第13話:「偽りの神」
タワーの正面入口は信者たちの列で溢れていた。
白装束に身を包み、恍惚とした表情で天を仰ぎ、震える声で祈る者。
手に端末を掲げ、“御言葉”の更新を待ちながら泣き出す者。
「今度こそ……救われる……」
「御言葉が……ついに……!」
誰もが陶酔し、歓喜し、そして崇拝していた。
――それはもはや個人の意志ではなく、群体としての熱狂。
アッシュはその中を無言で歩いていく。
彼もまた、白装束に身を包んでいた。
だがその目には、熱も信仰もない。
ただ冷たい光だけが宿っていた。
目指すは頂上。偽りの神が棲む場所。
潜入は容易だった。
いかに強固なセキュリティであろうと、それは彼にとってただの障害物に過ぎない。
義眼と連動するアリアの声が耳に届く。
『最上層までの直通ルート、三つ。警備ドローンの死角を抜けるなら、ルートBが最適よ』
「了解。……ただし、その前に少し寄り道する」
向かったのは階層23──資料保管区画。
稼働停止した端末、埃をかぶった映像装置、残響のように並ぶ記録媒体。
この場所には、信者たちの“過去”が眠っていた。
「《AI残響認識(Echo Cognition)》起動」
アッシュが低く呟く。
義眼内の空間にホログラムの断片が現れ始める。
泣き叫ぶ少年。
母を信仰で喪った男の怒り。
「神様は……なぜ助けてくれなかったんですか!」
「それは……お前の信仰が足りなかったからだ」
冷たい声。感情を押し殺す司祭。
静かに拍手する信者たち。
「感情を捨てなさい。
神の前では、あなたの痛みなど無意味です」
アッシュの眉がわずかに動く。
「……こいつ、信仰を盾に人を壊してる」
歪んだ理屈。
映像の中で微笑む教祖の顔。
アッシュが小さく舌打ちする。
「何が神だ…」
記録はやがて、教祖の“輪郭”を立ち上げていく。
カリスマ、洗脳、恐怖、欺瞞。
そして何より──感情の“演出”。
教祖の言葉が続く。
「君たちの痛みが、神の足元を照らす。痛みが深ければ深いほど、神に近づけるのだ」
「信仰のためには、死さえも無意味だ」
その言葉には冷徹な響きがあり、アッシュは次第に彼の本性に疑念を抱く。
「……あいつ、人間じゃねぇのか?」
アリアが応じる。
「高密度な思念波、複数の人格痕跡を確認。
AIによる構成体の可能性、大」
その確信は、後で現実となる。
タワー最上階──礼拝の間。
広大な空間に煌めくステンドグラス。
中央に、白い衣をまとった教祖が立っていた。
アッシュは白装束を脱ぎ捨て、素顔を晒す。
教祖が微笑んだ。
「よく来たね。なるほど……君はサイボーグか」
アッシュの目がわずかに見開かれる。
だが、その隙を待っていたかのように──
教祖が殴りかかる。
鋼のような拳。
破裂音のような風圧。
――アッシュの身体が吹き飛ばされる。
戦いが……始まりを告げる。
――See you in the ashes...