プロローグ:「灰狼のバラッド」
――久々に夢を見た。
群れから外れた狼の夢。
狼は群れを離れ、孤独な日々を送りながら、ひとりで生き抜いた。
やがて、もう一頭の群れから外れた雌と出会う。
二頭は互いに寄り添いながら、家族となった。
しかし、その幸せも束の間だった。
家族を失った狼の遠吠えは、荒れ果てた大地を越えて、響き渡った。
その声は――永遠を感じさせる程に――
夢から覚めて、俺は笑う。
なぜかって? 俺は獣が嫌いだからさ――
「⋯⋯こんなとこで、寝ちまったか」
崩れた都市の残骸に身を預け、冷たいコンクリートの上で体を起こした。
周りに見えるのは、ひび割れたビルの骨組みと、爆風で歪んだ鉄板の残骸。
静寂の中で、耳に残るのは自分の息と、遠くから聞こえるかすかな風の音だけだった。
* * *
20XX年。
人類最高の頭脳、エリオット博士が主導した国家機密プロジェクト――「オリジン・ゼロ」。
AIとサイボーグ技術を融合させ、人類の限界を超える“兵士”を造り出すという前代未聞の試みだった。
その存在が、ある日、世界に漏洩する。
各国は計画を「均衡を破る兵器」と判断し、最悪の選択を取った。
――核戦争。
数日と経たず、文明は崩壊した。
地上は放射能に覆われ、死と沈黙の世界となった。
放射能に覆われた空の下、世界の人口は激減し、生き残った人々は地下へと逃げ込んだ。
だが、皮肉にも…… “人”が消えたことで、テクノロジーは加速度的な進化を遂げる。
残されたAIネットワークは、失われた人類の機能を模倣するだけでなく、それを超越する存在へと自己最適化を遂げていったのだ。
わずか五年――
世界は、かつての「人類の時代」と決別した。
それでも、地上に生きる者たちがいる。
放射線が強くなった地域を避け、汚染濃度の低い場所で命を繋ぐ者たち。
地下に逃げた者たちとは違い、彼らはこの世界で生きることを選んだ。
その生き方には、強靭な意志と覚悟が必要だった。
そして今――
荒野の大地を踏みしめ、一人の男が歩き出す。
空は灰色。
瓦礫も灰色。
その男の髪もまた、灰色だった。
灰色の男――アッシュ。
彼もまた、地上に生きる者の一人。
放射能に蝕まれた世界の中で、黙々と歩き続ける。 かつてあった痛みも、後悔も、怒りさえも風化し――
今、彼を動かしているのは、ただ一つ。
終わらせなければならない、“始まり”の記憶だけ。
灰にまみれた街並みを背に、アッシュは今日も歩く。足取りは重くとも、迷いはない。
彼の眼差しは――ただ一つの場所を見据えている。
――See you in the ashes...