第11話:「地上四番街」
放射能で荒廃した地上にも、濃度の薄い一部にはまだ命が息づいている場所がある。
だが、そこはもはやスラムと化し、まともに生き抜くには、強靭な意志と運が必要だ。
そんな場所が「四番街」。
外観は荒れ果てているが、地下通路や廃屋、隠れ家のような場所では、かろうじて人々が生き延びている。
「四番街」の一角にある何でも屋の拠点は、ひときわ目立たない小さな家。
床は軋み、壁も崩れかけているが、それでも二人にとっては落ち着く場所だった。
外からは子供たちの笑い声がかすかに聞こえ、遠くで市場の喧騒が続いている。
ここでは日常が少しだけ息づいていた。
それは、あまりにも粗末で、荒れた街の中にあって唯一、温かさを感じさせる瞬間だった。
ジン。
40歳手前の彼は、アッシュの相棒であり、昔からの友人だ。 荒廃した世界の中で生き残る術を熟知しているが、どこか冷めた目で物事を見ている。
時折、笑いながらも鋭い観察眼を持つ、頼れる存在。そんな彼が今、台所で料理を作っていた。
ジンは黒髪を短く刈り込んでおり、着慣れたライダースジャケットの裾を軽くまくっていた。
ジーンズは擦り切れていたが、動きやすさを重視した実用的な装いだった。
無骨で、冷静さと泥臭さを併せ持つ男――
それがジンだ。
ふと、手を止めて目を細める。
「アッシュ、お前……
今回のリヴィアの依頼、借金取りだったか?
結局、その組織って何だったんだろうな?」
アッシュはテーブルに座り、ぼんやりと外の景色を眺めていた。
遠くから聞こえる子供たちの声が、どこか懐かしく感じられた。
「……さぁな。
だけど、あいつの依頼はいつも裏がある気がする。
まぁ……組織の正体なんて、どうでもいいさ」
脳内でアリアの声が響く。
『取り込まれてるかもしれないよ、アッシュ。
慎重にした方がいい』
アッシュはわずかに眉をひそめる。
しかし、口には出さなかった。
「まぁ、どんな組織だろうと、俺には関係ねぇよ」
ジンは火を消し、炒飯を器に盛りつける。
「はいよ、炒飯お待ち」
アッシュはジンを見つめ、しばらく黙ってから口を開く。
「でも、あの女は相変わらずおっかねぇよ」
ジンは少し笑いながら、言った。
「綺麗なバラにはトゲがあるって言うだろ?」
アッシュはその言葉に黙って頷き、炒飯を口へと運ぶ。味を確かめるようにしてから、ふっと満足げな表情を浮かべた。
「相変わらず、うまいな、お前」
ジンはほんの少し微笑み、手を拭いながら言う。
「お粗末さん」
その瞬間、テーブルの上に置かれた通信端末が震え、ひときわ高い音を立てる。
ジンとアッシュは目を合わせ、端末を手に取る。
「依頼か」
アッシュが端末の画面を見つめ、眉をひそめる。
『また汚れ仕事かな?』
アリアが脳内で静かに呟く。
「コードが届いたな。どこからだ?」
ジンは端末をスライドし、依頼内容を確認する。
「……また面倒そうな仕事だな」
軽く肩をすくめ、つぶやく。
「けど、断る理由はねぇ」
アッシュはしばらく考え込んでから、口を開く。
「また金が絡んでる仕事か?」
アリアの声が再び響く。
『金で動くなら、後で痛い目を見るかも』
ジンは素っ気なく肩をすくめ、淡々と答える。
「まぁ、何だか分からんが、結局は“依頼”ってもんだ。生きるためにはやるだけさ」
アッシュは無言で頷く。
再び炒飯を口に運ぶと、落ち着いた様子で言う。
「そうだな、やるだけだ」
アリアの声は消えた。
だが、思考の奥で、彼女の視線を感じていた。
ジンはアッシュの言葉に反応せず、再び端末をじっと見つめ、何をすべきか考えていた。
アッシュも黙って食事を続け、二人の間にしばし静かな時間が流れる。
やがて、ジンが静かに口を開く。
「まぁ、どうせまた“汚れ仕事”だろうさ。
でも、依頼が終わったら、少しゆっくりしてぇな」
アッシュは黙って頷き、外の荒れた街を見つめる。
地上の空は、今日も灰色だった。
――See you in the ashes...