第39話:「地下に響く決意」
「……待てッ……!!」
叫びが虚空に吸い込まれていく。
黒いコートを翻し、セヴェルの姿が割れた天窓の奥へと消えた。埃の匂いと血の鉄臭さが充満した室内に、静寂が戻る。
ボロボロのベッドの上に横たわり、アッシュは荒く息を吐いた。肋骨が軋み、口の端から血が滲む。
そのとき――
《……アッシュ、聴こえるか?》
低く落ち着いた声が、脳内に直接響いた。ジンからの通信だった。
「……ああ。聴こえる」
アッシュは身を起こし、埃だらけの周囲を見下ろす。セヴェルの異常な動きと力を思い返しながら、呟くように続けた。
「そっちはどうだ?
狙撃ポイントにスナイパー見つけたのか?」
《あぁ……来てみたが、既に逃げられたみてぇだ。
もぬけの殻だ》
「……そうか」
アッシュは血をぬぐい、顔をしかめる。
「さっきの話――俺を通じて、聴こえたか? 」
一瞬の間のあと、ジンの声が低くなる。
《ああ……“奴等”ってことは、セヴェルに協力者がいる。そしてそいつは――ケインが有力だろうな。スナイパーも恐らく……》
その瞬間、通信に割り込むように、ノイズ混じりの声が飛び込んできた。
《……アッシュ》
女の声。冷静で、どこか感情を押し殺しているような響き――リヴィアだった。
《通信は聴かせてもらったわ》
「はっ……
痛覚が無いってことくらい、教えとけよな」
アッシュは皮肉を含んだ声で言いながら、壁に寄りかかる。
《私も知らなかったのよ。ただ……その副作用のおかげで、私の支配から逃れることができた――ってことかしらね?》
「……お前から盗んだ“サイバーウイルス”ってのは何だ? 中枢制御核に仕込むと、どうなる?」
一拍の沈黙。リヴィアは、ため息交じりに答えた。
《そうね。アークとネスト――両都市の地下にある核融合エネルギー施設にそれを仕込んだ場合……制御不能なエネルギー暴走が起きる。つまり、地下で“核爆発”。この地下世界は崩壊することになるわ》
アッシュの喉が鳴る。
「……とんでもねぇウイルス作りやがって」
《しょうがないじゃない、元々は違う目的で作ってたウイルスなのよ》
「チッ……」
アッシュは床に落ちたドライバーを見下ろした。あの一撃すら、効いていなかった。
《今回は相手が悪かったわね、アッシュ。セヴェルは私が手掛けた最初の“ヴァイロン”。
その遺伝子強化に施したウイルスの量も、他より数段多い……セヴェルの件は、うちの組織で処理するわ。貴方たちは――地上に戻りなさいな》
通信が切れようとした瞬間、アッシュは笑うように言った。
「だとよ。……ジン、聴いたか?」
ジンは即答した。
《ああ……》
そして、アッシュとジンの二人の声が自然に揃う。
《「お断りだ――!」》
静かに響く、アリアのため息。
『……はぁ……いつもの男の意地ってやつね』
その直後――通信越しに、リヴィアの声が少しだけ柔らかくなった。
《……ふふっ。私も協力してあげるわ。アッシュ》
アッシュは天窓を見上げた。闇の向こうには、まだ戦いの予感が満ちていた。
――See you in the ashes...