第3話:「ネストの地下迷宮」
轟音と閃光の余韻が残る中、崩落寸前の地下通路を抜けたアッシュは、しばし足を止めた。
『ふぅ……で?
あれだけヴァルス薙ぎ払っといて、戻るって選択肢はないの?』
アリアの声が皮肉っぽく響く。
「入口近くにまだうじゃうじゃいただろ。
こっちが正解に決まってる」
静かに息を吐き、視線を前に向ける。
「それに……
あの女のもとへ顔を出しておきたいからな」
地下施設の隠された区域を抜けると、広がるのは“ネストシティ”の迷宮都市。
高層構造物が地盤の奥深くまで続き、人工の神経網のように路地が入り組んでいる。
「この街、どこもかしこも同じだ」
アッシュは呟き、しばらく立ち尽くす。
ネストシティは、まるで巨大な蜘蛛の巣。
薄暗く湿った空気、金属と錆の匂い。
――遠くで軋む機械の音。
道端で物売りの声が飛び交い、子どものはしゃぎ声も響く。狭い路地の隅に積まれたゴミが腐った臭いを放ち、空気を重くしている。
時折、無愛想な顔をした住民たちが、無理矢理隙間を縫って通り過ぎる。 その合間を縫って、ダストシップの車輪が軋みながら進んでいく。
この街の底に眠るものは、そう単純じゃない。
『でも、ここが一番使い勝手いいんでしょ?』
アリアが冷静に言う。
「その通りだ。
逃げ道も、情報も、この街には詰まってる」
足元の鉄板を踏むたび、鈍い音が響く。
オウルアイが起動し、視界の隅に地図情報が浮かび上がった。
「ここは……相変わらず広すぎるぜ。
その全ては……リヴィアの手の中か」
リヴィアの名を口にした瞬間、アッシュの眉がわずかに動いた。
『あぁ、あの冷血女ね』
アリアの口調がわずかに刺を帯びる。
「まぁそういうな。
あれで悪くない奴だ、俺にとっては……だけどな」
『そういう女だから、今もこの街が形を保ってるってことね』
アッシュは無言で歩みを進める。
歪な都市構造に押し込められた貧困層の争いが、この地下通路の壁に刻まれている。
酸と油の臭いが、それを物語っていた。
『やっぱり臭いし、暗いし、最悪』
「ははっ……お前AIだから、関係ねぇだろ……
この街、毎度毎度変わらないな。
最悪だけど、慣れてきた」
鼻をつまみつつ、路地を抜ける。
道の端では、誰とも分からぬ人影が、廃材に身を潜めてこちらを窺っていた。
やがて、巨大な鉄の扉の前で足を止める。
それはネストシティの“女帝”の居城――リヴィアのアジトに繋がる入口だった。
「ここだったか……」
『またこの場所ね。
どうせまた、あの女に振り回されるだけよ』
アッシュは何も言わず、扉を押し開く。
冷たい金属のきしむ音とともに、異質な空間がゆっくりと姿を現す。
迷宮のように入り組んだ道も、アッシュにとっては見慣れたものだった。
分かれ道を迷うことなく進みながら――
「この街は最高で……最悪だね」
『なのに来る。ほんと、変わってないわね』
――数分後。
リヴィアのアジト前。
堅牢な扉が、ゆっくりと開いていく。
無音の奥から現れるのは、冷徹な女帝の影。
――See you in the ashes...