第1話:「灰色の世界」
20XX年。
テクノロジーが飛躍的に進化した。
だが、それが世界の崩壊を加速させた。
核による終焉の後、地上は灰と放射能に覆われ、人類は地下へと追いやられた。
しかし、その死の世界でさえ、科学技術の進化は止まることなく、異形の形態を持って生き続けている。
――荒廃した地上で、アッシュは“何でも屋”を営んでいる。
* * *
空は、とうの昔に死んだ。
濁った灰色の雲が低く垂れ込み、陽光の代わりに放射線と冷気が世界を支配している。
錆びた鉄の匂い。凍えた空気が肌を刺す。
かつて街だった場所。
今はただ、瓦礫の山と崩れた構造体が静かに横たわっている。
ギギギ、と金属が軋む音が響いた。
アッシュは、瓦礫の中を無言で進む。
右腕の義手がかすかにきしみ、ジャケットの袖が不自然に膨らんでいる。その上から重ねた黒のコートが風に揺れ、擦り切れた裾が灰を巻き上げる。
灰色の髪が鈍色の風に揺れ、まぶたの奥で視線が無表情に地形をなぞる。細身の長躯に、武骨なミリタリーブーツが静かな足音を刻んでいた。
静かに、確実に歩を進めるその姿は、まるで狼そのものだった。
その時——
何かが動いた。
物陰から、影が跳ねる。
即座に右腰のホルスターに手を伸ばし、銃を抜く。 義手の内部機構が低く唸りを上げ、銃身に熱と力が流れ込む。
「放射線エネルギー三発分、フルチャージ完了」
銃口が赤く光り、アッシュは引き金を絞った。
――轟音。
赤黒い閃光が、世界を切り裂く。
瓦礫が風圧で舞い上がり、跳びかかってきた敵影は一撃で崩れ落ちた。
アッシュはひとつ、ため息をつく。
この場所は放射線の濃度が高い。
鈍い頭痛がする。
だが、この痛みにも、もう慣れた。
煙を上げる銃身を下ろし、チャージの跡が淡く残る空間を見やる。
「……戻るか」
低く呟く。
声は冷気にかき消され、虚しく散る。
——だが、すぐに次の影が現れる。
暗闇の中から、無音で歩を進める金属音。
“アーク・ヴァルス”。
現代技術の結晶。
感情を持たず、アークシティの秩序を名目に設計された、殺戮機械の亡霊。
黒く濡れたような装甲が光を吸い込む。
「キィィン…」と金属が鳴り響き、無数の脚が瓦礫を踏みしめるたびに、「ギシギシ」と軋む音が漏れる。
焦点のないカメラアイが無表情に動き、冷徹に「処理対象」を見据え、ゆっくりと動き出す。
関節部が「パチッ」と音を立て、視線すら必要としないレーザーが無音で走る。
熱を帯びたブレードが「シュッ」と展開され、空気を裂くように「ガキィン!」と金属音を響かせる。
獲物の骨格を正確に断ち切るために。
「カチッ、カチッ」と規則正しく足音を響かせながら、アーク・ヴァルスは確実に前進する。
命令もなく、目的もなく、ただ最善の戦術で殺す。
それは兵器ではなく、理不尽そのものだった。
四方から足音。
金属の駆動音。
無数のアーク・ヴァルスが、いつの間にか包囲していた。
アッシュは静かに背中を壁に預け、銃を構える。
細められた瞳に、わずかな諦めが滲んだ。
「……アークの警備ロボットめ」
静寂が流れる。
だが——次の瞬間。
誰もいないはずの空間に、澄んだ声が響いた。
『なら、やるしかないでしょ?
無駄弾は勘弁。私、計算外が嫌いなの』
アッシュの唇が、かすかに緩んだ。
「……相変わらず、うるせぇAIだ」
『起動完了。
戦術サポート開始——さっさとやっちゃいましょ』
銀灰の髪が風に揺れる。
荒廃した大地に、彼の影だけが、確かに残った。
灰の空の下、孤狼は再び、牙を研ぐ。
物語が静かに幕を上げる。
――See you in the ashes...