第28話:「荒野に灯る声」
吹きすさぶ砂塵に耐えながら、灰色の空の下で静かに息づいている地上「四番街」拠点。
小屋の周囲には、枯れた草とひび割れた大地が広がり、遠くで風が乾いた音を立てている。
小屋の中で、ジンはひとり、木箱に腰掛けてナイフで木片を削っていた。
左耳が垂れた犬が、その足元で丸くなり、鼻を鳴らして眠っている。
静かな時間が流れていたが、ドアが軋む音がそれを破った。
アッシュが肩を落とし、疲れた足取りで入ってくる。顔には汗と疲労がにじんでいた。
だが、その目はどこか穏やかで、手には煙草が握られている。
ジンが顔を上げ、ナイフを止めた。
「アッシュ、いつまで犬探してたんだ?
お前……ボロボロじゃねぇか」
アッシュは煙草に火をつけ、深く吸い込んでから苦笑した。
「ははっ……そうか、犬か。
……ジンよぉ、もう何も聴かねぇでくれ。
俺は、疲れてんだよ」
彼は木箱の端に腰を下ろし、首を振る。
ジンは目を細め、手の中の木片を放り投げた。
「……お前に言わないとならねぇ事があるんだ」
アッシュは煙草をくわえたまま、ジンを一瞥する。
「ジンもかよ……」
「なんだよ、“も”って?」
ジンは笑いながら、犬を指さした。
「……実は、違う犬がついてきちまってな。
なんかもう、こいつ家に居ついちまってんだよ」
アッシュは煙を吐き出し、頷く。
「……そうか。犬くらいなら、いいんじゃねぇか?」
ジンは目を丸くして、アッシュを見た。
「なんだ? 珍しい。
普段のお前なら『獣と一緒になんか住めるか』って絶対言うだろ?」
アッシュは煙草を指で弾く。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「俺もな、実は拾ってきたんだよ」
ジンはぽかんとした顔で言葉を返す。
「なんだ? お前も獣拾ってきたのかよ? 猫か?」
アッシュはドアの方を顎でしゃくり、短く呟いた。
「来いよ」
ドアの影から、少女が現れる。
「コンニチハ、リルデス」
その声は機械的な響きを帯びつつも、どこか柔らかかった。
淡青のショートカットが風に揺れ、雪のような白い肌が薄汚れた拠点に不釣り合いなほど際立っていた。だが、肩や腕に走る金属の継ぎ目が、彼女がヴァルスだと静かに語っていた。
ジンは言葉を失い、目を丸くした。
「女の子!? アッシュ、お前、流石にそれは……」
アッシュは煙草をくわえたまま、苦笑する。
「馬鹿野郎、あいつはヴァルスだ」
「はぁ?ヴァルス?なんでお前、ヴァルスを?」
その混乱した声に、アッシュは疲れた声で答えた。
「なりゆきだよ。もう説明もめんどくせぇ。
リヴィアに押し付けられたんだ」
その声には、リヴィアに対する微かな苛立ちがにじんでいた。
その時、リルが犬に目を留めた。
そっと膝をつき、犬の頭を優しく撫でる。目を覚ました犬は尻尾を振り、リルの手に鼻を擦り付けた。
リルは小さく笑い、機械的な指先で犬の耳を掻いてやる。淡青の髪が風に揺れ、白い肌が荒野の光に淡く映える。
ジンはその光景を見て、くすりと笑った。
「お前、ヴァルスなのに犬と仲良いじゃねぇか」
アッシュは煙草を灰皿に押し潰し、荒野の空を見上げた。
「まぁ、面倒くせぇけど……どうにかなるさ」
犬がリルの周りを跳ね回り、彼女がそれを笑顔で追いかける。
「コノ子、アシェン!
アシェンッテ名前ニシマショウ!」
リルが笑顔で犬の頭を撫でながら言った。
彼女の機械の指先が耳の付け根をくすぐると、犬は気持ちよさそうに目を細め、尻尾をブンブンと振る。
淡青の髪が揺れて、その横顔が少しだけ誇らしげに見えた。
「アッシュに随分似てやがる名前じゃねぇか!
いいなそれ!採用しよう!」
ジンがからかうように笑う。
犬の毛をわしゃわしゃ撫でながら、満足げにアッシュの方をちらりと見る。
「お前……アシェンって俺の名前から取ってんだろ。
絶対やめろよ」
アッシュが思わず立ち上がりかけて声を上げた。
だが、リルは聞こえていないふりをして犬を抱きしめる。
『アシェンだって、アッシュ。
仲間ができて良かったじゃない』
アリアの声がアッシュの頭に響く。
その言葉に続くように、犬が「ワン!!」と元気に鳴いた。
まるで、自分の名前を祝福しているかのように。
『ほらっ!
もう“アシェン”って呼ばれて反応してる!』
リルは嬉しそうに犬と目を合わせて笑った。
その姿に、ジンが吹き出し、アッシュも肩をすくめて深いため息をつく。
枯れ草の揺れる音と、荒野を吹き抜ける風の音。
その中に、笑い声がぽつりと響き、小さな温もりが静かに拠点を包み込んでいた。
――See you in the ashes...




