
ゼノは顔を歪め、右手の白刃を投げ捨て、暴れ狂う掌を押さえ込んだ。
「貴様……この弾は!」
「博士からお前へのプレゼントだ。
……長いこと掛かったが、ようやく渡せたぜ」
「エリオットの差し金か! 貴様ぁぁあ!!」
咆哮と同時に、ゼノの右手が閃光を放つ。
『マズいわ!』
アッシュの意識が一瞬で冴え渡る。
次の瞬間、その光に胸を貫かれて倒れたのは――ジンだった。
「――ジンッ!!」
叫ぶと同時に、アッシュの手がマグナムを掴んでいた。
「ゼノ!! てめぇえええ!!」
引き金を引く。
銃声が爆ぜ、赤黒い閃光がゼノを貫いた。
その肉体がのけぞり、火花が散った。
「……フフ……ハハ……クレイヴ……結局、君は何も守れなかった……何も……」
その嘲笑と共に、ゼノの身体が爆散する。
アッシュはボロボロの体を引きずり、ジンの元へ駆け寄った。
『……アッシュ、ジンは……もう……』
「よぉ……邪魔して悪かったな。
俺としたことが……ドジ踏んじまったよ」
ジンの声はかすれている。
アッシュは血に濡れた手を握りしめた。
「……なんで来た?
俺は一人で行かせろって言ったはずだ」
「別に……お前のためじゃねぇ。
エリスのためだ」
息を整えようとするたびに、ジンの胸から血が溢れた。
「あいつが……俺の料理を食って、“懐かしい”って言った時さ……嬉しかったぜ」
「……どういうことだよ」
――風が止まり、世界は一瞬、色を失った。
「エリスは……俺の生き別れた“妹”だ」
アッシュは目を見開き、言葉を失った。
「なぁ……煙草……くれよ」
アッシュは火を点けた煙草を、無言でジンの口に咥えさせた。ジンは深く吸い込み、苦しげに笑った。
「お前が……エリスを紹介した時……嬉しかったぜ。
……あの時、勝手に……そう決めちまったんだよ。
勝手に見守ろうってな……」
アッシュは苦々しく口元だけで笑った。
「……安っぽいドラマだな」
「あぁ……安いドラマさ。
……最後に一つ、安いセリフを言わせろや」
アッシュは目を細めて微笑んだ。
「……言えよ」
「……へっ――じゃあな、“相棒”
は……ははっ……ふっ……」
力なく煙草が口から落ちた。
『……ジン』
アッシュはジンの亡骸にもたれかかり、自分も煙草を咥える。
「くだらねぇよ……ほんと、つまらねぇドラマだぜ」
吐き出された煙が、灰色の空へと消えていった。
アリアの嘆きだけが、いつまでもアッシュの胸を打ち続けていた。
――See you in the ashes, brother...




