第15話:「男の涙」
夜。アークシティの外れ、廃れた街角の一軒家。
アッシュとジンはジョーの家に身を寄せていた。
部屋の片隅で、アッシュが手当を受けている。
肩には包帯、肋にはヒビが入っていた。
それでも、目の奥の光だけは消えていない。
台所の灯りの下、ダンが目を赤くして立っていた。
「……父さん、大丈夫かな」
震える声。そして──ポロリとこぼれる涙。
アッシュが顔を上げた。
「…………」
ダンが涙を流しているのを見て、アッシュは一瞬、言葉を飲み込んだ。
それから、静かに振り返り、ふっと息を吐く。
無言でティッシュ箱を手に取ると、それを無造作にダンの方に投げた。
箱は軽く弧を描き、静かに床を転がった。
ダンが顔を上げる。
「男のくせに泣くなって言うんだろ……?」
しばし、沈黙。
アッシュは一拍、口をゆがめて笑う。
「バカか…お前は」
「男が泣いちゃダメなんて、誰が決めたんだよ」
アッシュの肩が、包帯越しにわずかに揺れた。
「涙を流さない奴なんて、機械と変わらねぇ……」
「まぁ、俺にはもう右目からしか涙は出ねぇけどな」
冗談めかして笑うその顔に、ダンの涙が止まる。
そこへジンがやってきて、ダンの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「男だって、泣くときゃ泣くさ」
「特に──大切なもんが懸かってるときはな」
その瞬間、アリアの声がアッシュの脳内に響く。
『……ったく男って生き物は』
アッシュが立ち上がる。ギシ、と床が軋む。
「さて……次はリベンジだぜ」
ダンがティッシュで目を拭き、顔を上げる。
「でも……どうやって?
潜入なんてもう難しいんじゃ……?」
ジンが小さく笑う。
「──今度、寺院で例祭があるらしい。人も集まる」
アッシュの表情が引き締まる。
「あいつが“ヴァルス”だってわかった以上……」
「今度は、手加減しねぇ」
静かな炎が、部屋の奥で燃えはじめていた。
* * *
――深夜。
ジョーの家の裏口。
静まり返る家で、ダンはすでに眠りについていた。
アッシュは一人、ステップに腰掛けて煙草に火をつける。左肩には包帯。
煙を吐きながら、夜の闇に目を細めていた。
ウイスキーのグラスを二つ手に、ジンが現れた。
――グラスの中で氷が小さく鳴った。
「……飲むか?」
アッシュは黙ってグラスを受け取る。
「ったく……ガキはすぐ泣きやがるから嫌いだ」
ジンはくくっと笑い、ウイスキーを一口。
「泣いていいって言ったのは、お前だろ?」
「憶えてねぇな……そんなこと」
ジンが再び、くくっと笑った。
「それより、お前……まだ死ぬなよ。次が本番だ」
アッシュは煙草を指でひねり、地面に落とす。
静かに火を消したあと、グラスを一気に煽る。
氷がカランと鳴る。
アッシュの目に、闇の向こうを見据える光が宿る。
「……次は、負けねぇよ」
ジンは何も言わず、ただ笑みを浮かべてそれを聞いていた。
……夜は、静かにその言葉を飲み込んだ。
――See you in the ashes...




