第61話:「眠らぬ旋律」
――地下・アークシティ・NEXUS本社ビル。
冷光パネルが天井を走り、密閉された研究区画には、凍りついたような静寂が漂っていた。
ゼノは無言のまま、眼前のホログラム端末に指を滑らせる。
再生されるのは、“ヴァルス工房”崩壊時の映像。
爆炎に包まれた瓦礫の中、灰色の男が機械の腕を振るう姿が、補完処理によって徐々に復元されていく。
銀灰の髪。
右腕は機械義手。
姿は変わっていても、その所作、骨格――そして眼の光に、彼は確信した。
ゼノは端末を操作し、ID照合を実行する。
数秒後、表示された名前を見て――
ゼノの口元が歪む。
喉奥から、低く渇いた笑いが漏れた。
「……クレイヴ。やはり、生きていたか」
「あの地下爆破を止めたのも……君だったんだろ?」
その背後、静かに開いた自動ドアから、白衣の部下が現れる。
「ゼノ博士。お呼びでしょうか?」
ゼノは一度だけ振り返り、命じるように告げた。
「ネストのリヴィアに、座標ポイントを指定してメッセージを送れ。
“私は地上でクレイヴを待っている”と」
「ですが……博士がNEXUSにいる事が、知られてしまいますが……」
部下の声に、ゼノの双眸が鋭く光を帯びた。
「構わない。最悪、あの女の組織すべてを敵に回したって――私はいいさ」
冷たくも静かな怒気が、空気を震わせる。
「……早くしたまえ」
「は、はい!」
足音を残して部下が去っていく。
ゼノは再び、映像に目を向けた。
「……生きていてくれて、嬉しいよ。クレイヴ」
* * *
――地上・四番街・拠点。
薄汚れた壁。割れた窓から吹き込む夜風。
室内の壁面に投影されたホログラムニュースでは、最新の“ドーム化計画”進捗が映し出されていた。
巨大なドームが完成間近であること、
そしてリーダー・ハンスが自ら第一都市圏へ降り立つ準備を進めていること――
「……またあのハンスの顔かよ。くだらねぇ」
ジンがソファの背にもたれかかりながら、鼻で笑う。
「未来の楽園ってやつか。
そりゃ、金と権力があれば、いくらでも理想論は語れるわな」
「理想論ほど、嘘くせぇものはねぇよ……」
アッシュはぼそりと呟くと、立ち上がった。
「ちょっと、ひとりにしてくれ。寝る」
「……あぁ、好きにしな」
アッシュは軽く手を上げ、奥の自室へと歩いていく。
ニュースの音声だけが、虚しく部屋に残された。
* * *
――アッシュの自室。
アッシュは小さな灯りの下、自室の椅子に座って煙草をくゆらせていた。
その手の中には、かつての戦いで歪んだ銀のオルゴール。
五年前のあの日、エリスから託されたものだった。
『アッシュ……開けてみたら?』
耳に届くのは、AI“アリア”の軽やかな声。
「これは……壊れてる。どうせ、開かねぇさ」
『いいから。やってみようよ』
「……いいんだよ。もうこれは――」
『壊れてないかもよ?
ねぇ……開けるのが、怖いの?』
その言葉に、アッシュは少しだけ目を伏せた。
少しの沈黙のあと、静かに蓋へ指を伸ばした。
――カチリ。
金属音が響き、蓋が開いた。
流れ出したのは、か細く、震える旋律。
音程は少し歪んでいたが、確かに“音楽”だった。
中には、小さな写真が一枚。
それは、かつてエリオット博士が未来予測装置で再現した、娘“クレア”の幼き姿。
その傍に、名を刻んだ銀のプレート。
『……いい音色ね。それに、かわいい子』
アッシュは写真を見て、目を細める。
黙ったまま、煙草を深く吸い込んだ。
白煙は細く揺れ、かすかな旋律とともに天井へと消えていった。
――See you in the ashes...




