第42話:「記憶と導火線」
――地下・アークシティ・コントロールタワー・管理室。
ケインの姿が、人けのないビルの奥へと静かに消えていった。
「……あいつの今日の拠点ってとこだな。
リル、位置は割り出せるか?」
「ハイ」
即座に反応したリルが、監視ドローンの映像から座標データを抽出する。
「ココカラ、ソンナニ遠クナイデス」
「よし、行くぞ」
* * *
――地下・アークシティ・ビル屋上。
ガチャリ、と金属が軋む音を立てて、屋上の扉が開いた。
その場にいたケインが、静かに振り返る。
「……ジンさんか」
ジンはゆっくりと歩みを進めながら、煙草に火を点けた。
「よぉ、久しぶりだな。
……やっぱりスナイパーはお前だったか」
ケインは皮肉めいた笑みを浮かべる。
「さすがだな……もう見つけるとは」
「ケイン……お前はアークで大人しく警官やってりゃ、よかったのによ」
ジンが数歩、距離を詰める。
「アンタだって似たようなもんだろ?
核戦争のあと、辞めたって聞いたぜ」
短い沈黙の後、ケインが再度呟く。
「……この世界に守る価値があるとは思えなかった。それで俺は制服を脱いだ。だが……あんたは、まだ“正義の味方”を続けてるのか?」
ジンは煙を吐き、静かに答える。
「俺はな、警官やってた頃も、今も……一度だって、
自分が正義の味方だなんて思ったことはねぇよ」
そして、目を細める。
「――なぁ、何があった。
エミリーは……どうした?」
ケインの瞳が、わずかに揺れた。
「……あいつなら、死んだよ」
「……なに?」
* * *
――五年前・地上・核戦争直前。
「エミリー!
早くしろ、エレベーターはもうすぐだ!」
「ケイン……待って!」
都市中に響く核ミサイル襲来のアラート。
地下シェルター行きのエレベーターが目前に迫っていた。
「よし……間に合った。出してください!」
「待って、あの子を!」
エミリーが叫び、指さす先には泣きじゃくる幼い少女がいた。
「もう無理だ!これ以上は重量オーバーだ!」
避難者の男が閉ボタンに手を伸ばす。
「待て! 俺が残る……その子を乗せてやってくれ!」
ケインは駆け出し、少女を抱えて戻ってくる。泣き崩れるエミリーをよそに、少女をエレベーターへ押し込んだ。
「どうした、エミリー。
……大丈夫だ。次の便で行くから。
出してください!」
だが、ケインは分かっていた。次はもう来ない。
――その瞬間。
エミリーがケインを突き飛ばし、自ら外へ出た。
「――生きて」
扉が閉まり、彼女の姿は闇の中に消えた。
* * *
――ビル屋上・現在
「……それから、俺は“百龍”で汚れ仕事をこなしてきた。
……そうでもしなきゃ、気が狂いそうだった」
ジンは黙って煙草を捨て、ケインの胸ぐらをつかむ。
「……だからって、世界を滅ぼすってのは違うだろ」
ケインはその手を静かに払いのけた。
「もし、地下で本当に平和が保たれるなら……それで良かったさ。けどな、戦いは終わってないんだよ」
「……どういう意味だ?」
ケインが冷笑する。
「ハハッ――まだ知らないんだな。
“戦いは、終わらない”。
だから俺が終わらせてやるのさ」
ジンが息を呑む。
「もう遅い。
ビルの入口は俺の仲間が抑えてる。逃げ道はない」
「確かにな……今のままじゃ、な」
ケインはポケットから黒いケースを取り出す。
「……まさか、それは」
「粗悪品とは違う。これは、完成形さ」
黒く濡れたような光を放つ錠剤を一粒、迷いなく飲み込む。
ケインの体がわずかに跳ね上がる。だが、目は血走っていながらも、理性の炎を宿していた。
「ハハ……悪くない気分だ。
安心しろ、ジンさん。あんたを殺すつもりはない」
「……なぜだ」
「憧れてたからさ、あんたにな。地上でのんびりしてな、俺等の邪魔だけはするな――」
その言葉を最後に、ケインは身を翻す。
信じられない速度で屋上の縁を駆け、隣のビルへ跳躍。その姿は瞬く間に夜の闇へと溶かした。
――残されたジンは、ぽつりと呟いた。
「……憧れ、か」
地下世界爆破の日まで残り一日――
――See you in the ashes...




