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Ashpunk Blues−灰燼世界のマシンシティ−  作者: I∀
第四章:【Desperado】
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第37話:「冥界の使者」

――地下・ネストシティ旧市場・裏路地。


 アッシュの足音が、鉄板を打ち鳴らす。

 通路の先で、黒い影がふと立ち止まった。


 黒いコートの男。セヴェルだ。


「追ってくるか。今回の相手はずいぶん執念深いな」


 肩越しに声が返る。


「てめぇを始末しろって依頼が入ったんだ。

 わりぃな……ヤラれてくれや」


 その背に、アッシュは冷たい声を投げた。


「……そうか。なら、少し遊んでやるか」


 セヴェルは口元に気味の悪い笑みを浮かべると、低く呟いた。


『アッシュ、避けて!』


 アリアの声が響いた直後――


 バンッ――!


 セヴェルが振り向きざま、銃を撃つ。

 アッシュは即座に身を(ひるがえ)し、飛弾を紙一重でかわす。同時に義手が駆動し、腕から――ブレードが伸びた。セヴェルもまた、銃を構えたまま詰め寄る。左手には冷たい光を宿したナイフ。


 次の瞬間には、二人の距離が消えていた。


 火花。

 衝突。

 鋼が鋼を裂く、甲高い斬撃音が空気を裂く。


 アッシュは切り上げ、セヴェルは側転で回避。

 即座に踏み込むセヴェル。アッシュはブレードで受け止めながら後退する。

 呼吸が、鉄錆と火薬の臭いのなかで交錯した。


 パンッ――!


 セヴェルの銃弾がアッシュの頬を掠める。

 刃を振るうアッシュ、空を裂く一撃。だが、セヴェルの影はすでに次の位置へ移っていた。


「アリア、力を貸せ!」


『了解。奴の筋肉の動きと反応速度を解析、義眼(オウルアイ)に投影するわ』


 義眼内に走る、幾筋もの予測ライン。

 アッシュはそれらを視界に取り込み、セヴェルの刃と銃弾の間を縫うように動く。予測と反応がギリギリで追いつく、緊迫した刃の応酬。


『これが……“ヴァイロン”。

 反応速度、予想値をすべて上回ってる』


 セヴェルのナイフがアッシュのブレードを弾き、

 次の瞬間、鋭く振るわれた肘がアッシュの腹部を打ち据える。


「ぐっ……!」


 後方へよろめくアッシュ。

 その隙に、セヴェルは一閃の動きで背を向け、裏路地を駆け上がる。


「待てッ!!」


 アッシュが追いすがると、セヴェルはすでに鉄製の

(はり)に飛び移っていた。

 柱とパイプが剥き出しになった構造体を駆けるその姿は、闇の中の獣のようだった。


 すぐさまアッシュも、足元の換気ダクトを蹴って跳躍する。

 梁、足場、天井裏の配線トレイ。

 ――かつての地下市場を支えた構造物の上で、ふたつの影が交錯する。


 スチームの吹き出す管のそばをすり抜けるたび、蒸気が白く戦場を塗り替えた。

 空調ファンの羽が回る音。裸電球が明滅する薄闇。


 それはまるで、崩壊寸前の地下都市がふたりの戦いに息を呑んでいるようだった。


「何度やっても無駄だ」


 セヴェルが銃を腰に収め、両手にナイフを構える。


 アッシュは無言のまま、ブレードを構え直した。


 再び始まる刃の激突。

 足場がその度に砕け飛ぶ。

 押しているのはセヴェル――その技と速度が、アッシュをじわじわと追い詰めていく。


「百龍の隊長が、なんで組織を抜けたんだよ……!」


 アッシュは後方へ跳び、バックステップで間合いを取る。


「お前は、“ヴァイロン”について何を知ってる?」


 セヴェルは口元に薄く笑みを浮かべた。

 それは感情の奥が全く読めず、冷たく空虚であった。その姿は、まるで冥界の使者のようだった。


「……まぁ、知る必要もないがな」


 次の瞬間――セヴェルの指先がわずかに動いた。


 カシュッ


「……!!」


 音と共に、ナイフが射出される。


『スペツナズナイフよ!』


 ナイフの柄に仕込まれた射出機構。旧東側の殺人兵器――わずかな動作で、鋭利な刃が音速に近い速さで飛ぶ。


 アッシュは瞬時にブレードを上にかざし、弾き上げた。

 だが、その瞬間を狙っていたセヴェルの膝が宙を裂く。


 ドガッ!


 蹴りがアッシュの胸を撃ち抜き、彼の身体がバランスを崩す。


 視界が傾き、重力が襲いかかる。


「――っ!」


 アッシュの身体は屋根を滑り落ち、そのまま下層の建物へと落下した。


 ガシャンッ!


 木枠の窓を突き破り、誰かの住居と思しき部屋に転がり込む。

 埃が舞い、老朽化した床板が軋んだ。


 戦いはまだ――終わらない。





――See you in the ashes...

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