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Ashpunk Blues〜核戦争後の崩壊世界で灰色のサイボーグは、よく喋るAIとともに戦う〜  作者: I∀
第四章:【Desperado】

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第35話:「龍を喰らう死神」

――地下ネストシティ・リヴィアのアジト研究棟。


 紫煙と薬品の匂いが漂う、冷ややかな無機質の空間。冷却装置の低いうなりと、モニターの微かな電子音だけが静寂を支配する。


 ガラス張りの壁の向こう――鉄と蒸気の街、ネストシティ。その遥か奥に、核融合エネルギー施設のシルエットが、不気味な影を落としていた。


「――で? その依頼ってのは?」


 アッシュの問いに、リヴィアの指がホロスクリーンを軽く叩く。


 映像が切り替わり、長い黒髪の男が映し出された。

 感情の欠落した眼差しが、見る者の内側までも貫いてくる。


 まるで、死神――否、それを超えた、静かなる終焉の化身のようだった。


「データを盗んだ男の名はセヴェル。

 私の組織の元・実行隊長よ。

 そして――私が実験を行った最初の“ヴァイロン”」


 リヴィアは淡々と告げる。

 その声音には、怒りよりも興味が勝っていた。


「彼はこの街に粗悪な強化薬をばら撒いて、秩序を壊すつもりらしいわ。

 ……まぁ、盗まれたのはそれだけじゃないけどね」


 彼女の唇が、珍しく皮肉めいた笑みに歪んだ。


 アッシュは義手の拳を握りしめ、少し目を細めた。


「なぜ始末しねぇ?

 お前ならできるだろ。場所も把握してるはずだ」


「ええ、場所は分かってる。

 でも――誘われてる気がしてね」


 リヴィアは肩をすくめ、ホロに映るセヴェルを一瞥する。


「向かわせた部隊は何人も潰されたわ。

 あの男を倒すのは、ちょっと骨が折れるのよ」


「さすが百龍の元隊長。無敵の男ってやつか」


 ジンが口笛を吹く。

 リヴィアの目に、静かな光が宿る。


「アッシュ。あなたに、彼の始末を依頼するわ」


「へっ。冗談じゃねぇ。

 お前らの内輪揉めに、俺を使うな」


 アッシュが鼻で笑って背を向ける。


 だが、リヴィアは一歩前へ出て、わずかに声を低めた。


「あら? あなた――

 私に借りがあるんじゃなかったかしら?」


 ホロスクリーンが切り替わる。


 映し出されたのは、淡青い髪と無垢な瞳を持つ少女、リル。 小さく微笑むその姿。


『リル……アッシュ、しょうがないんじゃない?』


 脳内に響くアリアの声と同時に、義眼がわずかに揺れた。


「ちっ……わかったよ」


 ジンが笑いながらアッシュの背を叩く。


「頑張れよ、アッシュ。

 俺は危なそうだから、家でのんびりしてる。

 リルとアシェンと待ってるぜ」


「待ちなさい、ジン」


 リヴィアが冷たく遮る。

 再びホロスクリーンを操作すると、今度は別の男が映し出される。


 茶髪、鋭い眼光。ジンの表情が一変した。


「こいつは……!」


 リヴィアが続ける。


「そう。あなたの“馴染み”の彼も組織を抜けたの。

 ……セヴェルと同じタイミングでね、果たして偶然かしら?」


 ジンは拳を握りしめ、呟いた。


「ケイン……ネストに流れ着いてたのは知ってたが……まさか“百龍”だったとはな」


『アッシュ、ケインって?』


「さぁな」


 アッシュは煙草に火をつけ、静かに煙を吐き出す。


「……リヴィア、まさかこいつにも遺伝子操作を?」


「私の手で強化された人間しか組織に入れないなんて――誰が決めたの? 優秀なら、それで十分」


 彼女は艶やかな笑みを浮かべ、ジンを真っ直ぐに見つめる。


「ジン。あなたも、入らない? 歓迎するわよ」


 ジンは冷笑を漏らし、視線を窓の外へ逸らした。


「アイツ……何を企んでやがる……」


 アッシュが黙って肩を叩いた。


「行くぞ、ジン。ゴタゴタは後だ」


 部屋を出ようとする二人の背に、リヴィアが声をかける。


「頼んだわ、アッシュ……“始末屋さん”」


 科学者の冷酷と、女帝の執念が混じった声だった。


 アッシュは義眼でリヴィアを一瞥(いちべつ)し、無言で(きびす)を返す。ジンも続く。


 扉が閉まりかけた、その時。


 リヴィアがぽつりと呟いた。


「……さて、今度の賭けはどうなるかしら」


 * * *


――地上・四番街・拠点。


 雷鳴が空を裂き、壊れた窓から灰色の風が吹き込む。


 リルはアシェンを膝に抱き、静かに外を眺めていた。瞳の奥の“NEXUS”のロゴが、わずかに瞬く。


「アシェン、怖ガラナクテ、イイデスヨ」


 リルが呟く。


 アシェンが「クゥン」と鳴き、リルの手に鼻先を擦り寄せる。


 リルは目を閉じ、そっとアシェンを抱きしめた。


「アッシュ達……

 マダ、帰ッテコナイノカナ……?」


 灰色の空に、雷が走る。


 “死神”が――

 闇の向こうから、ゆっくりと迫っていた。





――See you in the ashes...


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